2章-9
記念堂の一件は政治を大きく変えた。新生した生徒会のもと政治は理事会と対立しても、学園の財務問題に手を付けることを決めるのだった。
記念堂で先輩と話してよかった。久しぶりに自分の中にエネルギーが満ちている感じだ。生まれ変わったような爽快感。梅雨空が真っ青に晴れ上がったような開放的と期待に、俺は今すぐ動きたい衝動を押さえられなかった。
そうなると、いてもたってもいられず、全は急げでメンバーを生徒会室に呼び出す。と言っても僅か二人に、ボランティア一人なのだが。
「急に呼び出して済まない。しかも同じクラスなのに。緊急で話したいとこがあるんだ」
勢いよく前ふりして「でも、その前に」と、先輩を振り返り見る。
「んっ」と視線を寄こす先輩。こういう所で息が合っているのが、ちょっと嬉しい。
「先輩。生徒会長として話しているときは、先輩にも敬語なしで話してもいいですか? その方がお互いやり易いと思うんですが」
「瑞穂ーーー!」
野太い声が耳朶を打つ。さすがブレない男。忠犬新田原。期待を裏切らない、リターンエース。
だが、忠犬のご主人様は仰る。
「構わん、そうしてくれ。その方が私もやり易い」
「葵様!」
先輩は新田原を目で制して「ここは政治がボスなのだ。その方針を尊重しよう」と、俺の提案をフォローしてくれた。
先輩に言われちゃ逆らえない新田原は、頬をヒクつかせて不承不承と納得する。
いやぁ~、ありがとうございます。先輩、実ちゃんを押さえ込んでくれて。感謝してますよ。
応接椅子に腰かけるメンバーを、一人ずつしっかり見ていく。
「神門とは一緒にやってきたけど、改めて俺がどんな生徒会にしていきたいか、話しておきたいんだ」
うんと頷く三人。明らかに先週までの生徒会とは違う。空気が凛と締まっているのだ。まさに激変だ。
俺が変わるだけで、こんなに変わるのかと、自分自身が驚いてしまう。
「今までふわふわしてて済まなかった。神門や先輩には随分迷惑をかけたと思う。本当に申し訳ないと思っている」
深々と頭を下げる。自分にとっては随分長い時間。10秒は下を向いていただろう。その間、甘ったれた事を先輩や神門に言い続けてきた自分がチラチラと頭をよぎった。
その恥ずかしいフラッシュバックにピリオドを打ち、頭を上げる。
「そんな俺が言うのは何だが、これから本気でやろうと思う」
俺を見る三名の目が、キッと変わる。
「お前らには、かなり無茶ぶりをすると思う。もう覚悟はしていると思うが、平和な学園生活は諦めてくれ」
「無茶ぶりとは学園の財務の事だな。神門から聞いた」
新田原が言う。
「ああ、それが俺達がやらなきゃならない事だ。そして先輩が道半ばで引き継がなきゃならなかった事でもある」
新田原がちらっと先輩を見る。先輩は微動だにせず俺を見ている。まるで想いの強さが伝わってくるように。
「それと、お前らが俺に遠慮することはないと思うが、言いたい事あったら意見でも文句でも全部言ってくれ。このメンバーの中で俺が一番バカだ。だから俺は、絶対判断を間違える。それに付き合って一緒に間違える必要はない。間違った俺を止められるのは、お前達だけなんだ」
神門が澄ました顔でうんうん頷いている。何を他人事のようにっ。過去に恨みはないけれど、諭すなら優しくしろ!
そう言いたくなったので、考えてなかった一言を付け加えることにした。
「出来れば、机とか本棚とか叩かない程度にしてくれ」
神門が、ぷっと吹いている。お前だよ! 一番優しくねーのは!
「それと、こっちの方が大事かも知れない。イイ所も互いに言いあおうぜ。辛いときほど、そう言うのが嬉しいのは、痛いほど体験したからさ」
今度は、先輩がウムと頷いている。先輩もきっとそうだったんだろうな。幕内というだけで小さい頃から、学級委員とかやってきたんだと思う。やって当たり前、出来て当然と思われる中で、人には言えない苦労もしたんだろう。
俺も部長達のクラスまで説明に行った時、説明に来るのが当然という態度が一番堪えた。逆に一言でも「ありがとう」とか「大変だな」と言われたのが嬉しかったのだ。そんなの社交儀礼だと分かってるけど、それでも励みになるのが人なんだ。
「そしてこれが一番大事な事だ。俺についてきてくれるか、止めるかは、お前らが決めてくれ。言いたい事はそれだけだ」
今日は、部費問題で緊急の相談もあったのだが、実はコッチの方を先に聞きたかった。先輩はボランティアだけど、神門は何となく生徒会に入れちゃったし、新田原に至っては勢いで入ちゃったフシがある。
だから、ちゃんと確認しておきたかったのだ。
ぐるっと皆の顔を眺めると、誰もが曇りのない表情で俺を見ていた。
クー! それだけでも泣けてくるぜ。
「いいのか。俺で」と問うと、「もちろんだ」「いいよ」「葵様のためならば」と声が返ってくる。
感激だぜ! 本気で話しているから、皆の答えがズシンと響く。
それに勇気を得て、もう一度、三人を見回し、強く俺は頷いた。
「ありがとう、改めてよろしく頼むっ。俺は絶対お前らを裏切らない。仲間を裏切らない事を誓うよ。一緒に学園を救おうぜ! おーーー!!!」
高まる感激を抑えきれず、ノリに任せて高々と腕を上げて、鬨の声を上げたが……あれ? 誰もついて来ないんですけど。
「あの? 皆、そういうノリじゃないの……ね」
えーっと。いきなり一人で盛り上がっちゃって、お兄さん恥ずかしくなっちゃったよ。顔見てやればよかった。
「あ、ええっと政治、そういう事をやる時は、ひとこと言ってくれ。急にやられてもこちらも反応に困る」
「うふふ、葵もそういうところあるじゃない。やっぱり似てるよ」
「どうい事だ! 何がやっぱりなんだ!」
「実くんは、気にしなくていいから。葵は良く見ているなぁって話」
「なんだ? 気になるじゃないか。瑞穂は分かるのか」
「いや、俺も分からんけど」
「政治、いいから続けろっ、なんか急な用があったのだろう。いいからっ」
先輩がちょっと頬を赤くして俺を見ている。何で神門の言葉に赤くなるのか気になるが、空回りした手前、俺もバツが悪いので、早々に要件に入ることにした。きょろきょろする新田原は置き去りにしよう。
お前は、そういう『うっかり八兵衞』のポジションで決まりだ。