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2章-5

 大幅に減額された予算を持ち帰った政治は、神門に強く咎められる。部長との折衝もうまくいかず、政治は無能生徒会長の烙印を押されつつあった。

 葵はボロボロの政治を優しく受け止めるが、それが逆に政治を追い詰める。

 25億円の予算を持ち帰った俺は、神門にこっぴどく怒られていた。

 理事会の様子を説明しようなんて、そんな空気じゃない。


「なにまんまと乗せられてるのさ、バカじゃないの政治!」

「バカ……」

 やけにバカを強調した甲高(かんだか)い声が耳をつんざく。神門が直接的に怒るのは珍しい。いつもなら茶化(ちゃか)して冗談交じりにチクリとやるのに。


「そんなの理事会の芝居だよ。そう状況を作れば予算が取れないと思えるじゃないの! そんなことも考えないでハイそうですねって帰ってきちゃったわけ!?」

「いや、だってよ」

「お人好しにも程があるよ、もうっ!」

「その素直さが政治の魅力なんだがな」

 俺の横に立つ先輩が、腕を組み組み頷いている。

「葵がいけないんだよ。そうやっていつも政治を甘やかすから、ちっとも反省しないんだ」

「反省って、そんなに俺は甘やかされてないし」

「私も、甘やかすなど」

「いいや、アマアマだよ。もうベタベタだよ! それじゃ政治をダメにするよ。葵分かってる!?」

「ううん、すまない」

 先輩が申し訳なさそうに謝っている。


「政治も政治だよ! 自分が背負(せお)ってるモノとか考えてないの!? いつまでも葵に頼ってられないんだよ。分かってる?」

「ああ、自覚はなかったがそうだったかもしれない」

 生徒会室の壁際(かべぎわ)に立たされて、二人でしょぼんと頭を垂れている俺達。

「なんだよ、二人とも! 一人で怒ってる僕がバカみたいじゃなっ」

「申し訳ない」と俺。

「申し訳ない」と先輩。


 おかしい。この構図は絶対おかしい。なぜ生徒会長が、そして、なぜ2つも年上の先輩が、これほど(したた)か怒られなければならないのだ。こんな女の子みたいな奴に。

「ボクは何もしないからね。葵も手出しちゃだめだよ! 絶対だからね。絶対!!!」

「ああ、わ、分かった」

 先輩が冷や汗を流して、降参(こうさん)(てい)で両手を上げる。

「神門は副会長だろ。それはねぇんじゃねぇの」

「僕はお人好しの会長の下じゃ働かないもん! 尻拭(しりぬぐ)いはごめんだね」

 ばんっと横手に本棚叩く。ひぃ、こんな壁際(かべぎわ)で怒んないでよ。

「俺ひとりで交渉するのかよ」

「そーだよ! 自分で決めてきたんだから、自分でやるんだよ!」

 ひぃ! バンバンと、また本棚叩く。

 お前、クラスの自己紹介のとき怖くないって自分で言ってたじゃん。めちゃめちゃ怖いよ。仲良くできねぇよ。

「返事は!!!」

「はい……」


 それを最後に神門は先輩の手を無理やり取って、大股で生徒会室から出て行った。先輩を怒鳴る神門の声が遠くなり、残ったのは喧噪(けんそう)の残り香と静寂(せいじゃく)


「確かに交渉もなしの話だったけどよ」

 おまえ理事会に出てねーじゃん。あの中で100億円押し切れると思うわけ? むちゃ言いなさんなって。お前には言ってないけど、破産寸前(はさんすんぜん)なんだぜ、この学園。

 いや、だが、これを乗り切ってこそだ。

 一回り大きくなって、先輩の喜ぶ顔が見るのだ。その前に神門を、ぎゃふんと言わせてやるのだ。

 動機は不純(ふじゅん)かもしれないが、やったろうじゃないの!

 逆境は男を強くすんだよ! ばかやろー!


 ◆ ◆ ◆


 第三回部活動報告会


 ぜったい()めるだろうと覚悟していた三回目。

 余りの憂鬱(ゆううつ)と緊張で、今朝は学校に行く前に鏡の前で暗示をかけてきた。

「緊張しない」「押し負けない」「キレない」

 鏡に人、人、人と書いて飲んでみる。

 よし! 飲まれず飲んでやる!

 いやまてよ、鏡に書いたら『入』になるんじゃねーのか。入れちゃだめぢゃん。

 ・

 ・

 ・

「というわけで、総予算は25億円になります。皆さんには上限を決めてその範囲で予算をもう一度考えていただきます。上限は初回提出予算の4分の1です。不要な予算を削っていただき……」

「ちょっと待て! 4分の1だと!? ふざけんな!」

 先にキレたのは二年生。どこの部か分からない部長の怒号(どごう)で会はスタートした。続いて、普段静かな三年生部長からも、あちらこちらと声が上がる。

「どういう理由でその削減(さくげん)になったんだ?」

「皆さんに提示して戴いた初期予算は、必要な金額を過不足(かぶそく)なく提示したものと仮定しています。ですから、ここは平等に4分の1の削減を……」

「おいおい、ちゃんと答えろ!」

「ちっとも平等じゃねーだろ。んなら最初に()った奴が勝ちじゃねーか!」

 言葉が乱暴なのは二年生だ。

「それはモラルの問題でしょう。私は皆さんが出した初期予算を信じてますから」

「都合のいいときだけ信じてんじゃねーよ。予算ってのはなぁ」

 その続きを三年生部長が言う。

「予算とは予備費も含めて多めに出すのが普通だ。心理的にもそういう傾向がある。交渉前の概算を基準にされては、適当に見積もった部活が有利になってしまうだろう」

 言葉は丁寧だが、口調は不満が満ちていた。


「もっと納得できるやり方にしてくださーい」

 女子部長からも冷静ながら声が上がる。こういう場面では、大声でわめき散らす男子より、冷たく言い放つ女子の方が怖い。ある種、存在を全否定するような残虐(ざんぎゃく)さを()ぎ取るからだろう。

 ともあれ、男社会で生きてきた俺には、そういう態度を取られた時の対応が分からないので、怖い事になる前にこの子に答える。

「では皆さんは、どういうやり方なら納得できますか」

「それを考えるのが生徒会長の仕事だろ!」

「そちらからも提示していただき、もっとも納得できる方法を取るべきではないですか」

「責任逃れかよ!」

 どっちが! 責任逃れはお前らだろ。絶対、口に出しては言えないけど。

「どの案にも一長一短(いっちょういったん)があります。いくら生徒会で考えても、誰もが納得できる案は出ないと思いますが」

「じゃ明らかに不公平なこの案がイイというんですか~。生徒会長は~」

 桐花にもこんなギャルっぽい話し方する子がいるんだ。しかも部長で。あまりの多様性にこっちが驚くわ。

「一つの方法です、まだ議論は足りないとは思いますが」

 一瞬黙るが、次の話が持ち上がる。


「そもそも~、25億円ってどうなの~。妥当なの? それ~」

 くっ、茶髪のクセに、てれ~んと喋るクセに、だら~んとリボンしてるクセに、いい質問しやがる。

「そうだ、そうだ!」

「去年と比べても半額以下じゃねーか」

「それは今年には今年の理由が……」

「なんですか、それは~」

「それは。それは、もともと部費が多すぎるため、公立高校並みの常識的な」

 その続きは、言わせてもらえなかった。

「比較が違うんじゃねーの、伝統のある学校だぜここは」

「やるなら本気がモットーだ。部活はその手段として認められている!」

「俺達はお遊びでやってんじゃねーんだよ」

「公立が基準といのはおかしくないか」

「ウチら~私立ですよ~」

 うわ炎上した!

 やっぱりココを突かれるのが一番苦しいっ。見え見えの言い訳じゃ、やっぱダメだ! 相手も手慣れたもので一番突っ込みやすいところは一気呵成(いっきかせい)に責めてくる。

「もう一度、交渉できないのですか」

「そうだ、総額が低すぎるんだよ!」

「部活の数を考えろよ。お前分かってんのか」

「なっとく出来ませ~ん」

「もう一回いってこい! 生徒会長!」

「話はそれからだ!」

 もう、答える隙もない!


「ちょっと、ちょっと! 聞いてください!!! 交渉は引き続き行います! ですが我々も減額の努力をしないと受け入れられませんよ!」

 なんとか(なだ)め収めないと。

「総額が分からなきゃ、やりようがねーだろ!」

「まずは不要なものから削除して……」

「不要なものなど入れた申請はしていない。さっき信じてと言ったのはウソか!」

「そうだ」

「バカにするな!」

「総額ありきだ! それまで削減には応じられない! なぁ」

「そうだ!」

「そうだ、そうだ!」

「そう思います!」

 だめだ、団結して手も付けられない。

「ですが、こちらも空手では交渉になりません。みなさんと同じように増額するにも理由が必要でしょう!」

「前回出した予算案が理由そのものだ。必要最低限を列挙(れっきょ)してるんだぞ。そんなことも分からないなら生徒会長失格だ!」

 そこまで言いやがるか。くっそ我儘放題(わがままほうだい)いいやがって。子供か! お前ら幼稚園児か!

「交渉なんですから、こちらの論理だけで通らいないのは当然でしょ! そんなことも分からないで部長やってんですか、皆さんは」

「自分の努力不足を棚に上げて、俺達をバカにするのか!」

 や、やっちまった。キレて要らんことを……。


「一年のクセに」「あの子外部生でしょ」と、もう話題は俺への非難にも発展してきている。もう部費の話なんか出来る状態ではない。


「分かりました! もう混乱してこれ以上話はできないでしょうから、いったん引き取らせてください。生徒会で減額方針を考えますから、その中で一番みなさんが良いと言うものを選んでそれに則ってやりましょう。どうですか」

「それはいつまでに出すんだ」

「次の理事会が5日後です。方針を手土産(てみやげ)に理事会とは話しますから、4日後に集まってそこで決めましょう」

「分かった4日後だな。お前にまかせるぞ」

「ちゃんとやれよ!」

「はい」

「お前の事は、サロンでも問題になっているんだ!」

「じゃ解散だな」


 部長達は俺が終了を宣言しないのに勝手に席を立ち、あっという間に解散して行く。

 上履きのゴム底の音塊が遠ざかり、そして講堂には俺一人がポツンと残された。

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