2章-3
部長達からは多額の予算要求、理事会からは大幅な予算減額を求められ八方塞がりの政治。
そんな中、政治は葵が学園の創設三家の血筋であることを知る。
俺の落ち込みとは裏腹に、第一回部活動報告会は拍子抜けなくらいあっさり終了した。
やったのは各部長の挨拶と予算案作成についての簡単な説明のみ。意見も出ない。質問もない。紛糾してほしい訳じゃないけど、嵐の前の静けさのようで怖い。
「何も起きませんでしたね」
「ああ、まずは様子見と言うところか」
「まぁ、次回が本番だからね。今日は顔合わせだし」
神門が語尾も軽く、うわの空で俺に言う。昨日の一言がウソのように、いつも通りに。
あの軽蔑は俺の思い違いだったのか……じゃねーよな。
図星を突かれたのを思い出すと、今でもギュッと身がすくみ上がるが、『それを言わなくてもいいんじゃねーの』という腹立たしさも湧き起る。
コイツは、敢えて言うんだ。先輩にもズケズケ言うんだから、当然、俺にも言いやがる。
「お前、ホント気楽だな」
だから、ちょっと復讐を込めて言ってる。そういう、お前はどうなんだよって。
「だって副会長だもん。政治とは責任の重さが違うもんね」
「あっ、『だもん』言った! 椅子、四つだかんな!」
「えー、あれはもう失効だよ!」
嫌がる神門の腕に、無理矢理、椅子をぶら下げて、昨日のストレスを解消。こういう逃げられない時こそ、有効に仕返しをしなければ、俺の溜飲も下らない。
「二人ともすっかり仲良しだな」
「良くないよ、いじめっ子にやられてるんだよ僕」
「普段は俺の方が、お前にいじめられてるっつーの!」
俺達のじゃれ合いを見て、先輩は目じりを下げている。なんか甘噛みしあう子犬を見る目なのが気になるが。
「なぁ政治、学園を守ってくれと言ったことを覚えているか」
「は? はい」
「あれはな。お金の事なのだ」
「お金?」
「ああ、学園の赤字がひっ迫していてな、もしかすると今年中には学園を売却せねばならんかもしれない」
「ええ!」
「驚いたか」
「はい。で、でもそれって学園の話でしょ、生徒会には関係ないんじゃ」
「そうとも言い切れんのだ。生徒会はかなりの金を使っているからな。一度に話しても分からなかろう。段々と説明していくよ」
俺達に話す先輩が少し遠くに見えた瞬間だった。もしかして、その原因がこの部費か?
◆ ◆ ◆
第二回部活動報告会
悪い予感ほど的中するものである。とにかく問題がありすぎる。
まず、予算案。
確かに初回の報告会で、『細かい所は詰めずに概算で』と言ったが、まさか億の単位で出す部があるとは思わなかった。
特に野球部が酷い。
3億円って何? 宝くじなの? 君たち何当てちゃったの? 理由の欄には遠征試合の為ってあるけど、どこまで行っちゃうつもりなの?
酷い、酷過ぎる。怒りの十万石まんじゅう。
このザル勘定どもを、どうやって捻り上げようか構想も膨らむが、野球部は後だ。
額は非常識に大きいが、理由はもっともだからだ。
次世代エネルギー部。
どんな部活だよ! 何すんのお前ら!
そして予算理由欄には、『地熱発電のためボーリング調査を継続する』ってあるけど、何しちゃってるの学園の敷地で。それもう業者だよ。部活じゃないから。それより継続って何。だれ! こんなのOKしたの。
詩吟部も落語部もラグビー部もラクロス部も、どいつもこいつも、予算は前年比で大きく上回っている。少しは遠慮ってものを覚えなさいよ。
早々に小遣いを使いきる俺を怒鳴りつけたオヤジの気持ちが良く分かる。「金の有り難みが分からんヤツは、ロクな大人にならん!」とよく怒られたが全くだ。
もっと驚くのが総額だ。
100億円越えって! 間違ったかと思って、電卓、二度叩いちゃったよ。部活ごときで100億円も出したら、そりゃ、学園も破産するって。しかも、それを俺に取って来って言うの! 無理でしょ! 10万円すら持ったことない厨房上がりが100億って!!
電卓の数字を見て頭を抱える。
「皆さん、からかってます? 僕のこと」
暫しの沈黙……。
「いや前年を参考に作ったが何か」と。
マジか。
全員の顔を見回す。
確かに悪意のありそうな顔はない。各クラスを回った時の直感でも、悪意のある人は居なかった。
たしかに宝亀さんみたいな人もいるが、その宝亀さんが務める生物部も、他と比較して格別多い予算ではない。俺や先輩に不満があっても、予算は活動に直接響くから、真面目に提出しているのだ。つまり、この金額は本気。
「でも、去年から大分増やしました……よね」
一応聞いてみる。
互いに顔を見合わせる部長達。
「ウチの部はかなり盛ったけど、それでも2割増には押さえてます。やっぱり倍は非常識かと思って」
額だよ。額! 非常識なのはベース額なんだよ!
表の顔は平常を保ちつつも、裏の顔は冷や汗だ。おいこれ、まとまるのかよ。
「英語討論部は例年並みよ」
赤いリボンが良く似合うツインテイルの子が、ウインクなんかして得意げに言う。
かわいく言ってもダメなの。討論で8、000万円って常識的なの、ねぇそれって普通なの? 議論ってそんなにお金かかるの!?
もう少しで、そんな討論が日本語で勃発しそうになった。
もう頭を抱えてため息をつくしかない。先輩が言ってたのって、そう言う事か。確かに学園が破産するよ。
とは言え、この先は俺の仕事だ。やる事はやらなきゃならない。
「一応、理事会とは交渉しますけど、交渉材料として金額の根拠を聞かせてください」
予算案を一枚手に取る。
「鉄研部の、ななつ星の取材とあるのは何ですか?」
「ななつ星はですね、九州を走る……」
「すみません長くなりそうなので、必要性だけを教えてください」
しょんぼりする部長を無理やり手で制して、聞きたいことだけ聞き出す。偏見が入ってしまって申し訳ないが、いかにも鉄道が好きそうな先輩は、我が得手を失い、ぼそぼそと声も小さくすぼまってしまった。
「部員が12名で、この取材だけで1、400万円って異常ですよね」
「いえ、このサービスはですね。JR九州が」
「すみません長くなりそうなので、妥当性だけを教えてください」
「料金は妥当ですが、取材の……」
最後は声が消え行ってしまい聞こえなかった。傲慢だと自分でも思うが時間がないから、そうするしかないのだ。そうやって一件ずつ理由を聞き出していくんだけど、どれも庶民感覚としてまともな理由には思えなかった。
こんな感じで、理由にもならない理由を100件以上も聞き続けりゃ、お互い不機嫌にもなる。
最後には、「だから」「そもそも」が飛び交う、声を荒げる打ち合わせになってしまった。
こりゃ大変だ。去年の予算編成もひどく荒れたと言ってたけど、話に聞いてた通りだ。
俺は、先輩とやった作戦会議を思い出していた。
・
・
・
「先輩も報告会に出席しますよね。席を用意しておきましょうか?」
「葵は出ないよ」
神門が、きっぱり言う。
「何で」
「葵がいたら、会議が荒れちゃうから」
「何で先輩がいたら荒れるんだよ」
それには、神門に代わり、先輩が答える。
「私が予算編成の基準を変えたからだろう。活動内容によって予算を振り分けた。それで去年は紛糾したのだ」
「それだけですか」
「甘い! 政治。利権社会の怖さを知らないの? それまでは人数配分だったんだ。人数が多いだけの部はそれだけで潤ってたんだから、そりゃ怒るよ」
「でも、今年も基本的には活動内容で部費を振り分けるんだろ」
「だから葵がいたら、また去年みたく揉めちゃう。今年は、僕らだけでやるんだ」
「正直、二人だけでは不安ですが……」
「しっかりしてよ、生徒会長は政治なんだから」
ごもっとも。ごもっともでありますが、2対112だよ。小豆島の、あの名作の倍以上の瞳ですよ。
「私でも何とかなったのだ。政治なら大丈夫だ」
「そう、葵が出来たんだから、政治も出来る!」
どうしてそういう結論になるかな君たち。俺のこと買い被りすぎだし。何を根拠にその自信。
「……チビったらごめんなさい」
予めビビりだと宣言しておこう。
「安心しろ。そのときは私が世話をしてやる」
あの~、今の突っ込むところなんですけど。先輩のボケが止まらない。
・
・
・
先輩に甘えていた自分を思い出すと、やるせなくなるが、神門の言う通り、前任者が居なくて良かったのかも知れない。
もし先輩がいたら去年の恨みが爆発して、今みたいな強引なヒアリングはできなかったろう。何も知らない俺だから、八つ当たり気味に強引にぶったぎっても「しょうがない」で済んでいる面はある。
そういう先読みがが出来る点で、神門は政治感覚が鋭い奴だった。