余談2
ショッピングモールを出たが、どこを探したらいいものだろうか。この手の物など、そうそう買う機会はないものだから、どこに行ったら買えるか分からない。
このご時世で金物屋? 或いはスーパーマーケットか。いやスーパーにやかんは有ったかな?
興味の無いものは、記憶に残らないというのは本当だ。
「炊飯器なら、家電量販かぁ」
「そうだ! 別に新品じゃなくてもいいじゃん。だったらバザーとかでも売ってるんじゃね!?」
我ながらナイス閃き! 連休の真っ盛りだ、フリーマーケットなら、どこかでやっているに違いない!
早速、スマホで検索してみると。おー、出るわ出るわフリマの数々。やっぱり都会は違うね。
一番近いところでは、市民会館前広場でやってる「わくわくマーケット」というヤツだ。どうせ行き先など決めてない。試しに行くだけでも悪くない。
フリマは、市民会館の駐車場で行われていた。色とりどりの敷物に一杯の荷物を並べるもの、ワゴン車を開け放ち、立体的に店陳するもの、スーツケース一つを広げて、こじんまりと商売を楽しむものと様々だ。
売っているものは衣服が多いが、玩具やCD、靴や絵などもある。道路側には、ワッフルの出店もあり、まるで季節外れのお祭りだ。
そんな多彩な出展物をちらっと見渡しただけでも、大根おろしやミキサー等、台所用品が散見できる。
こりゃやかんやフライパンも見つかる予感アリアリだ。
軽く高揚した気分に任せてつらつら歩くと、あった! 台所用品ばかり扱っている店が。
「あるじゃん! やかん。これ幾らですか?」
「それは~新品だから、800円ス」
「高いなぁ」
とりあえず高いと言っておく。40万円を見たばかりだから激安なんだけどね。
「そうすか? 普通に買ったら4、000円スよ」
「まじ?」
「ほら、希望小売価格ってここに」
目の細い店員さんは、パーカーの上から被っていた、アワヨ・アワイヨ柄のコートから手を出して、箱の横を指し示す。確かにその値段が。
「そうなんですが、もう少し勉強してもらえません?」
「充分お得だと思うっスけど」
人の良さそうな細目が俺の顔を見る。
「お兄さん学生さん? 大学生にしては若そうスけど」
「高校生です。この春から独り暮らしです」
「今頃、やかんなんか買うスか?」
「忙しくて荷物を解いている時間がなかったんですが、今日、段ボールを開けたらやかんも鍋も無いのが分かって」
「お湯とか困らなかったスか? 今まで」
「ずっと弁当とか外食でしたから。でもさすがにお金もヤバイ感じで」
「うーん、聞いちゃったなぁ」
「安くなりませんか」
「えーと、じゃ700円とかどうっスか」
「500円で」
「500円スか、ちょっと待つっス」
お兄さん、商品リストを取り出して確認している。そして隣に座る人と小声で相談し始めた。良く見ると、隣の店も雰囲気が似ており、もしかしたら姉妹店なのかも知れない。
「ちょっと待つス、向こうの店に元々が安いやかんが有るみたいなんス。もらってこれないか聞いてくるスよ」
『ス』の多いお兄さんは、スニーカーをつっかけて駆けていく。向こうって、この姉妹店ってまだあるのか? 兄弟でフリマやってるのかな。
人込みをスイスイすり抜けていくお兄さんの向かう先は奥に停まっているワゴン車だ。そこで車から出てきたメガネの男と話している。
話しを終えたお兄さんが、あわてて車の向こうに行こうとするところを、またメガネの男が呼び止める。何か指示をもらっているらしく、ウンウンと頷いている。なんだろう? この店のボスか? 若そうだけど。
陳列物を見ながら、暫く待つと、やかんと鍋を両脇に抱えた細目のお兄ちゃんが帰ってきた。
「お待たせしたっス。できるだけ安いのを見つけてきたっスよ。やかんが500円、鍋は300円でいいっス!」
息を切らせて、はあはあ言いながら説明してくれる。
「すみません、こんなに走らせちゃって、ありがとうございます!」
こんなにしてもらわなくてもいいのに、ここでなきゃ他の店もあるんだから。でも一生懸命探してきてくれたのはうれしい。どこを探してきたんだか分からないけど。
「どうっスか!」
「ありがとうございます。じゃそのやかんを頂きます」
「ありがとうごいます! 鍋は? さっき鍋もないって言ってたから持ってきたんスけど」
「あっ……鍋は、無いのは無いんですけど、むしろフライパンが欲しくて」
「なんだ、そうっスか! 早く云ってほしいスよ~」
いや、訊いてねーだろ。早合点してんのアンタだから。
「ちょっと待つス、ここに無いからまた探してくるっス」
というと、また靴をサンダルよろしくつっかけて、さっきの車に駆けていく。あ、またさっきのメガネ兄ちゃんだ。なんか腕組んで怒ってるような。そして怒りながら二人でコッチに来る。なんか気まずいから、見なかったことにしておこう。
他にも必要なものが無いか、探しているフリをしよ。
計量カップはいらんか。でもお玉はいるんじゃないか。味噌汁くらい作るだろ。作れるだろ俺なら。ということは、やっぱ鍋はいるのか。買っておこうかな300円だし。いや、でも永谷園で十分だよな。ならやっぱいらねーか。
「瑞穂じゃないか!」
「へ?」
その声に、振り向くと細目の兄ちゃんと歩いてきたメガネの男はなんと大江戸だった。普段はクールな大江戸が、柄にもなく驚いている。
「大江戸? なんで?」
「なんではコッチのセリフだ。高校生が何でやかんなんか買いに来てんだ。親のおつかいか?」
「いや、一人暮らしなんだよ。それで台所用品を安く買えないかと思ってさ」
「そうなのか。早川さん、そういう重要な情報はちゃんと聞いてください、何度も言いますけど、欲しいものじゃなくて、何で欲しいかを聞いてくださいって言ってるじゃないですか!」
「すみません、大江戸さん」
横に並ぶ早川と呼ばれた細目の男に、大江戸がビジネスのイロハを説教している。これは決して、家族で楽しいフリマの景色じゃないぞ。
「家族でフリマをやってんじゃない……よね? 大江戸」
「ああ、これは俺の事業だ」
「事業、事業って仕事のこと?」
「そうだ、早くから商売の経験を積んでおきたくて、まずはリスクの少ないこういう事から始めてるんだ。フリマなら地代もかからないし、生活必需品で耐久財なら売れ残っても次に回せるだろ。仕入をして売る経験には持って来いだと思ってな。週末は大体こんな事をしている」
俺の聞きなれない言葉が踊り、ヤツがちょっと大人に見えた。
「すげーな! ちゃんと黒字になってるのか?」
「当たり前だ! ちゃんとバイト代も出している! まぁ少額なのはお互い商売の勉強と言うことで許してもらっている」
「早くにって事は、将来は社長か」
「そうだな、実業家と言われる奴に俺はなりたい。社会に必要なサービスを提供して話題になって、それで金を儲けるんだ。人に使われるのは俺の性に合わないからな」
「でかい夢だな」
「ああ、具体的にどんなサービスをやるかは、まだ決めてないから夢だがチャンスは来る。その時の為に今できる準備をしておくんだ」
熱く語る大江戸が別人のようにギラギラしていた。学校にいるときのお前は何なんだよ。真面目な秀才ぶりやがって、こんな事、一言も言いやしないくせに。
「だったら、経済の学校に行けばよかったんじゃねーの」
「いや、そんなものは自分で勉強できる。欲しいのは人脈だ。あの学園には政財界に縁の深い一族の子息が来ているのは知っているだろう」
「そうらしいな」
「らしい? 知らないでココに決めたのか? 瑞穂は」
「いや、まぁ、知らない訳ではないけど、詳しくないかな、うん。俺、そんなのあんまし興味ないから」
「はぁ、やっぱりお前はぼんやりしている問題児だな」
なにそれ、ヤレヤレ困った奴だってリアクションは。お前も誤解してる奴等の一人なのかよ。
「問題児じゃねーよ、俺の周りで起きる諸々は不可抗力だっつーの! よく見ろよ」
「それを呼び込むのは、お前が甘いからじゃないのか。そういうのも出来るだけコントロールするのがリーダーだろ」
「う、ぐ、ぐ、そ、そうかもしれないが」
否定できない。思い起こせば、ここ一ヶ月に起こったことは、俺が軽率だったから起きた事ばかりだ。
「頼むぞ、生徒会長。そういえば水分がお前の事を心配してたぞ」
「え、そう?」
「いや、幕内先輩を心配しているだけで、お前の心配じゃないかもしれないが」
「お前なぁ~」
一瞬、嬉しくなった自分が恥ずかしい。
「あははは、冗談だ。それより何が欲しいんだ。同じクラスのよしみで安く工面してやるぞ。その代り、いいモノを安く手に入れたと素直な気持ちを口コミで広めろ」
「ステマじゃねーか!」
「お前、意外と難しい言葉知ってるな」
「俺は、そのような邪悪な甘言には屈しないぞ」
「分かった、分かった。冗談だ。で何が欲しい?」
「お前さ、学校で真面目だから、どこまで冗談か分からないんだよ」
俺の言葉を無視して、大江戸はリストに目を落とす。
「えーと、フライパンが欲しいんだったな。あとはお前の事だ、炊飯器もシャモジもないんだろ。箸や茶碗はあるのか? 菜箸とザルは茹でものをするのに便利だぞ。パスタは安く楽に作れるから自炊初心者には重宝する。あとは電子レンジか。ならこのシリコンの便利グッズもつけてやろう。電子レンジでジャガイモが蒸かせる優れものだ」
「待ってくれ! そんなに持って帰れないって! それに金!」
「送ってやる、俺は見た目通りお客様重視だからな。お代は全部で8、000円だ。炊飯器と電子レンジがついて、このお値段は安いと思わないか。ざっと計算すると瑞穂が10回自炊すれば、元が取れる値段だ。どうだ!」
一気にまくしたてられて、「買います」以外の言葉を俺は言えなかった。財布からひったくられた8、000円は、そのまま早川さんの手に渡り、「まいどありぃ」の言葉と共に、大江戸株式会社(仮)の売上に組み込まれていく。
うーむ、お得なのだが。お得なのは良く分かる。分かっているが納得できないぞ。
それに、きゃつめ「じゃ、俺は他にやることがあるから」と言って、走って去っていくじゃないか! 何がお客様重視だ、売るもの売ったらトンズラしやがやって!
唖然とする俺の袖を、ツンツン引っ張る早川さんが、「あの~送り先を教えて欲しいっス」とポツりと呟く。
アンタ、あいつと組むの止めた方がいいよ!
結局、用もないのにフリマを楽しく見て歩き、家までの二駅を散歩して帰ってしまった。
生まれ育った街とは言え、昨日まで、ここに居る自分は『お客さん』だと感じてたけど、知っている人に会ったからだろうか、今は少しココに居てもいいと思える。
思えば、他人を自分に入れなきゃ『自分の居場所』はできないのかも知れない。
田舎での日々が退屈で、世界がくだらないと思えたのは、俺が独りを選んでたからかも。
それが許されたし、それでいいと思ってた。
なんて思っても、恥ずかしいから言わないし、意識高い系に生まれ変わる訳じゃないけど、休みが開けたら、先輩から失望されない位は頑張らないとな。