余談1
休日のプライベートにて。
政治は街で偶然、友人達の私生活を垣間見る。
世間的にはゴールデンなウィークに突入しているらしい。
らしいって、まぁ俺も学校が休みだから知ってんだけど、これって誰にとってのゴールデンなんだろう。
三千世界を見渡せば、この時期が一番辛い人も多いんじゃないの? 例えばお店の人なんか休めないし、子供がいるお母さんも休む暇なさそうだし。
学生にとってゴールデンウィークは嬉しいものと思われがちだが、俺の場合は、休みはそんなに嬉しいモノではない。一人暮らしにとっての休みとは『日頃溜まった掃除とか洗濯をしなきゃいけない日』だからだ。
特に気になっているのは、ほっぽり出したままの引っ越し段ボール。さすがに、そろそろ開けなきゃいけないのだが、生徒会のゴタゴタで開けている暇がなかった。
「はぁ~」
ごっちゃりした部屋を眺めていると、やらなきゃならない義務感と、やりたくない心のせめぎ合いから、自然と大きなため息が出てしまう。
「はぁ~~~」
とりあえず、段ボールはワンルームの納戸に押し込めてあるけど、毎週、同じ服を着る訳にもいかないし。夏は間近なのだ。
なにより窓が無いとはいえ、一部屋、丸ごと潰れているのは、勿体なさすぎる。だが、そこには絶妙のバランスで積み上げられた段ボールの山、山、山。
「しゃーない。少しずつでもやるか」
こういう時、怒鳴りながらでも背中を押してくれる、親父の存在がありがたい。元来、めんどくさがりな俺は、切羽詰まるか、誰かに尻を蹴られないと動けないのだ。
恥ずかしながら、生徒会もそうだったしー。
てことで、己に渇!
つま先立ちになって、段ボールに手をかけると……
「軽っ! なんだ? これ中身はいってんの?」
振ってみると、中で何かがもっそり動いているだけで音はしない。開けてみよう。
「子供服じゃねーか! 何で俺がガキの頃に着てたやつが入ってんだよ!」
空気抵抗に抗う子供服を勢いよく床に投げ捨て、段ボール相手に文句をたれる。不気味かもしれないが、休日に一人で家に居ると、丸一日、誰とも口をきかないことがあるのだ。そのせいか独り言が増えたのが怖い。
学校なら、うるさいほど喋る山縣や赤羽がいるので救われるのだが。まぁ、こんなとき以外、奴らを有難いと思わないけど。
ガムテープの張り方を見ると、ここのひと山は親父が箱詰めしたものだと分かる。激しく嫌な予感がするので、他のも開けてみると、出てくるのは、レゴブロックとか中学校の教科書とか、クレヨンとか縦笛とか、あるわあるわの使えないモノのオンパレード。
そうか、だいたい察しがついたぞ。
「あのじじぃ、俺の部屋を開けるつもりで、部屋のモノを片っ端から送りやがったな!」
確かに『俺の荷物を送れ』と言ったが、俺が生活をするのに必要な物と解釈するのが普通だろ! 一人暮らしを想像して、炊飯器とか茶碗とか、洗剤や雑巾とか、生活必需品を送ろうとは思わなかったのか!
「息子の一人暮らしを応援しようって気はねーのかー!」
また独り言がこだまする。
お蔭様で、いま俺の部屋にあるのは、実家の俺の部屋にあったガラクタと、コッチに来て買った洗濯機と冷蔵庫だけだ。考えてみれば、今の今まで自炊をしなかったから困らなかっただけで、この部屋には生活感が全くない!
コンビニ弁当ばかりの非健康で非文化的な最低限の生活。
目の前に転がっている小型の液晶画面を見て思う。
「こんな携帯ゲーム機より、やかんが欲しい! フライパンの一つくらい入れてくれよ……」
膝をついてうなだれるが、ダメぽしててもしょうがない。これじゃカップ麺も食べられないし、卵一個も焼けやしない。
「しゃーない、買い出しに行くか」
金もねぇのに面倒くせ……。
ここは大都会なので店に困ることはないが、折角の休みだ。散策も兼ねて、二駅向こうにあるショッピングモールに行くことにした。
『るるはーと』はここら辺で、最も巨大な施設である。揃わないのは恋人と寿命だけと言われている。
ウソです。適当に言いました。行ったことないから知らねーです。
自分の生活を考えると、鍋、やかん、箸、茶碗、あと電子レンジくらいは欲しい。考えるだけで虚しくなるが、茶碗すら荷物に入れてくれなかった奴を俺は父と認めていいのだろうか。
あと炊飯器か。茶碗があって炊飯器がないのはおかしいよな。けど俺、米炊くかな。まぁ炊飯するかしなかはさておき、あるべきものだろう。
『るるはーと』までの道のりを歩きながら買うべきものを考えていたが、通りを曲がって眼前に見えた施設の大きさに度肝を抜かれた。
「でか! でかすぎじゃね」
都会の施設と舐めていたが、これ東京ドーム何個分なの?
あれって田舎モンには分からない単位なんだけど、大きさを測る指標がそれしかない。階数も五階くらいあって、これは何でも揃いそうな予感がある。
大きくて迷いそうなので、入り口にある施設紹介パンフレットを拝借する。これがないと迷子必然だ。
写真スタジオにフードコート、子供を遊ばせるような店とか、海外ブランドの店もある。店の名前がいちいち洒落たアルファベットなので読めないけど。
あっゲーセンもある。こういうのがあると「俺が居てもいいんだ」と思えて、ちょっと安心する。入り口近くだから、最初に寄ってみよう。
田舎にはない、妙に明るく健康的なゲーセンの中を、ふらりと徘徊すると、店の中を4、5歳の子がきゃっきゃと叫びながら駆けまわっている。入り口付近に子供が多いのは、このショッピングモールが家族で来る店だからなんだろう。
休日だというのに制服を着こんだ女子高生か女子中学生がプリ機に並ぶのを見ながら。プライズ機の畝の中でイチャつくカップルをちょっと荒んだ気持ちで見送る。
ふと、そこに先輩と俺がいる姿を想像するが、先輩はこういう所には来ないだろうし、仮に来ても「政治、あれは何という生き物だ」「このボタンは何なのだ」「どうしてこんな道具で取らねばならんのだ」とナゼナゼ攻撃に晒されて楽しむどころじゃないだろう。
でも、どうしても行きたいと言ったら連れて行ってやろう。きっと初めて見る世界だろうし。
……まぁ俺じゃなくても、神門が連れて行っていいんだけど、さ。
そんな妄想をしていたら、いた! 山縣と赤羽のカップルが! あいつら、美少女フィギュアのプライズ機の前で、肩くっつけ合って何やってんだ。男同士で。
あ、笑った! 見つめ合った!
おっ! 手を取り合って喜んでる。飛んでる。
次は抱き着くんじゃねーのか。
違った、山縣が赤羽に壁ドンしている。そして、赤羽のフィギュアを握る左手が次第に下に降りて……
なんか声かけられる雰囲気じゃねーぞこりゃ。
トンデモねーものを見てしまった。音ゲーでもやろうかと思っていたが、とてもビートに乗ってボタンをバシバシ叩く気分ではなくなってしまったので、そっと店を出る。
これは心の中に留めておこう。
俺は何も見なかった。恋愛は個人の自由だ。たとえどっちが攻めでも受けでも、お前らは俺の友達だぜ。あばよ。
さて、奴等と遭遇しないうちに、とっとと台所用品が売っているお店に行こう。
パンフレットを見ると、何件かそれっぽい店があるので足を向けてみる。このフロアは落ち着いた雰囲気で、店員さんも雰囲気がゆるふわだ。
学生風情の俺が店に入っても「いらっしゃいませ~」と、なんの疑念もなく笑顔で出迎えてくれる。
笑顔プライスレス。
だが、お値段が笑顔にさせてくれない。
「えーっと、やかんって思ったよりも高いんですね」
するりと横に寄ってきた店員さんが、求めもしないのに柔和な口調で品物の説明を始めた。
「はい、こちらの商品は銅板からの打ち出しとなっております。一品一品が手作りです」
「は…い…、綺麗ですね。模様が」
「ええ、銅板を叩くときにできる凹凸が、この商品の味になっておりまして」
買うわけない。買うわけないのは、お互い分かってるよね。今、たまたまこの店にお客がいないからって俺にそんな話ししないでよ。
ゆるふわちゃんは、笑顔を絶やさず職人さんになりきって熱説明。一枚の銅板を何万回叩くとか、どうでもいいんですよ。俺には。
別のお客さんが入店したタイミングで、ゆるふわ店員から逃げ出したが、やかんが40万円って! 世界には無駄に高いものがあるものだ。
他にも何店か周ったが、ここには基本的に高い物しかない。俺のイメージでは、やかんは1、000円位の物だと思っていたのに。
ちょっと怪しい思ってたんだよ。パンフレットに『高橋○兵衛商店』と、如何にも『職人です』な名前が書いてあったから。
このモールを出て、違う店に行こうと思い始めたところで、かわいい台所雑貨を集めた店の奥に長い黒髪の少女を見つけた。
「あれ? 水分じゃないか?」
制服姿しか見たことがないから確信が無かったが、華奢な体によく合う肩を出した白いブラウス、それに合わせる薄手のカーディガンとグレージュカラーの長いスカートの私服は、いかにも彼女の好みっぽい。
そっと近寄ってみると、商品を物色する横顔がちらっと見えた。水分に間違いない。あいつお嬢様っぽいのに、こんなところに来るんだ。
「よう! 水分!」
びくっと振り返る水分の髪がふわっと広がる。と同時に横にいた俺の倍はあろうかという男が、手を広げて俺の前に立ちはだかった。
巨躯に似合わぬ俊敏さに、今度は、こっちがびくっとする番だ。俺の視界には水分は見えない。あるのは黒い服のみ。
「……」
その男は、怪しく光る威圧的な眼で、俺のすべてを封じている。
すげー分厚い胸板。そこから伸びる棍棒のような腕と手。殴られた鼻やら前歯やらへし折れそうだ。想像するだけで痛そうでゴクリと唾を飲んでいたら、その脇の隙間から水分がひょこっと顔を出した。
「瑞穂くん?」
「ああ、瑞穂だけど」
肩を下して安堵する水分の表情が緩む。
「赤母衣、その方は私の学友です。下がりなさい」
「承知いたしました。失礼いたしました、瑞穂様」
大男が俺に礼をして、横に外して退く。うへ~、すげー。何だろ。護衛かな。
「あの人、護衛? 水分の」
「ええ、お父様が何かあってはいけないからと。恥ずかしいのですけれど」
「凄いね、びっくりしたよ」
「ごめんなさい。怖い思いをさせてしまって。お詫びするわ」
「いいって。急に声をかけちゃって、こっちも悪かったから。それより、なんでこんな所に?」
「欲しい物があったの。かわいいジャーが欲しいのだけれど、見つからなくて」
「ジャー?」
「瑞穂くんは知らないわよね。小さなガラス瓶よ。コルクでフタをするようなのが欲しくて」
「へー、何に使うものなの?」
「私、お料理が趣味なの。お豆の料理とか、ちょっとしたお漬物とか何でも。彩が見えるから、作って置いておくだけでワクワクしちゃうわ」
「なんか、そりゃ楽しそうだ。どんな料理が得意なの」
「何でも作るわ。でも作って楽しいの和食よ。お出汁が難しいのだけれど、上手にとれたときは本当においしくて、うれしくてなるもの」
「へぇ~、水分が作った会心の料理を食べてみたいよ」
「ほんとに?」
「本当さ」
「でも、きっと瑞穂くんには味が薄いと思うわよ?」
「そうかな? 食べてみなきゃ分からないさ」
「じゃ、今度、瑞穂くんの味覚を試してあげるわ」
「望むところだ」
なぜか味覚勝負の話になり、二人で笑いあった。
水分は口元を手で隠して上品に笑っていたが、隣に立つ赤母衣さんが、遙か上からチラチラとみているところを見ると、こういう所では珍しい姿なのかもしれない。こんなゴツイ人が横にいて楽しい話なんて出来ないよな。お嬢様の外出は堅苦しそうで大変だ。
ふと話題が切れた。
「水分、話が変わってもいいか?」
「何かしら」
「あの生徒会棟の話、済まなかったと思ってる。言いたい放題言って」
「ううん、失礼なヤツって思ったけど、私の事を見てくれたのは嬉しかったわ」
「失礼なヤツか」
「そうじゃなくて? 殆ど初対面の女の子よ」
何が嬉しいのか、声に出さずに笑っている。
「それを言ったら、ほとんど初対面の男の子にあの手紙はないだろう」
「確かにそうね。でも、あの時は大変迷惑を蒙っていたのよ。手紙で留めたことを感謝してほしいわ」
「それを言うなよ。それともう一つ、ちゃんと謝りたいこと事があるんだ」
「なに?」
「水分にあんなこと言ってたのに、俺は先輩のことを信じられなかった。それを謝りたいんだ」
「それは、あなたが心の中で信じる事よ。私に言ったことが本心ならば胸をお張りなさいな」
「でも、先輩を裏切ったヤツが偉そうなことを」
「じゃ、こう考えてみてはどう? あなたは私のために正しいことを言った。あなたも自分が正しいと思う事を成そうと思った。だけれども正しい事は理想だけじゃ出来なかった。そのために一番誰も傷つかない方法が、あなた自身を傷つける方法だったと。事実、あなたが動いたおかげで、葵さんの噂は一人歩きを止めたわ」
「そんな都合よくは考えられないって」
「瑞穂くんは純粋ね。羨ましくなっちゃう」
「水分、お前、他人事だと思ってるだろ」
「もちろん、思ってるわよ。私は、あなたじゃないもの」
「お前、結構、ひどい奴だな」
「ふふふ、私もそう思うわ。でもあなたもよ。あなたも結構、周りを振り回しているわよ」
「それは、そうだけど」
「じゃ、お互い様ということよね。それに、程々にしてくれるなら、私はそんな人のことを嫌いじゃないわ」
「えっ!」
「私はあなたのしてくれた事に感謝しているってこと。今日は来てよかったわ。こういうお店には滅多に来ないから、偶然の神様に感謝しなくちゃ」
「そうだな、俺もちゃんと謝れてよかったよ。まさかと思ったけど、声をかけて良かった」
横に黒服の大男を従えて、俺達は微笑みを交わした。これは本当に神様がくれた邂逅かもしれない。学校だったら、こんなにさらっと謝ることは出来なかったと思うから。
「あ、そうそう。入り口近くのゲームセンターには近づかない方がいいよ」
「なぜ?」
「ラブラブの山縣と赤羽の恋路をジャマをしちゃ悪いだろ。さっき見つめ合ってるところを見てしまった」
「まぁ!」
今度は両手で口を覆って派手に驚いている。信じたかな? いや二人がデキてる可能性も否定できない、あれは真実かもしれん。
「じゃ、いつまでも邪魔しちゃ悪いから俺は行くよ。そうだ水分、右手を上げてみな」
「え、なに?」
「いいから」
水分がゆっくり右手を上げると、ほっそりとした二の腕を覆うカーディガンがすすっと滑り落ちていく。俺も右手を上げる。
「ハイタッチだ。こうして手を上げて、高いところで手を合わす」
「え、どういう意味なの?」
「意味なんてないよ。挨拶さ。いいから俺が手を動かした一緒に動かして、俺と水分で手を鳴らす」
「え、ええ」
行くよと言って、俺達はちょっとタイミングのズレた響きの悪いハイタッチをした。横で赤母衣さんが苦い顔をしている。
俺はまだ右手を上げて、ほかーんとしている水分に背を向け「じゃーな」と手を振って小走りに店を出た。遠くから「お嬢様」という野太い声が聞こえてきた。
水分の意外な一面を見ちゃったな。あいつ料理が好きだったんだ。これりゃ先輩は水分から料理を習ったほうがいいんじゃないか。二人とも仲が良さそうだし。でもエプロン姿の先輩は合わないな。むしろガッツリ肉とか食べて、豪快に笑っている方が似合いそうだ、あの健康的な感じからして。
んー、でもこれは言えないなぁ。俺の中では褒め言葉なんだけど、先輩が聞いたら「私はそんなにワイルドか」とか「政治には、私が食いしん坊に見えるのか」となりそうだ。先輩の内面の強さとか、嫌な事を弾き飛ばしちゃうような頑張りとかを、何とか凄いって伝えたいんだけど、うまい褒め方が思いつかないんだよ。
それもいつか伝えたいけど、それよりやかんとフライパンだ。ココじゃない、どこかで激安で買わなきゃ。