5-25章
炎の揺らめきを受けた白制服が、それぞれの想いを乗せて灯りの周りに集う。もう焼き栗イベントは終わったらしい。天津甘栗は好きな方ではないが、皆が頂けたのに自分だけが貰えなかったのは、ちょっと残念だ。
ステージイベントは、実行委員によるカラオケ大会が催されている。
ノド自慢の美声が響き、前座にも満たない場つなぎの芸に、生徒達はヤンヤの歓声を上げてはやし立てる。だが遥か離れた暗がりに目を移すと、ひっそりと寄り添う男女の影が見えた。それも点々と。
ちくしょー! ココは鴨川河川敷かよ! オマエラ、何を火で清めたんだ! 煩悩むしろ増えているじゃねーか!
そんな生徒達の間を縫って、ランキング発表のために即席ステージ横の目隠しに控える。
すると、ちょうどいいタイミングでカラオケタイムの終わりを告げる司会の声が流れた。
「これより、ベストオブ桐花祭の発表を行います。みなさん改めてステージにご注目ください」
コールがかかると、案外楽しみにされていたのか「おおー」の声がステージに集まる。
続けて俺が呼び出される。いつものお馴染みのコースだ。
「それでは生徒会長から発表していただきます。瑞穂会長の登壇です!」
うむ! あとは任せろ。この盛り上がりを一段の歓声と乱舞にしてやんよ。なんて思い階段をタンタンと上ると、
「ちょっと何!? なんでこんなBGMなんだよ!」
この小細工は益込姉だな。『ダースベーダーのテーマ曲』を流すなんて。確かに黒い学生服を着てるけど、テラッテラのヘルメットなんて被ってないんですけど!
ギッと放送席を睨み、返す刀で益込姉を探すが見つからず。仕方なくステージ前に集まる生徒達に、引きつった笑顔を振りまく。
「こほん、えー、皆さん。いま妙な曲が流れましたが忘れてください。さて生徒会が主催します”ベストオブ桐花祭”。全ての集計が完了しました!!!」
言葉をピタっと止めて作り直した顔を上げると、生徒達はうぉっと盛り上がり拍手が起きる。なんとなくこういう阿吽の呼吸も覚えてしまった。慣れというのは怖いものである。
「各クラス、各部活のみなさん、ご協力ありがとうございます! さて、どのような結果になったでしょうか?」
ドラムロールが鳴る。そうだよ、ちゃんと仕事してるじゃないか、報道新聞部さんよ。
「………発表いたします」
そして、こんな学生が作る、しょっぱい賞でも、厳粛に声を潜めると緊張が走るのだ。
「表彰は各部門1つずつです」
「会長、ウチのクラスをたのむぞ!」
なんて祈るようなヤジも申し合わせたように飛んできます。マジありがとうございます、盛り上げてくれて。
「部活部門優勝は………」
ジングルのボリュームが上がり、グラウンドが一段暗くなる。なかなか凝った演出だ。そしてちゃんとマジメにやってくれている。ありがとよ。ここで仮装大賞の音が流れたら俺はステージを降りてたよ。
そのドラムロールがビタっと止まる。
「ボルタリング部! ボルタリング部です!!! ボルタリング部の皆さん、ステージまでお越しください!」
やはり皆も意外だったのだろう。会場からおおっとどよめきが起きた。
グラウンドの中をスポットライトが行き交い、前に出てくるボルタリング部員の頭を追う。
集計中、この部が受賞するのは意外だと新田原は言ったが、実は俺はここが受賞するだろう踏んでいた。
巡回で随分いろいろな部を見たが、ボルタリング部には黒山の人だかりができていたのだ。昨今ボルタリングは人気だそうだが、自称観察眼の鋭い俺は、子供はもちろん、お父さんお母さんも大満足の理由を発見していたのである。
「理由だと?」
大江戸と新田原が聞くので説明する。
「理由は、えー大変下世話で申し訳ないのですが、下から見えそうなんだ。そしてお父さん、堂々とガンみできる!」
明瞭簡潔に理由を説明し終わると、大江戸と新田原は俺に「ゲス野郎め」と軽蔑の一言を放った。
「ちょっとまて! 俺は観察結果を言っただけで、見てたのは俺じゃないぞ!」
そんな下から見えそうな、短めのだぶっとしたお揃いの白Tシャツを着た女子ボルタリング部員が、拍手を浴びてバラバラとステージに集まってくる。といっても女子は胸下までの黒のアンダーウェアを着ているからTシャツを下から見ても何も見えない。パンツも街で見かける程度の短さ。とはいえ、ふとももがバッチリ見えるけど。
男子部員はその逆で、上はぴっちとしたやっぱりおそろの白Tシャツで、発達した背筋のおかげで『桐花学園』の文字がぴっと横に伸びるほどだ。下のだぼっとしたカーキ色の普通のパンツなんだけど、それが逆三角の体を一層強調していて、男の俺でもカッコいいと思ってしまう。
ね、パパママ世代はうっとり見ちゃうでしょ。
部長さんが一歩前に出てきた。ボルタリングの部長は三笠さんという女子だ。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「部長のお名前は?」
「三笠です」
「三笠さん、優勝おめでとうございます。ズバリ勝因は?」
「出来そうに見えて、意外と出来ないところでしょうか。体を動かす楽しさやチャレンジするワクワクを上手く展示のなかで表現できたと思っています」
んー、意外とマジメなコメント。
「僕もちらっと見ましたけど、見学者が凄かったですね」
「親子連れのお客さんが多くて。体重の重いお父さんは申し訳ないですけど、危険なのでお子さんの応援に専念してもらって、遠慮してもらいました」
あ、そういう事なんだ。もしかしてエッチな目的なガンみじゃなかったかも。
「では、なにか面白いコトとかありましたか?」
「えーっと、ウチの男子が体をぺたぺた触られてて。その子です。お母さんに大人気で、真っ赤になって触らせているのが面白かったです」
確かに細マッチョのいい体をしている。素直そうな可愛い顔立ちの、高校野球の地方大会にいそうな青年だ。
ちょっとマイクを振ってみる。
「何で触られてたんですか?」
「腕の筋肉を触ってみたいというお客さんがいて、いいですよと言ったら、どんどん女な人が集まってきちゃって」
「なるほど確かに触りたくなる鍛えられた体してますね。でも三笠部長も肩の筋肉が凄いですね」
Tシャツを肩までまくった三笠さんの二の腕から肩は、女性とは思えないほどキビッと締まっている。これはきっと相当固いに違いない。そう思い俺が肩を触ると「きゃっ」と三笠さんは小さく驚いた。そして会場から「セクハラー」「職権乱用ー」と声が飛ぶ。
「いやコメント言うのに、触らないと分からないでしょ」
「あ、いえ、すみませんっっっ。声出しちゃって。でもセクハラかどうかは、本人が嫌かどうかですから。でも触る前に一言欲しかったですけど」
真っ赤になって、三笠先輩が小さく言う。
「ごめんなさい」
「いえ」
三笠さんは三年だったと思うが、思いの他うぶで赤くなって俯いている。
「あ、でもですね。モリッと発達した三角筋が、俺の肩より凄いかもって感じです。ハイ」
「いえ……す、すみません」
三笠さん、いよいよ小さく赤くなる。
「あ、いえ、女の子に使う褒め言葉じゃなかったかも」
ヤバイ、急速に場が冷えてきたー。リカバーショットが思いつかないって!
そんな、しらーっとし始めた空気を切り裂いて、ステージ脇の階段駆け上がってきたのはヨミ先輩。俺を見かねたらしく軽快に会場に手を振って、俺からマイクを奪っていく。
「すみませーん。新任生徒会役員の益込世美です。もうご存知ですよね。会長が女の子の扱いにぜんっぜん慣れてないので、私が代打で立ちます。会長はもう、お役御免です。はい、下がって下がってー」
俺は背中を押されて、台から落ちんばかり追い出されてしまった。
「三笠先輩、失礼しました。三笠先輩ってこんな華奢で綺麗な指なのに、あんなスピードで壁登っちゃうなんて凄すぎ。最後にボルタリングの素晴らしさを皆さんにお伝えください」
テキパキと進行を進めて、マイクを三笠先輩に渡す。
その間にヨミ先輩は俺に手で合図して、景品を持ってこいだの、退場の導線を作れだの……。うわーん、いつの間にか会長が下働きだよ~。
「…なところが私は大好きで。もし興味があれば、兼部でもいいので一緒に壁を登りましょう。ありがとうございました!」
「どうもありがとうございます。あとコレ景品です。粗品みたいなものですがご笑納ください。あんまし期待しないでね。瑞穂会長のせいで、ウチラもお金ないから」
俺か! 俺のせいか!
そんな感じで、クラス部門の表彰が続く。
クラス部門の受賞者は、秋山先輩だ。
実はこの結果はフェアじゃない。この事実は俺達、生徒会役員だけが知っている。
集計中のこと……
「個人部門は、神門が圧倒的だな」
「俺が見たところでも、男女からおしなべてシールを貰っていたからな」
訳知り顔の大江戸に続けて、新田原が疑問の声を上げた。
「個人がサービスをするイベントはシールを貰いやすい。だが出店モノだとシールを張りにくいようだ。あと漫才や演奏などステージイベントも、演者がシールを貰うタイミングがないと文句を言われた」
たしかにそうだ。自分がシールを貼る立場で考えると、呼び止めてまでシールを貼りには行かない。これは、ちょっと不公平だった。
「どうする。それなのに生徒会からトップが出るのはマズいんじゃないか」
「そうだな。あいつも調子に乗りそうだし。生徒会長権限で無効にしよう」
「サラッと言い切ったな。だが神門は怒るぞ」
新田原さん、ごもっとも。だがっ!
「知るか! 散々嫌がって初日、とんずらしてた奴だ。それで帳消しだろ」
「では二番手の秋山美織か」
大江戸は集計表を指でなぞりながら、アキヤマの名前をトントンと示した。
「みおりんかー」
「知り合いなのか?」
「球技大会で選手宣誓した二年の子だよ。超絶美少女の」
「ああ、あの子か。それなら納得だな」
「舞踊部で和服で踊りを披露してたんだよ。扇子を持って舞うんだ。袖なんて押さえながら。流し目に視線が合おうものならハート射抜かちゃう」
「そりゃ鉄板だ。しかしお前、やけに詳しいじゃないか。ボルタリング部の事といい」
「えっ? えーっっと、噂でねー」
やべ、フラフラしてたのがバレたらまずい。
と言う事で、みおりんに決定。
ヨミ先輩とみおりん先輩は友達なので、ステージ上では「みおりん、おめでとー」なんて言って、二人でぎゅっとしあってた。
「くそう! あの役目は俺だったのに!」
爪を噛んで恨めし節で物陰から二人を見上げていたら、ヨミ先輩が抱き合う隙から、俺だけに見えるように「べー」と舌を出していた。
あんにゃろ! このために俺からマイクを奪いやがったな。
舞台から降りてくるヨミ先輩をとっつかまえる。
「ヨミ先輩、そういう事ですか」
「なんのことかな?」
「秋山さんと」
「だって瑞穂、かわいい子に弱いもん」
「弱かないです」
「悔しそうな顔していたしー」
「生まれた時からこの顔ですぅー」
表彰が終わった裏側では、音の出ない口笛を吹く女子とモテない男子のドツキ漫才だ。
発表が終わった舞台上では、実行委員会主催による最後の余興が進んでいた。
眩しいほどのライトを浴びた実行委員長と副委員長の二人が、テレビ番組の司会とアシスタントさながらに立っている。
「さて桐花祭もこれで本当に最後です。みなさんの協力で今日の日が迎えられました。本当にご協力ありがとうございました!」
実行委員長の男子が、低い声を目一杯高く張り上げ、桐花祭の終わりムードをこれでもかと高めると、「その最後を飾るイベントは、みなさんの時間です! このステージで好きな事を大声で叫べる『未青年の叫び』コーナーです!!!」と、負けじと副実行委員長の女子も、きらびやかな声に更に磨きをかけてフィナーレを演出する。
「何を言っても無礼講。先生の悪口、恥ずかしすぎる中二自慢、そして一発芸、なんでもありだ!」
「もちろん愛の告白も!」
「ただし翌日どうなるかは、実行委員は一切責任を負いません」
交互に喋る二人が、ここだけは事務的なトーンでビッタリと息を合わせる。意外と真面目に練習してきやがったな、こいつら。
「さあ早い者勝ちです!」
「言いたいことがある方は、ここまで全力で走ってきてください!」
実行委員もアホな事考えるなぁ、こんなのに出て来るヤツいねぇだろと思ったら、あら意外! 走ってくるヤツがいるじゃない。
アホがおる。自ら恥をかきにくるアホが。
トップバッターは、目出し帽に真っ黒のサングラスという、ちょっとアタマのイカレた奴だった。いいのか、こんなやつをステージに上げて。これ学生のフリした犯罪者じゃないのか。
その犯罪者、猛然とダッシュして階段を駆け上がる。
「さっそく勇者が一人、階段を駆け上がってきます」
いや犯罪者だろ。こんな勇者が主人公のロープレなんかしたくないわ!
「お名前は?」
「たぶん一年! キム・ジォングンです」
「あのガン●ム関係のお方ですか? それとも留学生じゃないですよね」
委員長のやさしいツッコミ。
「その格好で時事ネタは絶対止めて下さい。変な事言ったら即退場ですからっ」
一方、副委員長の女の子は厳しい。
「大丈夫Death!!!」
いやダメだ。手がヘビメタでおなじみのメロイックサインになってる。そんな犯罪者を汚物を見るような目で見る副委員長。いや引くわ。引くの当然でしょ。
だが犯罪者の行動は予見不能だ。むんずとマイクを奪い取ると叫んだ。マイク不要な程の大声で。
「瑞穂ーーー! 生徒会かなんか知らねーが、毎日かわいい子とイチャイチャ楽しみやがって! 俺もまぜろーや、ごるぁーーー!」
はあ??? いきなりオレ!? なぬ? だれ!? あいつ! 何の怨み?
「さっそくいじられましたね。生徒会長。ちょうど横にいるのでコメントをもらいましょう」
なに目敏く見つけてんだよ実行委員。
「会長、なにか一言」
だが男政治。瑞穂一族の子。抜かれたマイクに逃げたとあっちゃ末代までの恥。そりゃ一言ならず、いいますわな。
「誰だ貴様、ゴルァ。名を名乗れ!」
「ハラペニョリータ・トルティーヤ三世です」
「なに礼儀正しく、頭下げて言ってんだヨォー! さっきと違うだろ、ゴルァ」
「細かいこと気にすんな、ゴルァ」
「表に出ろ、ゴルァ」
「表に出てるだろ、ゴルァ」
「その面出せって言ってんだ、バカやろー」
「バカって言ったヤツがバカなんだ! バカやろー」
「じゃお前もバカだろ、この山縣!」
「山縣って言ったやつが、山縣なんだ」
声でバレバレだろ。その変装意味あんのかよ。
「あの、収拾が付かないので、もう打ち切っていいですか」
「打ち切っていいわけないだろ、ゴルァ」
ここだけ声が揃うなんて、俺達仲良すぎ。
けど山縣、あとで鼻からハラペーニョ飲ませて、龍角散風船膨らませの刑に処してやる。
「はい、では次の方はいませんか!」
蹴られるようにステージを追いやられた山縣など、お構いなしに司会は進む。その司会の声にすかさず反応した男がいた。
「三年の綿引です」
こんなバカの後とは思えない、身なりもキチンとしたマジメそうな方がやってきた。フレームレスメガネが知的な男子。いやーホッと一息です。
「えーでは、次の方の主ちょ」
「秋山さん好きだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
いきなりの衝撃! そして一気に沈黙の春。
ステージの二人が、突然の告白に飛び上がって驚く。当然のリアクションだ。それでも副委員長、頑張ってコメントをひねり出した。
「あ、あの、進行を無視した告白ありがとうございます」
YES,唐突過ぎます。会場は驚きを超えて、沈黙のレクイエムになっている。当の本人は肩で息をしてハァハァ言ってる。すまん、ちょっとキモイ。
「えーっと、、、」
そりゃとまどうわな。次の言葉を探す副委員長。
「えー、このような私的な重大発言につきましては、当方はコメントは差し控えさせていただきます」
うわぁ可哀そう! いじってくれねーんだ。怖いぞ。このステージ。
俺だったら放置プレイトラウマになる、沈黙の処刑軍団だ。
てな具合に8人、9人と、ネタやら一瞬にして生徒がドン引きするデスノート的な恨み言とか聞かされて、お時間的に、あと一人というところで、何を思ったかヨミ先輩が動いた。
俺の横にずっといて、真顔で青年の叫びを聞いていたのだが、ふんっと鼻息を鳴らすと、椅子を立ちステージの横から壇上に上がっていく。
「ヨミ先輩!?」
俺の声も聞かずに、ずんずん腕を振って行く。
それに委員長も気づいた。
「益込さん?」
「生徒会の者でもいいか」
「ええ……」
「マイクを」
「はい」
なんか気迫があって、固唾を飲む空気がヨミ先輩を中心に同心円に広がっていく。わいわいと面白おかしく盛り上がっていたグランドの生徒達は、雰囲気に飲まれて急速に静かになっていった。
「オレからも言いたい事がある。生徒会じゃなく、オレ個人として」
ざわざわとさざ波が起こった。
彼女がオレと言ったからだ。
ヨミ先輩が全校生徒の前でオレなんて言ったことはない。俺達の前では、普通に使う一人称だが、それはこの学園の決まり事として、女子が使ってはならない一人称だからだ。
「いま、誰が好きだとか、あいつが嫌だとか、そんな事をみんな言ってたけど、本当はどうなんだよ。オマエら、どれだけ本気なんだ」
全体問いかける声に、誰からも反応はない。
「オレは報道新聞部だったから、誰と誰が付き合ってるとか、イガミあてるとか、そんな噂が一杯耳に入ってきてた」
壇上から、ぐるっと生徒を見回すヨミ先輩。その視線を無意識にそらす人は、きっとその中の一人なんだろう。
「外部生で内部生と付き合ってる奴等らは、みんなバレないように付き合ってる。学園ではスレ違っても目も合わせねーし、声もかけない」
俺の位置から見えるヨミ先輩は、全校数千名の圧を一人で受け止めるように、力強く二本の足で立っていた。その足は根を張ったように微動だに動かない。
「そんなの、おかしいと思わないか。なんでそんなの気にしなきゃなんねーんだよ、特別内部生の奴等が怖いのか? それとも空気か?」
「そんなのウチらの自由じゃん。人の目なんか気にすることない。自分で決めるんだ」
水を打ったように静まりかえるグラウンドに、たき火のはぜる音だけが聞こえる。
「好きって気持ちに、内部生も外部生もないだろ。だって自分のモンなんだから」
かすかに揺れる声が、俺を揺さぶってたまらない。いや、きっと俺だけじゃない。胸の真ん中をガンガン叩かれているのは、俺だけじゃないはずだ。
「だからオレは自分で決める。もうごまかさないし、周りと合わせない。時間はあっという間に過ぎちゃうんだ。だから」
ヨミ先輩は胸に残った躊躇いをふうと吐き出し、飛び込み台から空に踏み出す選手のようにすっと顔を上げた。
「オレは瑞穂が好きだ。あつは外部生だし、お調子者だし、女好きで無神経で、変な本とか一杯ベッドの下に隠してるし。けど学園の事を真剣に考えてて、どうやったら皆が楽しくやれるか一所懸命考えてる。問題児だし、いろいろメンドクサイやつだけど、オレに野球が好きなんだって教えてくたヤツで、もう一度火を付けてくれたヤツで、オレを自由にしてくれたヤツで、不良にからまれたオレをボコボコにされても助けてくれたヤツで、オレはあいつの横にいて、あいつを助けてやりたくて」
なに俺のことぼろくそにいいながら、目に涙ためてんだよ。
「そういうのに外部生も内部生もないって。そういうのごまかしちゃダメなんだって。だからオレは生徒会役員になって、瑞穂と一緒にこの学園を変えるって決めたんだ。内部生も外部生をなくして、お金の問題もなんとかするから」
鼻をすする音が、マイクに大きく入った。
「そういうの、皆に言いたかったから。それだけだから」
マイクをぐっと委員長に押し付けて、髪を振り乱して踵を返し、振り返らず足早に横の階段から降壇する。
下を向いていたから、顔は見えなかった。
そのまま俺の横をすり抜けて行くヨミ先輩に、俺は声をかけられず、暗闇に消えていく背中も追えなかった。
こうして切って、結んで、すれ違って、つづら折りに折れ曲がった俺達の桐花祭は、あっさりと、それはもう振り返る余韻もなく幕を閉じた。