5-20章
桐花祭に、本当に10万人近い人が来ると実感したのは、俺がテーマを決めた数日後に、町内会の掲示版や区民会館に大量のチラシが貼られ、俺の家にも桐花祭のチラシが投函される現実を体験してからだった。
購買で買った新聞にも開催の告知が載っていた。
近くの商店街では、桐花祭の実施日を告げるアナウンスも流れている。
「ヨミ先輩、どこまで告知出したんですか」
「ん? 去年並だよ。今年予算ないから、苦労したよ、値切って随分断られたもん」
「この規模で!?」
当然でしょという顔で平然と答える。
こりゃ、どの位の人出となるか、俺には想像が付かない。
当日を迎えた学園の入り口には、桐花祭を華々しく飾る大ゲートが鎮座し、その先に続く中央大路には運動部や文化部が催す出店が並んでいた。
焼きそば、パンケーキ、クレープ、焼きとうもろこし、かき氷。夏祭りの夜店かと思う多彩な店店。
俺が許可した中には、シュラスコ、アユの串焼き、チョコファウンテンもあったはず。
やりたいと言うのだからやらせているが、100以上も部活があり、そこに中等部も加われば、そんな変な出し物も出て来るってもんだ。
そう言えば、何処かのクラスは『流しラーメンつけ麺』をやると言ってたな。
だが、そのくらい奇抜なのが丁度いいと思う。
その先に進むとグラウンドやサッカー場、体育館、講堂があり、そこでは体験型の催しが行われている。
OBが多い学校なので、サッカー部などはボランティアでプロ選手が来ており、その指導を受けてみたい小さなサッカー少年達が、元気に「ハイ!」なんて声を張り上げている。
よかよか。
そんなのが弓道部や競泳部なんかでも行われているわけだ。なかなか活気がある。
文化部の部室は、展示系がほとんどだ。
だが、アクティブな事をやる部もある。演劇部は芝居をやるし、軽音楽部は当然のように音楽を奏で、書道部は曲に合わせて書道パフォーマンスをする。
だが、あまりに普通すぎる芝居や合奏の類いは俺が突っ返したので、向こうも色々とひねった案を用意してきた。
軽音部は他のクラスの出し物に、飛び入り参加し一曲演奏してお捻りをもらう。
おまえら流しのギターリストかよ!
日本舞踊部は、学校中を練り歩き、辺りを歩く客を捕まえて一緒に踊るという、まさに祭り状態。
美術部は、階段に座って似顔絵を描くそうだ。それって上野公園ですか?
クラスの出し物も、今年はなかなか凝っている。
模擬店は当然あるわけだが、カードゲームのプレイ店だったり、ダンスやパフォーマンス、どこで覚えたものか大道芸や、バナナの叩き売り実演とか、どうやって運営するのか分からないモノまである。
そうみると、俺達のクラスは実に平凡だ。
だって喫茶店だもんね。生徒会輩出クラスが一番平凡でいいのかと思うけど。
その我がクラスは、午前は女子がコスプレして給仕となり注文をとる。その間、男子は裏方にまわり、ひたすら茶を入れる係りに徹する。部活で出払う人も多いので、裏方の人数は少ない。
そして残念ながら、俺も山縣も赤羽も裏方だ。
「なんで俺が裏方なんだよ。生徒会長だぜ」
「しゃーねーだろ、部活の奴らはそっちがあんだからよ」
「瑞穂は当日はなんもないんだから、手伝うのは当然じゃん」
ヒドイ侮辱!
「お前らは分かるよ、帰宅部だもん。俺はお前らの知らないところで色々あんだよ」
「なんだよ、色々って言ってみろよ」
「色々は色々だよ」
「実際ねーんだろ。んで益込先輩とか幕内先輩と、どこかにシケこむつもりなんだろ。ぜってー逃がさねーからな」
「ココは遊郭かよ! いかねーよ!!!」
両肩を捕まれて、行く行かないで問答をしていると、教室の扉がそーっと開いた。準備室で着替えをしてきた女子が戻って来たのだ。
「おっ! 来たぞ! 女子!」
「どれどれ!」
「ひょー! いい! いいわ!」
裏方の仕切りの隙間から顔を出す男子連中。そりゃ奇声も出る。だってどの子も、かわいいし!
「阿達、合うじゃん、やっぱあいつ貴族顔だよ。意地悪そうだからさ」
「ぜったい言うなよ。おまえ足蹴にされるぞ」
「それはそれで……あのクツで踏まれるのも」
「生唾飲むなよ……」
裏方から覗いて本音をこぼす赤羽。コイツそんな趣味が。あの席で後ろに阿達のプレッシャーを感じながら、毎日そんな事を考えてたのか。
「水分は?」
「あ、あれだよ。袴の」
そそと入ってきた水分は、紫の袴に赤の矢絣、さし色の入った帯をしている。髪がショートになったので、浴衣の時とはイメージが随分違がったが、シャープな顎のラインが上品で、「美しい……」と誰が言ったか分からないが、まさに自然と漏れた感想の通りだった。
「ああ」
俺もそう嘆息するしかない。
「瑞穂が浮気するのもわかるわ」
「ああ」
「やっぱ浮気してたか~」
「ああ? 浮気? してねーよ! そもそも結婚してねーし、彼女もいねーわ!」
俺もうっかり相槌をうつ程の清楚さだ。
誰かが面白いモノても見つけたように、一人の女子を顎で示す。
「千島のヤツ、二の腕が真っ赤だぜ」
「だろ、チャイナドレスだもん。体のラインくっきりだし」
「気づかなかったけど、あいつ結構いいカラダしてな」
「それ、本人に言って来いよ」
「殺されるって!!」
いやぁ念願叶って盛り上がる俺ら!
「だれがいい?」
まぁ当然だが言い出す奴が出るわけだ。だって男の子だもん。
「やっぱメイド服だな」
そう答えたのは内部生の神宮寺くん。
「佐々(さっさ)の? いやでもスカート長いでしょ」
受けるは、外部生の渡辺くん。
「いや足を出さないのがメイドの嗜みなんだよ。素人には分かんないんだよ!」
「俺、素人でいいでーす」
「じゃ、お前は誰がいい?」
「俺は、ハーフメイルの田中かな」
「まじ! 全然露出ねーじゃん」
外部生の鈴木くんが、ゲーっと顔をしかめる。
「ばっかやろう! 武装した女なんてリアルじゃ絶対見れねーだろ! 多分人生で最初で最後だぜ!」
渡辺、お前のフェチはよーく分かった。
「しかし、よくあんなのがあったな」
「すげーな、着る方も着る方だけどよ」
外部生の内部生もなく、みんな大興奮だ。
「ちょっと、男子! なにジロジロみてんの!」
佳子さんが、じろっと俺を見る。なんで俺だけ差して言うの~。だが言う!
「こほん、敢えて言おう。見るだろ。だってみんな綺麗だし、むしろ見ないと失礼だと思う!」
「ち、ちょっと、いやらしい目で見ないでよねっ」
「それは、俺じゃなくて山縣に言ってくれ」
「もう、お客さん来るんだから! 準備して。みんな」
鵜飼さんの号令で俺たちは準備を開始した。
さぁ喫茶「アルトブルク」スタートだ。
俺が裏方がゴリゴリとコーヒーを擦っていると、なんかクラスがザワザワしだした。
何かと思い顔を出してみると、水分が大柄な男性客とぶっきらぼうに話している。
「なんだ? 何かあつたか? クレームか?」
何か怒ってるようにも見えるが、ちょっくら行ってくるか。
「お客様、いかがなさいましたか?」
「ん、キミは?」
「何か粗相などございましたでしょうか? ウチの従業員と口論になっているように見えましたので」
「口論? あっはははは」
「どうされましたか」
「従業員か、キミは彼女を宇加様とは呼ばないんだな」
「はい?」
「水分だ」
「は?」
「俺も水分だ」
あ、思い出した!
「お兄さん? ですか?」
すると氏は、うんと鷹揚に頷く。
「兄です」
水分がぶすっと不機嫌に手も添えず紹介する。この人がエロ本をベッドの下に隠すという。
「水分、なんで怒ってんだよ」
「来ないでって言ったのに、来るんですもの」
「なんで? 来てくれたら嬉しいじゃん」
「恥ずかしいから来るなというんだよ。コイツは。どのくらい似合わないか見に来てやった」
「兄さん!」
「似合ってますよ。水分らしい可憐さが出てて」
「似合わんだろう。コイツはペタンコだから色気がない」
「そうですが、それは認めますが」
「もう! あなたたちは!」と水分は珍しくもプンプン怒る。
「あははは、怖い物しらずだなキミは。名前は?」
「瑞穂です。瑞穂政治です」
「キミが瑞穂くんか! 噂は聞いているよ。妹がよく話している。お世話になっているね」
「兄さん!!!」
え、え? どんな話? 気になるじゃないか。
「お兄さん、みく…宇加さんは、どんな話をしてるんですか」
「それをここで聞こうとするかな。キミは」
「オーダーを早くっ。早く注文してください! 後ろがつっかえております! お客様!」
「おお、怖い店員だ。まだお冷も出てないのに」
「そんなものはありません。とっと頼んで、とっとと飲んで出て行って下さい」
「ほら、こういう奴なんだよ。楚々とした顔しか見てないから知らなかっただろ」
「いえ、お節介なのは良く知ってます」
「わははは、よく見てるね。それに頑固で怖い」
「ええ」
「ちょっと! 本人の居る前で何を意気投合してるんですか!!! それに瑞穂くんは、早く裏方に行ってよ!」
珍しく声の大きい水分に衆目が集まる。それに気づいて、小さくなる水分。
「おっと今年は、面白い出し物にはシールを貼るんだったな。手前味噌だが、かわいい店員さんが居たということで……」
「宇加、名札を出せよ。シールを貼ってやるから」
「もうっ」
腰のあたりに付けた名札をぐいっとひっぱられ、シールを張ってもらう水分。つんつんしながらオーダーを伝えに奥に向かうが、ぴとっと貼られたそれを見て、気づかれぬように、にひっと満足げに笑う。
口ではギャーギャー言い合っても、仲のいい兄妹らしい。
俺だけ、その密やかな笑顔を見ちゃった。けど兄妹ってのは、喧嘩してもそういうものなのかもしれないな。ちょっと羨ましい。あっ、そうじゃない姉妹もいたか。
開店直後の店内はスカスカで、裏方の俺達なんて雑談が仕事みたいな店だったが、何が起きたのか、オープンから一時間もしないうちに、押すな押すなの大混雑になってしまった。
「ちょっと、男子! だれか手空いてたら、外の誘導して!」
「空いてるわけねーだろ。見ろ! 戦場だって」
「なんとかしなさいよ、男でしょ!」
「いや、混雑に男はかんけーねーだろ。何でこんなになってんだよ」
人数も少ない裏方は、夕立のように訪れたクソ忙しさに殺気立つ。
そんな空気は露知らずか、神門がゆとり満々の笑顔でヒョイと現れた。
「やぁ大盛況だね」
やぁだと!? シャンプーなの香水なのか、爽やかなフレグランスが、汗だくの俺達の神経を逆なでる。ここは飲食店だってーの!
「神門!」
「電算部のサイトだよ。来たお客さんが学園マップに書き込みをしてるんだ。コレだよ」
コーヒーミルを手で回す俺の前に、ついっと差し出されたスマホを見ると、そこには電算部が活動報告として作ると言っていた「某検索会社のマッシュアップアプリ」があった。
学園のマップの上に、オレンジ色のマーカーがぴょんぴょんと立っている。神門がそれをタッチすると、ウチのクラスのコメントが表示された。
『つぶぞろいの店』
『女子めちゃかわいい』
『甲冑少女ありえない』
『黒ドレスの娘がはまり過ぎてる』
『眼福』
眼福って。そりゃこんだけ盛れば一目みようと殺到するだろう。
「冷やかしなら帰らせろ、そんなやつら」と、俺でなくても言いそうな常識的な返答をすると、
「バカモンガーーーーーーーーーー!!! かかかか、金づるだぞ、逃がしてたまるか!!!」
きゃーーー、大江戸が狂った!
「椅子を増やせ! 廊下で飲ませろ! テイクアウトだ、デリバリーだ!」
「無茶言うなよ、そんな準備してねーよ」
「俺がやる! 俺が用意する! してやる! まってろ!」
いきなりキレて、こ、怖いです。この人。金がからむと俄然やる気が違う。そして血走る目で、客をかき分けて本当に教室を飛び出して行く。
ポカーンとするみんな。
「………」
「……」
「…」
うん、放っておこう。
アイツは居なかった。初めから居なかったのさ。
「みんな、働こうぜ」
「へーい」
そうして午前いっぱい人の波は途切れることなく、俺達は腕が動かなくなるまで働らかされた。
ココはカ○工船かよ! 真の姿は『喫茶プロレタリア』だったか!?
午後は男子がフロアに立つが、出番まではまだ時間がある。俺は生徒会長なので各出し物の見回りもあり、フロアインまでの時間にはゆとりをもらっていた。
この時間を、主に俺のために有効に使わない手はないでしょ!
ということで、こんな事もあろうかと、聞き出しておいてよかった先輩の連絡先。
ぽちぽちっと。
『少し時間があるので、一緒に回りませんか』
もちろん、生徒会としての監視もありますから、と言い訳も忘れない。余も小狡るくなったものよのう。
すると、即レスが返ってくる。
『わたしも午後は時間がある。一緒に行こう』
本当に時間があったのかは分からないが、先輩とご一緒できるのは嬉しい。とても嬉しい。
バレたらまた山縣、赤羽にグチグチ言われるので、そっと教室を出る。だが仮に見つかっても大事ない。俺と先輩のイイところは、何か言われても『お互い生徒会長なので』と言えば一緒にいても怪しまれないところだ。
人混みにごったがえす廊下をすり抜け、軽快に階段を駆け降りる。
普段は行かない上級生のクラスも、今日ばかりは緊張せず堂々と歩けるのがイイ。
先輩のいるA組は、一、二年のクラスがある校舎とは別棟で、中庭を抜けた向こうの平屋にある。
陽光に照らされる渡り廊下を歩き、檜の香りが漂う校舎を行くと、そこにはペーパーで見た三年生の出し物が、形になって展開されていた。
先輩のクラスは、その校舎の一番端。出し物は「トリックルーム」という。
目の錯覚や感覚の錯覚を体感できる、寂れた観光地にありがちなそれだが、覗いたクラスには、それなりに客がおり、所狭しと配された大道具の横には、はりつくようにお客さんに説明する上級生がいた。
事前準備こそ大変だが、やっていることは説明とクイズだけなので、当日運営は楽なものだ。
企画書を見たときは、こりゃ地味で人気もないだろうと思ったが、予想以上に好評。
小さい子と一緒に盛り上がる、気さくなお兄さん、お姉さんが、オープンな雰囲気を醸し出しており、子供はもちろん、父兄にも満足度は高いようだった。
そう思い、入り口手前で説明をしている、メガネ三つ編みの女の子名札を見ると、シールも案外多い。
あっ先輩がいた!
先輩も俺を見つけて、教室の奥からキリリと歩いて来る。先輩の歩き格好は、女性の割には堂々としているが、背筋がピッとしてて素敵だ。
「意外と言っては失礼ですが、盛り上がってますね」
「ああ、今年はこういうのに敏い奴がおってな。接客で盛り上げる算段なのだ」
「先輩もあんな感じで接客を?」
「わたしか? わたしは裏方だ。やろうかと言ったのだが、申し訳ないと断られたよ。もっとも愛想がない接客になりそうというのが、本当の理由らしいが」
「ふふふ」
「なんだ?」
「理解者が多くて良かったですね」
「政治もよく言う。かわいくなくなったぞ」
大げさにふてくされ言う。
「かわいげがあるのは、神門だけで十分でしょ」
「あははは、そうだな」
「見ていくか?」
「先輩のクラスは後ほど。仕事柄、全体も見ないといけませんし」
「そうだな。では巡回とやらに行こうか」
「はい」
どうやら俺の言い訳はバレているらしい。だが先輩はそれには触れずゆっくり歩み出す。
「今年は奇抜なのが多いな。だが活気がある」
「ええ、俺が普通っぽいのは全部突っ返しましたので」
「ヨミから聞いたぞ。生徒会の人数が少なくて大変だったと」
「はい、でも途中からコレでいいやで諦めました。少なきゃ少ないなりのやり方がありますし、何をもって成功とするかです。今までは規模と動員数でしたけど、今年の成功は満足度にしました。て言っても俺は質が落ちないように、ガミガミ言うだけです。大分、机を叩きましたけど」
気づけば、夏休みに新田原に言われた、『何をもって勝利か、少ないなりの戦い方がある』は、俺の指針になっていた。
あのとき俺は、数には勝てないと言ったが、苦しくなれば知恵は出るものである。
「それは怖いな。不興を買わなかったか?」
「そりゃもう。でも、金が無いのを質の低下の理由にはしたくなかったので。そんな事情もありましたので押しきりました」
「やはりお前の方が改革に向いている。昔から物怖じしない性格は変わっておらんのだな」
「そうでしたか?」
「憧れだった。ガキ大将ではないが、幼少のみぎり、私をひっぱっては、面白い遊びに連れ出してくれた。私の方がお姉さんだったが、人見知りなものだから、お前が眩しくて」
「ほんとですか。信じられないなぁ。今の先輩からは」
「今も同じだ。六つ子の魂というが、まさにだな」
「ん? そりゃ三つ子です。おそ松さんですよ、それじゃ」
はっと両手で口を押さえた先輩が、真っ赤になって恥ずかしそうに下を向く。
「……間違えた。……忘れてくれ」
そんな、ぶつっと可愛く言わなくても。口なんかとがらせちゃって。
「先輩はお茶目だなぁ」
すこぶる殺傷能力の高い仕草に、そんな月並みな事を言うのが精いっぱい。
「そういう事を言うのはお前位だ。だが、それも有り難い」
「あらら、先輩の友達には、そういう人はいないですか?」
「自分で作ったハードルかもしれないが、僅かな距離を感じていた。そうだな、だから、ずけずけ懐に入ってくる、お前が輝いて見えるのかもしれぬ」
「ずけずけって」
「いや! 誉め言葉だ!」
慌てて訂正して、手をフルフルと振る。
「分かってますよ。だったら水分や神門だっているじゃないですか」
「宇加は、あの通り空気を読む。神門は姉弟のようだ。他の者には新田原のような扱いを受ける。学園で幕内の名はそれほど大きいのだな」
「大変ですね」
「気楽に言うな」
「なら捨てちゃえばいいのに。さすがに学園を出ろとは言わないけど」
「……出るか、そうだな」
何故か先輩は遠い目をして、ひつじ雲の向こうを見た。
「例えですよ、例え。そう、真剣にならなくても」
「いや、すまん。不安にさせた」
「桐花祭なんだから、もっと楽しみましょう。ゆっくり見るの初めてなんでしょ」
「ああ」
「ほら、綿あめ売ってますよ。あっ、これ袋に○ッキー描いてるけど、版権とってるのかな。まずいな。まぁイイや、バレなきゃ」
先んじて店に飛び込む俺を、先輩はくびれた腰に手なんか当てて、なかば呆れ顔で見送る。
「先輩も食べるでしょ。二つ下さい!」
「お、おい!」
慌てて俺の元に駆け寄る先輩。
くるくると躍りながら膨らむ綿毛のダンスを見ながら、俺達は喧騒を全身に浴びて、綿あめに負けぬくらい祭りの空気を体に満たした。
ハチマキをした店員は、雰囲気も的屋よろしく、巻き舌で「はいよっ」と応えて、二つの綿あめを俺に手渡す。
「はい、先輩」
「あ、ありがとう」
「なんで照れてるんですか」
「……学園の中で幕内の娘が綿あめなど、子供じみた物を食べてよいのかと」
「なにいってんですか? 牛丼一緒に食べたじゃないですか」
「あれは、政治と二人だけだし、子供の菓子ではなかったから」
「いいんです。無礼講なんだから、何でも許されるんですよ」
あまりに恥ずかしがるものだから、俺が先に綿あめを頬張り、雪雲のふわふわを、かぶっと引きちぎる。
それをみて先輩は、どこを噛むのか吸うのかわからない困惑をみせ、その先っちょの雲のこぶをそっと口に含んだ。
ころころと、豊かな頬がほわりと動く。
「甘い。砂糖だ」
「砂糖です」
「砂糖だな」
「砂糖です」
「ふふふ」
「あははは」
全くバカな会話だが、愛くるしい笑顔と相まって、俺には至福の瞬間だった。
視線の外には、チラと俺達をみる目線。
『幕内が生徒会長と』『幕内が綿あめか』『あいつも変わったな』
敢えて聞かずとも分かる声なき声と好奇の目。
だが俺には関係なかった。むしろ、高い塔のてっぺんから軟禁のお姫様を連れ出す、城下の平民の気分だった。魔法のカーペットに乗ったアラジンのように。
「運動部の方にも行ってみましょう」
「うむ」
俺は自然に先輩の手を取っていた。