5-19章
その後も、生徒会や桐花祭実行委員の失態は、ちょいちょい益込先輩にすっぱ抜かれて、その度、辛辣な記事を書かれては、ヨミ先輩が飛び出して記者会見を開いき、説明と訂正を行う攻防が続いた。
ウチの官房長官、頑張る。
その記者会見が報道されないと、ヨミ先輩は自ら新聞を作ってバラ撒き、生徒会権限を使って放送室を借りきって校内放送をする。
「さすがにソレはやり過ぎですよ。ちょっと控えましょう」と言っても、「オレはやるときはやるタイプなんだ」と言って、ヨミ先輩は聞く耳を持たない。
ほんとにもう、俺をドキドキさせて止まらない、個性的過ぎる姉妹だよ。
ただそんなド派手な攻防に対して、とりあげられる失態は実に小粒で、値引きの為に発注業者をまとめたら『談合じゃないか』と言われたり、同じような資料を二、三度、書かせたら『事務手続きにムダがある』と言われたり、その程度のミスコミュニケーションだった。
そんなバトルをしつつ、あれよあれよと準備は進み桐花祭の当日。
気持ちいいほど晴れた秋晴れの空は、青く天まで突きぬけ、お日様の香りを湛えた暖かな風が落ち葉を優しく撫でていく。絶好の桐花祭日和。
いつもならアンニュイな全校朝礼も、今日ばかりは体育館も軋まんばかりの活気に満ちていた。
「皆さん、今日までの準備お疲れ様でした。ここまで学業や部活と掛け持ちで頑張ってきた事への慰労とお礼を申し上げたいと思います」
なんて挨拶を段上からしても、生徒のガヤガヤは収まる気配もない。
「桐花祭は規模も大きく、お越しいただくお客様の期待も大きなイベントです。ですが、昔の記録を調べたところ、本来の目的は『修学の功能を国民に知らしめ、以て皇国の優良なる人材を排出せんと欲す』とあります。この前文のとおり、桐花祭とは、この学園の素晴らしさを……」
「なげーぞ!!!」
フロアに居並ぶ生徒から、威勢のイイ声がかかる。そしてハイになった奴のカラカラと笑う声。
徹夜で準備をしている奴らもいるから、必然テンションが上がっているのだ。
「ちょっと、いい話してんだから!」
「受け売りだろー!」
むむむ。
「違います! 俺のオリジナルです!」
「去年も聞いたぞ、その話ー」
「えっ、マジ!?」
「うっそだよー」
あははの笑い声。っっって! こんなボケツッコミをステージ越しにさせんな、お前ら!
もう、幾らハイだからって生徒会長の挨拶にチャチャが入るのって俺だけ!? 先輩もこんな感じだったの? それともこれが桐花の文化なの?
「いいです。続けます。続けていいですか? ようするに俺達が楽しんで、来た人もココはいい学校だわ、って思って貰えればOKって事です。えー私の経験ではですね。最初に突き抜けてテンションマックスで恥ずかしさをブッちぎると……」
「そんな事は聞いてねーぞー」
聞きゃしないコイツら。
「いいです。もういいです。兎に角、怪我だけはしないでください。俺が怒られますから。それでは二日間、楽しみましょう!」
珍しく拍手が起こり、解散だって言わないのに、それぞれの持ち場に駆ける生徒達。
大抵の生徒は部活に入っているし、中等部の生徒の面倒も見なきゃいけないから、高等部は全員フル稼働だ。早く行きたくなるのは仕方ない。笑って許してやろうじゃないか。
さて、俺もクラスに戻って最後の準備をしなきゃ。スタートは11時だ!
「瑞穂、お前も午後はフロアだからな、それと、ちょっと来い」
クラスに戻る早々、準備室に俺を呼び出したのは山縣と赤羽だった。
「瑞穂、こういう役はお前しかできねーから」
ピタリとドアを閉めて切り出したのは、山縣のこんなセリフだった。
「おいおい、俺に何をさせんだよ」
「お前、阿達を何とか参加させてーんだろ」
「ああ、確かに言ったけど」
赤羽も口を開く。
「そう聞いて、俺も阿達の話に聞き耳を立ててたんだよ。アイツにいま必要なのはきっかけだね」
「はぁ? きっかけがあれば、参加すんのかよ」
「間違いない。さすがに浮いてる自覚があるんだろ。他のやつらは無理矢理でも参加させてるけど、アイツだけ仕事ねーんだから」
「まぁ、そうだろな」
「そこでだ……」
「まさか、俺にきっかけになれと」
「ピンポーン!」
「ピンポンじゃねーよ! できる訳ねーだろ」
「いや、お前しかできねー。俺がやっても相手にされねーし」
「いや山縣、それは俺も同じだろ」
「ここに衣装がある」
赤羽に手渡されたソレを広げてみると、金糸のヒラヒラが付いた黒のお姫様ドレス。プリンセスラインというのでしょうか。袖の辺りなんか牡蠣みたいにびらびらしちゃったりして。これは結婚式で着るようなやつじゃねーのか。
「これを阿達に着させろ」
「いやだよ、お前が行けよ」
「バカ、俺が発案者なんだから、俺が行ける訳ねーだろ!」
「瑞穂は、あいつに一目置かれてるし、もともと実行委員なんだから、下手に出てお願いすればなんとかなるって」
「そんな訳ねーって。目の敵にしてんだぜ」
「だからいいんだよ」
「イヤだよ」
「着せたら、俺が何とかしてやるって」
「ムリだよ」
「いいから行けこら!」と背中をまさに足蹴にされて、二人に準備室を追い出される。
ああもう、しょうがねー。どうせダメモトなんだ。阿達には言うだけ言ってダメなら、ごめんって山縣に謝ろう。面倒はとっとと済ませる! 俺には他にも桐花祭の仕事があるんだ。
と、丁度そこに阿達がお供を連れて歩いてきた、これは天啓かも。
「おい、阿達!」
かっっっとにらむ阿達。
「呼び捨てですか、瑞穂さん」
やべ、これからお願いだってのに、いきなり地雷を踏んじまった。でもまぁいいや。
「ごめんごめん、ついいつもの呼び方で」
「無礼ですわ」
「阿達、ちょっとこっちに来てくんない。ああ、阿達だけで」
「なんですの!」
「いいからっ」
モタモタしてると、お供の子達もついてきてしまうので、嫌がる阿達の手をはしっと取って、ぐいぐい準備室に引っ張る。
「ちょっと、離しなさい!」
なんか阿達の手が熱くなってきたぞ。でも気にせずそのまま阿達を準備室に放り込む。そして俺は後ろ手に部屋のカギに手をかけた。
背中からガチャリと音がすると、準備室はスイッチを切ったようにしんと静まり返る。
「なんですの、こんな所に二人きりで。まさか」
阿達は片手を胸にあて、真っ赤になっている。あら、思ったよりうぶな子だなあ。
「なにがまさかだよ。襲われると思った?」
「なん、なにを!」
「勘違いしないで、これだよ、これ。これを阿達に着てもらいたくて」
といってドレスを持ち上げて見せる。
「………………」
だよねー。いきなり着ろと言われても反応ないよねー。
「えーっと。阿達しか着れないんだよ。こういうの。お前さ性格悪いけど、スタイルめちゃめちゃいいし美人じゃん。こういうドレスに負けねーから」
「性格が悪い……」
「あ、わりぃ。つい心の声が」
「あなたといい、水分さんといい、どうして私の周りには気配りができない人が多いんでしょう」
「そりゃ、お前がしないからじゃねーの」
「無礼です!」
「それはいいんだよ、クラスの他のやつらは庶民的だろ、クラシックな風にならねーんだ。多分、お前が一番似合うと思うんだ。お前もそう思わない」
「……」
「考えてみろよ、水分はド貧乳だし、吉良はスタイルいいけど庶民顔だろ。外部生は全員あか抜けないし。吉岡なんか服はいんないだろデカ過ぎて」
「たしかに、わたくし以外、似合わないと思いますが」
「ちょっと、外に出てるから着てみてくんない。羽織るだけでいいから。じゃ!」
「ちょっ、ちょっと! 着るなんて一言も!!!」
一歩身を引く阿達にドレスを押し付けると、俺は彼女をほっぽって準備室を出た。
さて、これで俺の任務は終わりだ。ミッションコンプリート!
10分くらい待つと、山縣は一般内部生の女子を準備室の前に連れてやってきた。
「おう、阿達はいるか?」
「ああ、いるぜ」
「よし、瑞穂にしては上出来だ」
「おまえ俺に感謝しろよ。憎まれ役ばっか押し付けて、なのにみんな俺を大事にしねーんだもんなぁ」
「ハイハイ、感謝なら、あとで何杯でも言ってやるって」
山縣は適当に俺をあしらうと、その素振りを急変させて、締まった顔で内部生女子たちに向き直った。
「じゃ、ごめんね。中に阿達さんがいるから、あとは皆に任せていいかな。阿達さん、きっかけを失ってるだけだから。きっと一緒にやったほうが、俺達も楽しいと思うんだ。なにより阿達さんにとっていいと思うし。外部生なのに、皆にお願いすることになって済まないと思ってるけど」
「いいわよ、山縣さん。わたしたちも凛様と、変な関係になりたくないし」
「ほんとごめんね」
うーん、うまいなぁ。こういう世渡り、話し方。というか女の子に対する情熱が半端ねーなコイツ。階級の壁を超える熱さって俺にはねーよ。
女の子達は山縣と頷き合うと、一気に準備室に入っていった。
「きゃっ」という阿達の声が一瞬聞こえ、わいわいと黄色い声が乱舞する。
「ステキー」
「凄くお似合いですわ、凛様」
「やっぱり、こういうお洋服は凛様じゃないと」
「ちょっと、皆さん」
扉が締められて中は分からないが、きゃっきゃと弾ける大騒ぎ。
そこに赤羽がやってきた。
「山縣、連れてきたぜ」
「おう、いいタイミングだ」
赤羽が連れてきたのは、ウチのクラスの男子。内部生も外部生もいる。
「さて、もう仕上げは終わった頃だろう。お披露目だ」といって山縣は一本の電話を掛けると、待つ間もなく準備室の扉がガラッと開いた。
そこには、黒いドレスに身を包んだ阿達。サイズはぴったり! 髪も簡単であるがヘアピンでまとめており、先ほど部屋に入った女子が持ち込んだのだろう、高いヒールを履いた彼女は上から紐でツンと引っ張られたように立ち姿も麗しく、ドレスの長い裾を従えて一服の絵のようにそこに立っていた。
お披露目に立ち会った男子から「おおー」と声があがる。俺もくやしいがその一人だった。
確かに似合っている。
俺がさっき適当にいった通り、ウエストがきゅっと細くてスタイルがいいからラインが綺麗に出る。頭が小さいからバランスがいい。それにキツメの阿達の目元が黒のベースカラーと、煌びやかなフリルのコントラストと実にマッチしていた。
口裏を合わせていたのだろう、何人かの内部生男子がコメントする。
「やっぱり、凛様は、こういう服が似合いますね」
「他の女子じゃこうはいかないなぁ」
「ちょっと、俺、感動……」
これは半分以上は本音だろう。女子からも、
「ペチコートを入れてないのに、こんなにお似合いになるだなんて」
「凛様、素敵です」
「お美しい」
うっとり口調の抑揚がもうって感じ。
さて、当の凛様はというと、戸惑いながらも、まんざらではないご様子。
「当然ですわ」と紋切りの回答を口走ると、「凛様もご参加くださいな」の押しの一言に「しょうがありませんわ」と、ぎこちなくも表情と言葉を合わせた。
山縣、赤羽も手の込んだ事をしやがる。だが阿達がクラスの出し物に参加すると言ったのだから、俺が使われたのも無駄じゃなかったようだ。
阿達は機嫌もよろしく、皆に押し出されて人の輪を出た。が、そこにいたのは水分。
「水分さん」
さっきまでの上機嫌が嘘のように凍る。
「お綺麗ですね」
「なにを今更当たり前の事を」
「昔から思っていました、お名前の通り凛として素敵だと」
怪訝な顔をする阿達。
「わたし……」
「なによ」
水分は「向こうに」と言って、阿達の手を繋いで準備室の奥へと連れて行った。もちろん誰もつい行く者はいない。
遠目に、時より水分のクスリと笑う横顔。阿達の何やら不敵な笑い。
ごにょごにょと抑揚だけを乗せた微かな声が、梢のさえずりのように俺達の耳に聞こえてくる。
そうして二人はひとしきり話し、合わせた目を弾けるように引き離すと、振り返りこちらに戻ってきた。
おだやかな表情の水分と戸惑いぎみの阿達は、今後を暗示させるような見事なコントラストだった。
何があったか分からないが、話がまとまったらしい。胸を撫で下ろしていると、阿達が俺を見つけ、「瑞穂政治! これは貸にしておきます。近い将来、返していただきますから」と、びしっと指を指して言うではないか。
「貸し? なんで?」
「自分の胸に手を当ててお考えなさい!」
いわれると心当たりがあり過ぎる。けどまぁいいや。三年くらい返済を遅らせたら、どうせチャラだし。
その阿達は、ロココな傘なんぞさして、高笑いをしながらお供を連れて廊下を歩いて行く。それにみんなもゾロゾロと付いていくのであった。
時代錯誤の大名行列か? だが大名ならクラッシックだからいいや。
さて、ここからは後で聞いた話だ。
あのごにょごにょは何だったのだろう。興味の程を止められない俺はストレートに水分に聞いてしまう。
「あの時、阿達と何を話してたんだよ」と聞くと、クスリと笑って「二人の思いを伝えあったのかしら」と遠回しな事を言う。
「なんだそれ? 告白じゃあるまいし」
「そうね、ある意味、告白し合ったのかも」
「えっ! まさか阿達のやつ水分の事がずっと好きだったとか!? はっ、だから俺と水分が最近仲がいいから、あいつ嫉妬を」
あ、あれ? 水分の表情が張り付いたぞ。
「何を言ってるのかしら」
目が、目が、氷のようにが冷たい!
「ごめんなさい! 勘違いが過ぎました!」
「でも瑞穂くんの話は出たわよ」
「やっぱり」
「もちろん、そういう話しじゃないけど」
「ああ、やっぱり。そうですよね」
「わたしが凜さんではなく瑞穂くんに言われて改心したのが、気に入らないんですって」
「改心なんて、させてないだろ」
「そうね。改心ではないけれど、ショック療法ではあったと思うわ」
流し目で見下すように俺を見る。
「ごめんなさい! あのときは本当に!」
「でもいいわ、お陰で凜さんには言えなかった事が言えたんですもの」
「それは誰のお蔭なんかじゃないよ。俺は本当に水分を困らせる事ばかりしちゃって。だから言えなかった事が言えたのは、全部、水分の頑張りさ」
水分はその言葉に少し目を細めて頷いた。
「ねぇ聞かないの?」
「うーん、やめておくよ」
「優しいわね。こういう時だけ」
「時だけじゃねーよ」
水分はなぜかフフっと笑うと、頼みもしないのに自分の事を話し始めた。
「私ね、『ずっと凜さんが怖かった』って言っちゃったの。そしたら向こうは『あなたはお高く止まって嫌味だ』って。瑞穂くんに言われたのと同じ事を言われちゃった。お互いそうやって壁を高くしてたのね。だから私はこれからちゃんと凜さんに言いますって」
「あいつ面食らってたろ」
「ううん、やっぱり凜さんは凜さんよ。甚だ迷惑ですって」
「じゃあいつ、どうしてもらいたいんだよ!」
「いいのよ、私も和解するつもりはないって言ったんだから」
「うわー、それで阿達はあの顔だったのか」
「凜さんも、許す許されるなんて貴方には求めてないって言ってたんだし」
「それで良かったのかよ」
「ええ、それがわたしと凛さんの一番いい関係だと思うから」
なんて二人なんだろう。頭も下げず喧嘩もせず、反目したまま事を納めるなんて。
それを笑顔でやってのける二人は、俺には到底理解できなかった。
水分も阿達も、俺には真似のできない次元にいる。
刀は鞘に収まったのに、何もしてない俺だけが、何だかドッと疲れてしまった。