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5-18章

 結局、ウチのクラスの出し物は、世界のクラシック喫茶、屋号『アルトブルク』となった。

 クラシックの意味は勿論メイド服だ。なんの捻りもないがメイド服が見たいのだ! 俺たちは! 人生は短い、ここで見れなきゃ、もう死ぬまで間近で見れないじゃないか!

 だが女子は「クラシックならメイドじゃなくてもいいじゃないっ!」「男子もメイド服着るのよ!」「クラシックな服なら和服だっていいわよね」と反論。

 むむっ正論。

 窮した男子は「和服なら矢絣(やがすり)がいい」と反駁。すると「じゃあなたは(かみしも)を着るのよ」「じゃ女子は甲冑で来いよ」「なら男子は鎧兜ね」と大混乱。そんな具合に悪乗りが欲望と掛け算になって、『古風なモノなら何でもクラシック』の大鍋料理は、チャイナドレスまで包含してワールドワイドに、世界のクラシック喫茶になってしまった。


 『喫茶アルトブルク』は、ただコスプレした店員が給仕をするだけなので、たいしたクラシック体験ができるわけじゃない。アルトブルクなんて御大層な名前を付けたが、ようするに見た目だけの羊頭狗肉。

 全くふざけた煩悩だ。もうっ爆裂しろ。

 たが、あの方が「おふざけても味とサービスは絶対本気で」と言うので、農林族のボスには逆らえず、コーヒーはハンドドリップ、ケーキは自家製と相成った。

「コーヒー豆と茶葉の仕入れは、父に掛け合います」とのこと。キタ! 政財界動くか!

 それを聞いて、商売人の血が騒いだのだろう。

「どうせ長居はしないんだ、客はどんどん入れてどんどん出すぞ」と、大江戸が意気込む。

 これは収集がつくのか? ちょっと不安になり、鵜飼さんの顔色を伺ってみる。

「おいどうすんだよ、何でもアリアリになってきたぞ」

「レパートリーが広がっていいんじゃない。みんな乗り気ならいいでしょ」

 なんて具合に鵜飼さんは明るく答え気負う気配もない。あんなにオドオドしていたのに、いまや別人のようだ。

 あのクラス会の後、鵜飼さんは水分に謝りに行ったそうだ。ショートにしたことのない水分が、美しいと評判の黒髪にハサミを入れたのだ。自分のせいだと思うのは良く分かる。そこで二人の間に何かあったらしいが、それは二人とも俺には教えてくれなかった。

 水分に聞くと「そんなことに興味を持つのは、いけませんよ」とやさしく(たしな)められる。

「えー、イケナイことなの?」

 じゃ、隣でにこやかに微笑む鵜飼さん聞くと「水分さんとの秘密です」と。

「ねー」

「ねー」

 こういう女の同調って、俺嫌いなんだよなー。

 でも、すっかり打ち解けた二人をみて、この時ばかりは悪い気はしなかった。


 もっとも、全て手放しでOKじゃない。

 世界のクラシック喫茶と聞いた阿達は、不機嫌を顕にし「わたくしは手伝いません」と吐き捨てた。

 阿達派の何名かもこれに追従して、クラスは二分されてしまった。

 子供じゃないんだからと思うが、幕下(ばっか)の反逆はプライドが許さなかったのだろう。貴族様はプライドがお高い。

 俺的には、彼女のサボりが問題にならないのも腹立たしい。特別内部生は、それっぽい理由があれば、余程の行事でもなければ合法的にサボれる。この特権的な制度は非常に気に入らないので即、廃したいのだが。

 これがどんな制度なのか、俺は予算削減の項目出しのときに先輩に聞いた事あった。

「来賓との応接など一等サロンの行事があるときは、そちらを優先してもよいのだ。それゆえ、面倒な行事の時には、サロンの行事を入れることがある」

 聴き捨てならない内容に、つい思いが声に乗った。

「先輩も、その特権を使ったことがあるんですか」

 ムカッとした言い方であったと思う。

「すまない。言い訳はせん」

 つまり使った事があるのである。大人の猿真似の様で不愉快になったが、相手は特別内部生が会うような人達だ、色々面倒も有るのだろう。それすら本人たちは、ちょっとした愉悦だろうが。

 そんなやり取りを思い出すだけで胸にモヤモヤが残るが、置いといて……、阿達がやらないと言うのなら奴の勝手だ。放っておけばいい。だが、それではクラスにわだかまりが残るし、何より鵜飼さんに禍根を残す気がした。

 結果を見れば、小飼が裏切った構図だ。水分たちは鵜飼さんにきっかけを作ったが、寝返工作はしていない。だが阿達はそう見るだろう。「どう見えるかが全て」と言ったのは益込先輩だが、俺はそこだけは、いいことを教えて貰ったと思っている。


「何とか参加してもらえねーかな」

 クラスの盛り上がり一歩引いて見ていた、水分にぽつりと言ってみる。

「もう私では無理よ」

 横目で俺をチラリ。

「まだなんも言ってねーよ」

「そんな目をされたら、次の言葉が分かるわ」

 えー、スケスケですか俺って。

「水分さん、コイツ、分かり易いでしょ」

 さり気なく俺をディスりながら、山縣が巧みに話題に加わってきた。

「ええ、面白いくらい」

「山縣っ!」

「阿達もお前と同じくらい分かり易いよな」

「凛様は、お気持ちがハッキリされてますから、ご機嫌がすぐれない時は私も緊張しますわ」

 更に佳子さんが話に加わり、珍しくストレートな本音を言う。

「腫もんじゃねーか」

「で、でもフォローするわけではございませんが、ムードメーカーではあるのですよ」

「だろうな、あいつオーラーがあるもん、瑞穂と違って」

「だから、俺は関係ねーだろ!」

 山縣め! いちいち。

「まぁ瑞穂、そう怒んなって。要するに阿達の機嫌を直せばいいんだろ」

「山縣さん、なにか名案があるのですか」

「水分さん、まかせてください。使える男、山縣です。俺はポンコツ生徒会長とは訳が違います」

 コイツ、着実に点数を稼ぎやがる。やっぱ紹介すんじゃなかった。



 さて阿達の事は山縣に任せるとして、俺はというと人生初コスプレである。

 実はちょっと楽しみ。僕ってちょっぴりナイーブでしょ、ハロウィンでも仮装できないタイプなの。

 幸い厨房担当以外はみんな衣装を着る決まりなので、俺も「仕方なーくの流れ」で衣装が着れるのだか、なにせ金がないから、衣装も自分達で用意しなきゃいけない。

 「こりゃ準備が大変だ」と思ったら、資産家の家にはそういった装飾や始末に困るお土産があるそうで、「ママの友達から貰ったサリーとかマジ困し」とか、「ウチ、西洋の鎧あるよー」とか、「先祖代々の紺糸威の甲冑が」と、トンデモ申告が相次いだ。

 あるなら使わせていただきましょう。でも、どんどんクラシックから離れてますけど、阿達卿は更にお怒りにならないかしら。楽しみだけど。


 あとは部屋の内装だ。

 そんなもの、どうやってアルトでブルクなムードを出すのかと思ったら、さすが歴史のある学校に来る生徒は違う。「セットを作ればいいんじゃないですか」と発案してくれた強者がいた。

「セットぉ?」

「父が舞台演出家をしてまして、僕も職場を手伝いに行くことがあるんです」

 ほほう、佐田くん。耳寄りな話だね。

「で、書き割りと小道具で作っちゃうですよ」

 わからん。ハテナを浮かべるクラスに向けて説明は続く。

「人の目って目立つものに惹きつけられるんで、それ以外は手を抜いて絵にしちゃうんです。そして手近なものだけは小道具にすれば、思ったより簡単にそれっぽい舞台ができますよ」

 クラス全体が、言ってることは分かるけど、具体的にイメージが沸きませんって顔をするので、「でしたら僕がラフを描いてきます」と言って持ってきたのが、綺麗に色づけされたA全の模造紙。

 中世の洋館か城の部屋のイメージが描き割りとなって、クラスの中に奥行きを持って配されている想像図だ。なんでも「ドイツ古城に集まった世界の賓客」という設定らしい。

「アルトブルクって名前ですから、これがピッタリかと思って」

「どんな意味だよ?」

 と聞くのは外部生の奴らだ。まったく貧民は学がないぜ。オレも知らないけど。

「アルトはドイツ語で古い、ブルクは城よ。ドイツの地名って何とかブルクって多いじゃない。誰々さんの居城って意味なのよ」

 内部生の女の子が教えてくれる。

 ナルホドね。でもそうするとウチのサービスって賓客がお茶を運んでくる事になっちゃうんだけど良いのだろうか。

 なんて初歩的疑問も起こらぬままに、「いいね、いいね」で事が運ぶ。いわゆるアレです。思考停止ってヤツ?


 更に佐田くんの説明は続く。氏曰く、大切なのはライティングだそうだ。

 実際、佐田くんが描いたイメージ絵は、琥珀色のライティングがなされており、ぎゅっと詰まって狭いながらも、それっぽいクラシックな雰囲気になっている。

「ポイントは天井の蛍光灯を使わない事です。間接照明だけにします」

 なるほどね。

 描き割りは、ベニヤ板に絵を描くらしい。それを壁にして部屋を作る。

 教室は小テーブルなどの調度品でまじきる。

 窓側や廊下側は、大半をカーテンで覆って、色のイメージを統一するようだ。

「結構な枚数の壁板になりますが、これを描いちゃえば、あとは当日に立てるだけで準備は完了です。飾り付けなんかも不要です」

 へー。

「小物は、各家にあるそれっぽい物を持ってきてもらえればいいのではないでしょうか。足りないものは、父に頼めば借りられるかもしれません」

 スゲー。

 クラスの声を代弁してみました。


「カーテンは?」

 どこからとなく、クラスの声が上がる。

「あたし、洋裁部だから作ろうか?ドレイプだったら簡単だし」

「誰か絵の得意な人いないの?」

 何人かの男女が手をあげる。

「じゃお願いね」

 あれよあれよと、話がまとまっていく。


「お菓子やケーキはわたしが作ります」

 水分が手を挙げると、佳子さん彌子さんもお手伝いしますと揃って手を上げた。それと数名の、いかにもスイーツ大好きって女子も。

「ドイツでしたらシュトーレンでしょうけど、シフォンとかでもいいかしら」

「よろしいのでは、ないかしら」

「俺もいいと思いまーす」

 男子のアホな声。お前ら分かって、イイって言ってねーだろ!

「ハンドドリップ、あたし結構得意なんだ」

「あ、教えてくれたら俺もやりたいです」

 内部生の子の申告に、外部生の男子も壁を超えて乗ってくる。

 これはいい雰囲気じゃないか。やっぱり方針が決まるってのは大事なんだ。

 これは思ったよりも、いい出し物になりそうだぞ。もしかしたら賞取れたりして。

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