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唐揚げ

作者: くーてら

9/2加筆・一部修正しました!

目を覚ますと部屋の外から何やら美味しそうな匂いがした。

僕は自分の部屋の扉を開けるとその匂いの正体はキッチンからしていることが分かった。

僕は突然鳴りだしたお腹の虫の鳴き声を止めることは出来ず

誘われるがままキッチンへ向かった。


キッチンは揚げ物の匂いが漂っていた。

鼻歌を歌いながら僕の母は唐揚げを揚げていた。

モモ肉は高いからと理由で我が家では安くて大きなムネ肉を使っていた。

僕はスーパーやお店で食べる柔らかい唐揚げが好きだが

ゲンコツサイズの大きくて食べにくい母の唐揚げも大好きだ。

唐揚げと格闘している母の背中を見つめながら僕は声を掛けた。


「何か手伝えることある?」


僕は母に尋ねた。

母は手を止めることなく僕を一瞥すると


「そうねぇ・・・お皿出してもらえる?」


そう答えた。

僕は、「分かった」と言うと食器棚から唐揚げ用の大きなお皿などを取り出した。

唐揚げ用の大きなお皿の上にキッチンペーパーを引いて母の左隣に置いた。

母は「ありがとう」というともう直ぐ終わるであろう唐揚げ選手との格闘に必死になっていた。

最終ラウンドを迎えたリングの様子を見たが終了を告げるゴングはもうすぐ鳴りそうだった。

食卓にお皿を並べ出来上がるのを楽しみにしつつ僕はTVの電源を入れた。

TVは偶然にもグルメリポーターが唐揚げを食べているシーンを映し出しており

その映像を見た僕は出来上がるのを心から楽しみにしていた。

しばらくすると大きな皿を持った母が食卓へやってきた。

唐揚げ選手は今回も母に勝つことは出来ず母はまた連勝記録を更新したのであった。

「いただきます!」僕は唐揚げめがけて箸を伸ばした。

いつも通りの大きすぎる唐揚げを掴むのに苦労したがようやく掴むことに成功した僕は

口一杯に唐揚げを頬張った。

唐揚げの肉は硬く噛み切るのに苦労したが咀嚼するとテーブルに置かれている白いご飯をかきこんだ。

中学生になった僕は食欲旺盛でご飯も人一倍食べるようになった。

母は僕のそんな姿を見て優しい笑みを浮かべながら微笑んだ。


しばらく食べることに夢中だった僕に母は話し掛けてきた。


「そういえばお友達のユウスケ君のお母さんに明日授業参観があるって聞いたんだけど、どうして言わなかったの?」


僕は母のその言葉に思わず箸が止まった。

僕は小学校に経験した苦い記憶を思い出していた。


友達の親はそれぞれ綺麗な服を身に纏いやってきたのだが

僕の母だけはいつもと変わらない格好で来たのであった。

我が家が他の家庭より裕福ではないことを僕はなんとなく分かっていたけれど

周りからの哀れむような雰囲気が僕はたまらなく恥ずかしかった。

それ以来僕は授業参観があることをひたすら隠し続けてきたのであった。


「ごめん・・・忘れてたんだ・・・」


僕は苦し紛れの嘘をつくと食器を抱え食卓から離れた。

流し台に食器を置き母のいる食卓を一瞥すると

うなだれ、悲しいような申し訳ない顔をする母の姿があった。

僕は姿に胸が苦しくなった。

また傷つけてしまった・・・

大好きな唐揚げを食べ楽しく終わる一日の予定は大きく外れ、その日は暗い気持ちで眠りについた。


翌朝、部屋に差し込まれる朝日を浴び僕は目が覚めた。

昨日から続く憂鬱な気持ちは今朝も相変わらずだったけれど僕は制服に着替えた。

いつも食べる朝食を今日は食べたくなかったが、お昼までもたない事を分かっていたので

部屋の扉を開け、重たい足取りで食卓へ向かった。

母は朝から仕事に出かけているみたいで

食卓の上には置手紙とその横に昨日の残りの唐揚げがラップに包まれて置かれていた。

僕は不意に昨日の出来事を思い出すと、急に食べたくなくなった。

今日は辛抱するか・・・

僕はお腹の虫と戦うことを決意し、学校へ向かった。

何事も無い一日で終わることを祈りながら過ごす時間はいつもより長く感じられた。


そして、授業参観の時間がやってきた。

僕は授業参観が始まる前に仮病を使って帰るか考えたが

お昼ご飯の給食をおかわりして食べている姿を見られていることを思い出し帰ることを諦めた。

続々と集まりだすクラスメートの親を見ながら僕は母が来ないことを祈った。

時間になっても母が来ないことを確認すると僕は安堵した。

授業は進んでいき、残り10分に差し掛かったところで突然、教室の扉が開いた。

そこには、額に大粒の汗を浮かべ両肩で息をする母の姿があった。

その瞬間僕は頭が真っ白になった。

何で来たの・・・?

僕は言葉には出せないがやってきた母に対する怒りの感情を持った。

周りは母の姿を見るとクスクスと失笑した。

Tシャツにジーンズといういつもの姿は教室では一際目立っていた。


母は僕の姿を見ると微笑んだが僕はその母の姿を見て

『どうしてきたんだよ』そう目で訴えた。

僕の怒り心頭な目を見た母は悲しげな表情を浮かべたが

僕は知るもんかと思いそっぽを向いた。



帰り道、僕は母と距離を開けて帰路に着いた。

部屋に閉じこもっているとノックの音がした。

僕は起きていたが誰がノックしているのか分かっていたので無視をした。

諦めたかと僕は思ったが遠慮がちに部屋の扉は開かれた。

そこには、申し訳なさそうにする母の姿があった。

僕は、その姿を見て我慢していた気持ちが爆発した。


「今日どうしてきたんだよ!!僕が授業参観に来てほしくないの分からなかったの!?」


部屋中に響く怒鳴り声に母は驚いたが何も返せず俯いた。

僕は怒りを抑えることが出来ずとうとう越えてはならないラインを越えてしまった。


「なんで僕の家は貧乏なの・・・?なんでこんなに苦しい思いをしないと

いけないの!!

 母さんが綺麗な服を持っていれば僕は笑われずに済んだのに・・・

 明日から学校はどうしたらいいんだよっ!!!

 唐揚げだって硬いのじゃなくてお店で食べるような柔らかい唐揚げが

食べたいよ!!!」


その言葉を聞いた母は泣き崩れてしまった。

怒りをすべてぶつけた僕は少し冷静になり、とんでもないことをしてしまったことに気がついた。

母は「ごめんね・・・母さんがもっとしっかりしていれば苦しまずに済んだのにね・・・」

そう泣きながら僕に謝った。

僕は必死に働きながら生活を支えようとする母の姿を思い出した。

僕よりもきつい思いをしているのにいつも笑顔を絶やしたことの無い母。

そんな母をあの授業参観から少しずつ嫌っていた僕は自分自身が嫌になった。

自己嫌悪と母の姿に耐えられず僕は家を飛び出した。


行き先は決めてなかったがひたすら走ってこの気持ちを落ち着かせたかった。

しばらく走っていたけれど次第に疲れていき僕は足を止めた。

これから何処に行こうかそう悩んだとき僕の目の前に公園があった。

公園で一息ついて考えよう。

僕はそう思い公園の中にあるベンチに腰を下ろした。

ベンチで一息つくと先ほどの事が頭の中を駆け巡った。

取り返しのつかないことをしてしまった・・・

罪悪感が僕の『こころ』を苦しめた。

僕の瞳からは大粒の涙が溢れてきた。

自分でも貧乏なのは分かっていたのに。

苦しいのは僕だけじゃないのに。

そのことを思うと僕は声を上げて泣いた。


すると、遠くから何かを呼ぶ声がした。

その声はだんだん大きくなっていきその声が僕を探している母さんの声だと分かった。

「お母さん!!」

僕は大きな声で母さんを呼んだ。

母さんは僕の声に気がつくと顔をくしゃくしゃにして僕に駆け寄った。

公園で母に抱きしめられると僕は母さんの胸の中で「ごめんなさい」

そう言って再び大きな声で泣いた。

母さんは何も言わず少し力を強め僕を抱きしめた。

そこには言葉には出さないけれど母さんから感じられる深い愛情を僕は感じた。


「いただきます!」


母さんと並んで帰った僕は手を洗うと母さんと夕飯の支度をし

昨日の残りの唐揚げにかぶりついた。

涙で味はよく分からなかったけれど母さんの作る唐揚げは僕は大好きだ。

再びそう思った。

母さんは唐揚げに一心不乱にかぶりつく僕の姿を見ると再びあの笑顔で優しく微笑んだ。


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