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緑の風  作者: 夢屋夢迷
2/5

細い子だ。一緒に歩きながら隣を歩く子供を見てそう思う。ちゃんと食べているのだろうか。晴生が戦争に行く前、これだけ細い子は食料がほとんどなくなっていた頃、戦争が始まる頃に見た時と一緒だった。貴重な食料はほとんど兵隊達に送られ、貧しくなった家々の人々は細くなっていった。それでも、子供達は元気に遊んでいたし大人達もなんとかしていた。

 だがこの子供は、服装からして貧しそうなわけでもないようだ。それなのに、痩せている。晴生は子供にちゃんと食事をしているのかどうか聞きたくなったが、今聞くべきではないだろうと胸にしまっていた。

 子供の家は神社からあまり離れていない所にあった。少し大きめの家は、晴生の家族が住んでいた家に少しだけ似ていた。歩いている途中に見た三角の屋根の家や、縦に伸びた大きな建物とは違い、親近感がある古い木造の家だった。周りに家はぽつぽつとあるものの、人が通る事はなく静かだった。

 子供が玄関の引き戸を開け、晴生に手招きする。軽く頭を下げてから玄関に入った瞬間、叩きつけるような声が聞こえた。


「遅いぞヒロ!」


 部屋から若い男が出てきた。晴生と同じ年ぐらいに見える。茶髪の髪色が一瞬、アメリカ人を思わせて晴生の体が強ばった。だが、見たところ顔立ちが違う。

 男は晴生に気づくと、いきなり睨みつけてきた。


「なんだそいつ」


 ヒロ、と呼ばれた子供は男の怖い顔に戸惑っていたが、身振り手振りで晴生の事を教えようとしていた。

 晴生は変な誤解を生み出さぬよう、黙っているしかなかった。

 男はしばらくヒロの動きを見ていたが、やがて「わかった」と言った。


「遅い時間に帰ってきたと思えば変な軍服着た野郎連れてくるとか・・・いまいち信じられねぇが、詳しい話は後だ」


 どうやら敵ではないと理解してくれたらしい。晴生とヒロがほっとすると、男は続けた。


「アンタ怪我してんの?大丈夫か?」


 晴生の服や包帯の血、腕の事などを言っているのだろう。自分ではあまり気にしていなかったが、ヒロは不安げな顔をしていた。

 

「いや・・・大丈夫だ。怪我はしているが、痛みはない」


「ふぅん・・・まぁ、いいや。とりあえず、上がれよ。その血付いたままで家の中うろつかれると迷惑だから先に風呂だ、ヒロは飯な」


 男が歩くのを見て、ヒロも靴を脱いで上がった。晴生はその場に立って呆然としていたが、ヒロが袖をぐいぐい引っ張るので、靴を脱いで上がった。板張りの床が、妙に懐かしく感じる。

 血だらけの人間を、しかも軍人を家に上がらせるなんて変な話だと思いながらも、安堵した。敵ではなく、同じ日本人で良かった。これから先どうなるかはわからないが、今は流れにまかせるしかないと判断した。

 男が部屋の前に立っており、部屋の奥から水の音が聞こえた。そこが風呂場なのだろう。ヒロが中々袖を離さなかったが、渋々袖を離して居間の方へ行った。

 男は監視でもするように、風呂場の前の廊下にもたれていた。風呂の浴槽にはお湯が入っており、白い湯気が出ていた。


「本当は一番風呂はヒロなんだが、アンタが先だ。傷とか平気なら使いな」


「・・・感謝する」


「一人で脱げるか?」


「問題ない」


 晴生は片手で服を脱いでいく。改めて自分の肌を見ると、痛ましい火傷などの傷が体に刻まれていた。痛みはなく、とうの昔に負ったかのように塞がっている。しかし、爆弾の衝撃や痛みはまだ新しい記憶として残っている。一体、どうなっているんだ。と思うしかなかった。

 晴生の傷を見た男が目を細め、怪訝な顔をした。

 

「アンタ、マジで軍人?」


「そうだが」


「なんで日本軍の軍服した野郎がここにって言いたいけど・・・なんで此処に?」


「俺も知らん。気づいたらこの時代にいた。今は何年だ?」


「2014年」


 晴生はその言葉を疑い、男の方を見た。男は冷静な顔をしてその場にいた。


「20、14年だと・・・?1945年ではなく?」


「そんな時代とっくの昔に過ぎ去ったよ」


「戦争はどうなった?日本は勝ったのか?」


「あー、そんな面倒な話は後回しだ!さっさと入れ!」


 男に怒鳴られ、晴生は今すぐにでも聞きたい気持ちを押さえられた。仕方なく早めにお湯で血や汚れを洗い流す。久しぶりのお湯の気がした。もし傷口が塞がれていなかったら入れるものではなかっただろう。それどころか、ヒロは逃げてしまっていて自分は死んでいたかもしれない。

 まだ死んでいない事実に、日本の恥だと教官に言われそうな気がした。あの場ですぐに死を選ばなかった事が、罪のような気もした。だが同時に、死ななかった事が良かったとさえ感じた。生きていれば、何が起こるかわからない。自分の知っている日本とは違う日本に来てしまった事も、生きているからこそ起こった奇跡なのだ。死んだら、終わりなのだ。天皇の為に潔く死ぬ事が、馬鹿馬鹿しく思えてきて、死んだ仲間の事を思い出さぬように頭から湯を被った。



 脱いだ服は男に持って行かれ、代わりに置かれていた服に着替える。ぼたんがない服に多少戸惑いつつも、片腕と口を使ってなんとか着る事ができた。しかし包帯は一人では巻く事ができない。鏡を見ると、ほとんど傷に覆われていて普通なら直視できないような酷い状態だった。居間にいるヒロが見ればまた怯えてしまうだろう。男に手伝ってもらうしかなく、彼の名前がわからずに呼ぶ事もできないため、その場しのぎの為に顔の傷はタオルで半分覆い隠した。

 居間に行くと、背の低い卓司の前に座ってヒロが夕食を食べている所だった。晴生は卓司の上に置かれている料理を見て驚いた。皿の上の焼き魚や茶碗の白飯など戦争の頃には貴重となった食べ物が、当たり前のようにそこにあった。晴生は最後に母親が作ってくれた白米で作ってくれたおにぎりを思い出した。まだ左腕と右目があった時だった。貴重な米を持たせてくれた母親を含める家族に再び会うために生き残ってやろうと誓った事も思いだし、複雑な気持ちになった。

 食べている途中のヒロが晴生の姿を見ると、食べるのを止めて立ち上がり、晴生の服の端を掴んだ。

 軽く引っ張られた感触に我に返り、晴生はヒロの顔を見た。不安げな顔をし、純粋な目で見上げてくる子供の顔にはマスクはなくはっきり顔が見えた。

 晴生は改めて見たヒロの顔を見て、一瞬だけ息が止まった。

 少年の右半分の顔、口の横辺りの頬に痣があった。紫色のような暗い色をした酷い痣だった。まるで、殴られたような・・・・


「お前、その痣・・・」


 晴生がそう言いかけた瞬間、ヒロは痣を片手で隠した。一度認識してしまい、隠す事はできないと知っていながらもヒロは手のひらで隠した。晴生はまたやってしまったと思った。気にしてはならないような事を気にしてしまう癖が、誰かを傷つける事もあるというのを何度も教えられたはずなのに。

 晴生はヒロの肩に軽く触れ、刺激しないようにそっと言葉をかけた。


「聞いて悪かった。俺も酷いから気にするな」


 ヒロはその言葉を聞いておそるおそる顔を上げた。でも頬から手は離さず、同時に服の端を掴む手も緩めなかった。

 晴生は卓司の上の料理を見た。


「あの時は食べる事が中々できなかったものが、お前の世界では普通にあるのか。なんか変な感じだ」


 ヒロは首を傾げた。よくわからないらしい。わからない方が幸せなのかもしれない。戦争は終わっても身にも心にも傷を負い、死ぬまで背負う事になる。それが今の自分なのだと、他人のような視線で自分の事を思った。

 くいっと軽くヒロが服を引っ張る。見ると頬から手を離し、卓司の上の料理を指差している。数秒意味が理解できなかったが、やがてなんとなく思って尋ねた。


「・・・俺も?一緒に食えってか?」


 こくこくと頷く。晴生は戸惑った。風呂も入れてもらってさらに食事までいただいていいのかと思う。色々とあって空腹を感じる暇などなかったが、いざ落ち着いてくると腹はだいぶ空いていた。

 どうしようかと迷っていると、晴生の後ろから男が現れた。


「腹空いているなら食えば?」


「えっ。しかし・・・」


「いいんだよ。どうせ食わせようと思ったし」


「・・・すまん」


 ヒロが嬉しそうな顔をした。痣を気にしなければ、可愛らしい顔をしていた。

 ヒロの隣に用意されていた座布団に座ると、男が茶碗に炊きたての白米をよそって渡してくれた。片手で食べるには一苦労するが、慣れれば普通に食べれるようになる。白米の味や焼き魚の味が酷く久しぶりな感じがして、長く噛んで味を確かめた。長く噛んでいる様子を見て、向かい側で食べていた男が箸を止めて晴生を見ていた。視線に気づいて少し気まずくなり、口の中のものを飲み込んだ。

 男が言った。


「そういえば、名前は?俺は田城昌平(たしろしょうへい)って言うんだけど」


「俺は、島崎晴生だ」


「ふぅん。で、アンタ過去の日本から来たって感じなのか?頭おかしくなったわけじゃなさそうだし」


「ああ。戦争の途中だった。なのに、いつの間にかここに・・・信じてもらえないかもしれないが。正直俺も戸惑っている」


 箸を止め、思い出す。自ら命を断とうと思っていた時に、何かで気を失って、ヒロに出会って、未来の日本に来たと知った。ありえない話だが、夢でもない。何故こうなったのか全くわからない。混乱が落ち着いたと言えば嘘になる。正直に言えば、怖さもあった。

 田城昌平はしばらく黙っていたが、やがて小さな溜息を一つ漏らして味噌汁の入ったお椀を手に持った。


「まぁ・・・お互いにわかんないなら、地道に探すしかねぇんだろうな。そうだろ?」


「ああ・・・」


「ま、落ち着くまで此処にいればいいだろ。部屋もまだあるし」


 そう言ってお椀の中の味噌汁を飲む。この田城という男はやや乱暴な性格だが、根は優しい性格をしているようだった。晴生は感謝せずにはいられなかった。土下座でもしてお礼を言いたい気持ちだったが、腕がないためできなかった。代わりに、頭を下げた。


「迷惑をかけると思うが、その、ありがとう」


 田城は何も言わず「あっそ」とだけ言って食べる手を進めた。それを見て晴生も食事を再開した。隣のヒロは少し嬉しそうな顔をしながら同じように食べ進めた。 

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