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死神のセツナ

作者: 真乃晴花

BLっぽいと言われましたので、ちょっとでも嫌な方はPlease return!

(書いた本人はBLではないと思っております)


 めっさキモい!!

 セツナは心の中で叫びながら、魔法を唱える。

 その叫びに呼応するかのように、魔法の氷は一瞬にして黒い異形をその中に閉じ込めた。その塊は、金平糖のような形になって、直径が人の身長の三倍ほどの大きさにまで成長したところで止まる。

「ちょっと、セツナくん……こんなにしちゃったら、後が大変じゃない」

「天理の炎で溶かせばいいでしょ」

「僕は君と違って、魔力が無尽蔵にあるわけじゃないんだよ?」

「もー! じゃあ、その大鎌で壊せばいいじゃん!」

 セツナは闇色の軍服をひるがえし、天理を置いてさっさとその場を去る。

 セツナは地上で生まれた天使だった。十五年という月日を人間の男の子として過ごしてきた。だが、正式に天使として天にのぼる前に、その尋常ならざる魔力を暴走させ、天の悪魔・堕天使討伐機関「死神」に目をつけられ「死神」によって保護された。保護というのは言いようで、実際は死神として働くことだった。

 天使としての自覚も持ち、魔力のコントロールもできるようになったセツナは魔法が悠々と使えるようになって、死神としての生活もそれほど苦労もなく適応できていたのだが、天使にとっての一大イベントである性別の分化後はイライラしっぱなしだった。

 天使には性別がある。人間と違うのは、女性がないということ。分化する前を未分化体といい、分化後には男性と中性とに別れる。いずれの性別にも男性器がある。未分化体は身体も小さく、個々の特徴こそあるものの、ニュートラルな状態だ。男性分化すれば、がっちりとした体躯になる。中性は未分化体のまま、少し身体が大きくなったり、ほんの少しだが丸みがでる。

 セツナは、中性体に分化した。

 最初こそは、背が高くなり喜んだものだが、男性の見る目がやたらと熱っぽいものになり、まとわりつく視線に嫌気がさしてきた。

 男と思い込んで生きてきたセツナにとって、それは生理的に受けつけない。

 男性からの熱視線と、ラブレターが原因でイライラし、魔法を振るう力にもその影響が顕著に現れていた。

 セツナの容姿は天使でも珍しい水色の髪で、分化した際には長さが腰に届くまでになった。まるで、涼しげな水が流れているようである。もともと、少女のような可愛らしい顔をしていたが、少し大人びて、丸みの取れた顔になった。すらりとした手足は、女性のような柔らかみは感じられないが、それが神秘的に見えて、女性とは違った色気が醸し出されるようになった。

 セツナとしては、兄のようになったつもりだったのに、周りはそう思っていないことに、腹立たしかった。



「せっちゃーん、おめでとう。君が天使として認められて、この度、能天使の階級を付与されました~」

 死神の本部である「死神の館」に帰り着き、長官に報告に行くと、そう言われた。

「いやー、これも、死神での活躍のおかげだね!」

 まるで、仕事を振っている自分に感謝して欲しいと言わんばかりだ。

「それで、セツナくんは、これから残念なことに能天使として、上の仕事と兼務することになったから」

「なんですか? 兼務って?」

 セツナはやる気なさげにきいてみる。

「まあ、あれだよ。上で悪魔とかが現れた場合には、出動要請がきたりするってことだね。他にも、上で行われている会議なんかにも出ることになると思う」

「基本は、こっちってことですか?」

「そうそう。良かったじゃない。これで、お兄さんに会う機会も増えるから」

 セツナはそうきいて、顔を明るくする。

 セツナには兄がいた。人として育ったせいか、兄弟とか両親という繋がりはセツナにとって、とても大切なものだった。もっとも、両親は既にないが、だからこそ、兄の存在は大きかった。

「それで、さっそくなんだけど、明日、上に行ってきて、挨拶とかしてきてね」

 セツナはうなずく。

「そんで、これが上から届いてきたから、明日はコレ着て行ってね」

 長官から、大きな白い箱を渡される。着ていくということは、服なのだろう。だが、思ったより、重い。

 セツナはその箱を部屋に持ち帰って、開けた。

 中には、白いドレスと、蒼いローブが入っていた。セツナの手がブルブルと震える。

「着れるかー!! こんなもん!!」

 ドレスをつかんで、投げ捨てた。

 翌日、セツナは死神の軍服のまま出かけることにした。

 そのセツナの格好を見た死神の長官は「せっちゃん、それで行くの? だったら、僕は行かないや……」と言って、同行を拒否した。あれだけ仕事をサボれるとウキウキしていたというのに。

 セツナは、その意味を天の知恵の館についてから理解した。

 死神の軍服は、他の能天使たちが着ている軍服とは色が異なり、ものすごく目立ったのだ。

 行く先々で「死神」とささやく声が聞こえてくる。

 能天使たちの軍服の基調色は白。それに、階級に従ってゴールドやら、青、緑、橙といったラインがはいる。死神の軍服は形こそ能天使と同じだが、基調職がインディゴブルーで、白やらパステルカラーの淡い色が主流の天上では、かなり目立つ。

 セツナは少し後悔したが、やはり、アレを着るくらいならと思った。

 セツナの同行者は、同僚のダブリスという自由天使で、彼は、そんなささやきも聞こえないのか、まったくの無言で歩いていく。実は、彼の着ている服は軍服ではなく、大天使なんかが着るような白い制服だった。

 セツナは、少しずるいと思う。

 ダブリスは、ホールの柱のところで足を止める。

「ここで待ち合わせだから」と、それだけ言って黙ってしまう。

 ダブリスはとにかく、無口だった。

 しばらく待っていると、知った顔が歩いてきた。その人物が、セツナの兄だった。

「兄さん!」

 セツナは、兄ナナエルを見つけて駆けよる。久し振りに会えたことで、思わず笑顔になる。だが、その兄はセツナの姿を見て、顔を引きつらせた。

「セツナ、その格好で来たの? 何か、着るもの、送られてこなかった?」

「……ドレスが送られてきたよ。あんなの、着れるわけないじゃん!」

「あ、そう……」

 姿はすっかり中性の天使そのものだというのに、どうにもまだ男の子として生きてきた精神が抜けきらない。もはや、死神の軍服の方が不似合いだというのに。ナナエルはセツナのその男子精神に呆気にとられてしまう。

「それで、どうすんの?」

「ああ、セツナは僕と同じ能天使だから、能力テストがあるよ」

「ふうん」

「それで、能天使の中の地位が決まるから。ほら、ちょうど誰かがテストを受けてる」

 ナナエルは指差した。そこには、巨大なモニターが浮いていた。一人の天使が戦っている映像が流れている。複数のゲージとタイム、スコアと思われる数字もある。

「当然だけど、敵は悪魔の姿を模したダミーだから。ゲームみたいなもんだよ」

「エイリスのアカデミーに似たようなのがあったよ。うん。大丈夫。問題ないよ」

 セツナの番になって、特殊な部屋へ連れて行かれた。

 部屋は地上の国、エイリスの学園にあったものより幾分か広い。天井も高かった。

 セツナの胸が躍る。

「Ready」の文字が浮かんで見えて、一瞬にして部屋に外が現れる。青い空と、濃い緑の草原。それは、封印されたエデンの景色と思われるもの。

 俄然、やる気が出てきて、セツナは構える。

 自然と笑みがこぼれる。これほどのストレス発散はない。いつもの堕天使討伐は、大群を相手にすることなどない。あっという間に終わってしまって、大して発散にはならない。堕天使討伐をストレス発散するのもどうかとは思うが、セツナにとって、魔法を派手に使うことが一番スッキリする。

「Start」の文字が浮かんで、消えた。

 最初の悪魔が現れる。小悪魔風で、黒く小さい姿のもの。

 その姿にセツナは少しがっかりする。

(なあんだ。最初は小物からか……)

 そう思いながら右手を軽く一振りする。と、その動きに合わせてズラリと氷の矢が並んだ。ここに現れていたのが、本物の悪魔なら驚いたことだろう。

 ひとつの矢が、最初の悪魔を射抜いた。次に現れたのも、その瞬間に射抜かれて消えた。そうやって五匹倒したところで、一度に現れる悪魔の数が増えた。それでも、二匹から三匹、三匹から五匹とちまちまとしか増えていかない。セツナは少し苛立ちを覚える。平均的な能力の天使なら、このあたりが限界だ。セツナほど早く魔法を発動させることもできない。広場のモニターの前では、既にざわめきが広がっていた。

 ようやく、派手な魔法が使えるようになってきて、セツナは楽しくなってくる。氷の刃はモニターの中で絶えず煌く。一体一体の大きさも大きくなってきて、手ごたえを感じる。だが、空間いっぱいに悪魔が広がるようになると、ダメージポイントがかさんできて、テストが終了した。

「もうちょっと行けると思ったんだけど、残念」と言って、セツナは出てきた。

 モニター前の天使はセツナを振りかえり、信じられないというような目で見た。

 しかし、セツナはそんな視線には気づかずに「でも、面白かったよ」となどとにこにこ笑顔でナナエルに話しかける。兄、ナナエルも弟の超人ぶりに引きつった顔で「そう」と言うのが精一杯だった。

「兄さんはもうテスト受けたの?」

「受けたよ。セツナの方がすごかったよ」

「そうなの? でも、兄さんが魔法部隊の隊長なんでしょ?」

「うん。僕は聖光系の魔法が使えるから。聖光系の魔法が使える天使は特別視されるからね」

「そうなんだ」

 セツナの扱える魔法というのは聖風系と聖水系だけだ。だが、この謙虚そうに見える兄、ナナエルは聖光系だけではなく、ほとんどの系統の魔法が使え、あまつさえ、回復系の魔法も使えるという、やはり常人離れした天使だった。

 とりあえず、今日の用事はこれで終わりで、後日試験結果をもって配属部隊が決まるということだった。

 セツナたちは混雑するモニター前から離れ、その日は色々おしゃべりなどをして終わった。



 安息日を挟んだ次の日曜日は、試験の結果発表と、セツナの配属部隊が決まる日だった。死神の館のセツナの部屋には、また、大きな箱が届いていた。中には薄い水色のドレスと、ブルーグレーのローブが入っていた。

 セツナはそのドレスをベッドの上に広げてため息をついた。

 セツナは部屋を出て、死神長官の部屋へ行く。

「ねえ、僕にはその白い制服はないの?」

「ああ、これ? ないよ。せっちゃんは軍人さんだし、中性の天使は軍人さんでも上じゃ軍服着てないし」

 長官も白い制服を着ていた。

「ダブリスは?」

「ダブリスは自由天使だから、そもそも籍がないし」

「ねえ、誰かの借りられないの?」

「僕のじゃ大きいでしょ。ダブリスのも。ゆっきーのは、せっちゃんには小さいし、レーイは持ってないしねぇ。もう、あきらめて、あれ着ていったら?」

「とっても似合うと思うよ」

 側にいた中性の天使、レーイもにこにこと勧める。

「死神の軍服よりかはマシだよ。中性の天使はみんなあれ着てるんだし、誰も気にしないって」

 それもそうだとセツナは思う。天には、美しい天使がたくさんいた。

 セツナはしぶしぶ、ドレスを着ることにする。

 だが、実際に着るとなると、やはり、どうにも抵抗がある。仮装と思うことにして、なんとか袖を通した。

 部屋を出て、レーイに変じゃないか聞きに行った。

 一番に反応したのは長官で「すっごいキレイだよ~」とまるで、花嫁にでも言うような感じだった。

「変じゃないよ。とっても可愛いよ」とレーイが言う。

 その褒め言葉は、セツナには嬉しくなかった。

「せっちゃん、今日はひとりだけど、大丈夫だよね」

「うん。また兄さんと待ち合わせしてるから」

「じゃあ、悪魔にナンパされないように、気をつけて!」

「されないよ!!」

 セツナはそのまま、ドレスの裾を蹴りながら死神の館を後にし、知恵の館へと向かった。



 死神の館がある冥府と知恵の館は、ゲートひとつで繋がっている。セツナはそこからこの間もらったカードキーで知恵の館に入った。このゲートがある場所は、人通りがなく、静かだ。でも、路地のような廊下から出ると、そこは一気に華やぐ。

 セツナは兄との待ち合わせ場所のカフェへ向かった。前に来たときも、ここでお茶を飲んだのだ。

 セツナはカフェの柱に寄りかかって待つ兄を見つけた。

「兄さん!」

 やはり、知っている人間に会うというのは嬉しい。

 セツナは笑顔をふりまいて、駆けよった。

 兄ナナエルでさえ、その笑顔のまぶしさに眼を細めたくなる。いや、セツナのドレス姿にかもしれない。

「遅くなってゴメン」

「いいよ。慣れない服で大変だっただろう」

「うん。なんか、恥ずかしいし。変じゃない?」

「変じゃないけど、見慣れないなー」

「だよね~」

 セツナたちは、他愛のない会話を交わしながら会議室へと向かう。これから、能天使の隊長たちだけの会議が始まるとのことだった。

「セツナは魔法部隊の第三番隊副隊長に任命された」

「え、いきなり副隊長?」

「そう。でも、死神と兼務だし。まあ、名前だけだと思って構わないよ。何か分からないことがあったら、いつでも僕にきいてくれていい」

「名前だけね。そう言われれば、気が楽かなー」

 会議室に入ると、既に何人かが椅子に座っている。

「やあ、君がセツナだね。噂はかねがねきいてるよ。こんなに可愛い子っていうのは、きいてなかったけど」

 ひとりの男性がそう言いながら、握手を求めた。

「セツナ、彼がセツナの直属の上司の、三番隊隊長のアーサー氏」

「よろしくお願いします」

 なんだか、腑に落ちないことを色々言われたような気がするが、腹を立てている余裕が、この時のセツナにはまだなかった。

 素直に握手を交わして、セツナも席に着く。

 会議が始まると、新任の隊長やら副隊長の紹介があって、セツナも最後に挨拶をした。

 会議の内容は、細かな報告と、問題提起、問題対策の議論などで、三時間くらいかかった。

 やれ、悪魔がちょろちょろしている場所があるとか、セツナからしたら「そんなのぶっ倒しちゃえばいいじゃん」というようなことだったが、よくよくきいていると、どこかのお役所のように、色々申請したり、報告したりで面倒らしい。セツナはすっかり眠くなってしまう。

「兄さん、こんな会議が毎週あるの?」

 会議が終るなり、セツナは兄に尋ねる。

「そうだね。だいたい何かしら議題はあるね」

「悪魔一匹倒すのに、なんでこんなにメンドクサイの?」

「あー、まあ、前はもうちょっとすんなり行ったんだけど、ケルビムが中々承認しなくなったからね。ケルビムの言うことも分からなくはないんだけど」

「あー、ありえるね。そっかー。なら納得」

 セツナはケルビムと面識がある。最近は会ってないが、彼は何度も死神の館にお忍びで来ていたことがあった。彼は悪魔にも優しい。

 セツナたちはは会議室を出ると、魔法部隊の控え室へ向かう。

 魔法部隊の控え室は、ガラス張りのドーム状になっていて、空が見える、広い部屋だった。そこに、椅子やらテーブルやらがオープンカフェのように壁側に配置されていて、多くの天使が雑談を交わしていたり、本を読んでいたりしていた。なにやら、優雅である。空が見えるおかげで、より開放的な空間になっているのだろうか。

「ここに魔法部隊の全員がいる。それで、一番奥のかたまりが一番隊。右側が二番隊。左側が三番隊というふうに一応、ある程度かたまってはいるけど、魔法の研究にそういうのは邪魔だから、隊関係なくみんなでわいわいやってるような感じかな。セツナはあんまりこっちに顔を出すことはないから、なかなか馴染めないだろうけど、とりあえず、三番隊のみんなとは顔見知りくらいにはなった方がいいね。死神の仕事がないのなら、ここに来て、色々教わるといい」

「うん」

 セツナはここでもまた挨拶をして回った。

 それが終ると、兄が知恵の館を案内してくれるという。

 セツナたちは、控え室を出て、知恵の館を歩いて回った。

 図書施設に大天使のカウンター、主天使のカウンターと、業務上知っておかなくてはならない場所を案内されたら、今度はパトロールの巡回コースを案内させられた。知恵の館の外に出て、ぐるっと回り、セツナが普段使わないゲートの場所や研究所にもよった。アカデミーにも何やら注目を浴びながら歩き、知恵の館のホールへと続く渡り廊下に差し掛かって、セツナは息をついた。

「ごめん、授業中ならよかったね。校舎内は夜の巡回時しか通らないから」

「僕も巡回ってするのかな」

「たぶんね。セツナの場合は死神でのスケジュールをいちいち報告するような感じになって、その空いてる時間に組み込まれる可能性があるね。やっぱり、知っとかないとまずいこともあるからね」

「そっか」

 セツナは適当にうなずく。やはり、兼務と言うのは面倒くさそうだ。

 渡り廊下もガラス張りになっていて、そこに何人ものアカデミーの生徒が張り付いていた。セツナがそちらに目をやると、すかさず、兄が「ああ、あれはね」と説明を始める。

「あそこから、能天使の訓練が見れるようになってるんだよ。魔法部隊は人気ないから、あんなことはならないんだけど。見てみる?」

 セツナはうなずいて、空いている場所によって、ガラスの壁から下を見た。

 剣を持った能天使たちが、適当に訓練をしている。ベンチで休んでいるものもいるし、剣を交えているものもいる。

「能天使はシフト制だからね、実際はもうちょっと多いよ。全員が出てきたら、あそこはいっぱいになっちゃうからね。下にも降りてみる?」

 セツナはうなずく。

「やっぱり中性の天使って少ないね」

「そうだね。全体の一割にも満たないね。やっぱり、身体的にハンデがあるから。なりたいって思う子も少ないね。逆に、力天使になると、中性ばっかりだ」

 セツナたちは階段を降りて、巡回のスタート地点まで戻ってきた。それから、昇降口横にある狭い廊下を過ぎると、先ほどの渡り廊下の下に出た。

 そこはもう、外だった。屋根がない。

「あれ、ナナエルさん、どうしたんですか?」

 一人の天使が、ナナエルに気がついて、声をかけた。同じ、能天使でも、魔法部隊の天使がここを訪れるのは珍しいことだった。

「セツナを案内してる」

「あー、死神の」

 彼はそう言うと、セツナを見た。

「にしても、化けたなー。前は死神の軍服着てたのに。こっちのが、全然いいけど」

 本当なら、ここで挨拶のひとつでもしておいた方が良いのだろう。だが、なんだかこの失礼な男に腹が立ってきて、セツナのこめかみに血管が浮かぶ。

「水色の髪って珍しいよな。水宮殿の中には何人かいるらしいけど」

 失礼な男は、セツナの髪に触れる。

 ナナエルは、うろたえていた。セツナの怒気が伝わってきたからだ。いつもなら牽制しているところなのだが、セツナのこれからの人間関係ならぬ天使関係のことを考えると、なかなかそれもできなかった。

「ディア、失礼だぞ」

 横からたしなめる天使がいた。だが、失礼な男は「なんで? キレイって言ってるんじゃん」などと、失礼という言葉の意味さえ分かっていないよう。

「申し訳ない」

「いや、邪魔をして悪かった」

 セツナたちは挨拶をろくに交わさずに、そこから出ていった。

「何、あれ……あんな品性のかけらもないようなのが、天使なの?」

「ま、まあまあ、彼は優秀な能天使で、その、誰とでも仲良くなれる、親しみやすい天使だよ」

「信じられない」

 セツナは怒りがさめやらぬまま、その日を過ごした。



「さっすが、攻撃系。にこりともしなかったな」

 セツナたちがいなくなってから、失礼な天使、ディアは言った。

「お前が失礼なことをするからだろう」

 ディアの一番の友人である天使は呆れてため息をつく。

「いやいや、普通の天使なら、そこは顔を赤らめてさぁ、恥らうところだろ?」

「お前が言うと、バカにされているような気がするんだよ」

「ええ?」

 ディアはそうかなーと考えるも、どうにも分からない。

(でも、可愛いは、可愛いよな)

 ディアは初めて自分を見た時のセツナのあどけない、無防備な表情を思い出して笑った。



 次の日曜日、会議が終わって、魔法部隊の仲間とも交流を深めて、今日は死神の館に帰ろうとした時だった。魔法部隊の控え室から出ると、セツナは一人の男性の天使に呼び止められた。

 なんだろうと思い、足を止めると、男は言った。

「好きです! 俺と、付き合って下さい! あの、初めて見たときから、可愛いって思っていて……だから、お願いです! 俺と!」

 セツナは聞いていて、血の気が引いていった。

 こんな莫迦なことを言うのは、死神の連中だけかと思っていた。

「わ、悪いけど……あの、初めて会ったのに、付き合うとか、無理……」

 死神の連中と違って、天使の彼は性質が悪かった。仔犬のような瞳をうるませて、いかにも断りにくい。なかなか、立ち去ることもできなかった。

「よっ セツナ!」

 聞き覚えのある、馴れ馴れしい声を聞いて、セツナははっとする。あの、失礼な天使だ。

「何、告られてんの? 悪いけど、俺とこいつ、付き合ってるから。残念だけど、あんたの運命の相手じゃないみたい」

 やはり、馴れ馴れしくセツナの肩に腕をまわして言う。

 セツナは信じられないセリフをきいて「なに言って!」と振り返ろうとした時、告白してきた天使は、盛大に泣きながら走り去って行った。

「ちょ、待っ! ちが!」

 セツナが慌てて説明しようにも、その声は届かない。

 セツナは一瞬脱力するが、失礼な天使の腕を払いのけた。

「なんてこと言うんだよ!」

「いいじゃんか。こう言っとけば、あいつの運命の相手は他にいると思わせられるし、告白ラッシュからも開放されるんだぜ」

「ラッシュなんか起きないし!」

「甘いなー。あんたが死神だって知ってるヤツは、そうそう告白なんてしないだろうけど、こーんな水色の髪でさ、あんた目立つし、自覚ないだろうけど、兄貴に会った時のあんたの笑顔、あれ、ちょっとヤバイぜ? あれ見せられたら、惚れるなって言う方が無理だろ」

 セツナの顔がみるみる赤くなる。

 確かに、兄に会ったときは嬉しくて、思いっきり笑っている。

 そのセツナの顔を見て、ディアは面白くて、可愛くて、つい笑んでしまう。

「まー、安心しろよ。天使も人も、運命の輪で支配されてっから、結ばれるヤツなんて最初っから決まってる。試してみればいいさ。今度告白されたら、オーケーしてみろよ」

 ディアはそう言って、またセツナの肩に腕をまわす。

「そんなことっ、できるわけ、」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 セツナはディアの腕をまた振りほどく。

「大丈夫だって、俺を信じろよ」

「どうやったら信じられるんだよ!」 

 また肩に手をまわそうとするディアの腕を、今度は肩に触れる前に払った。それで諦めないディアはしつこくセツナに触れようとして、またセツナに手を払われる。そんなことを繰り返して、傍から見たらイチャついているようになる。

 一分くらい、そうしていただろうか。二人の前に、男の天使が立ち止まって、セツナたちはじゃれあいを止める。

「あの、セツナさん、ちょっと、いいですか?」

 セツナに客だった。真剣な顔だったので、セツナはかしこまって、彼に向き直った。

「あの、あなたのことが好きです! どうか、私と付き合って下さい!」

 本日二度目の告白にセツナは固まる。

「ほら、セツナ、オーケーしろよ」

 ディアはセツナが固まったのをいいことに、両手をその肩に乗せて促す。

「ばっ、ダメだって!」

「大丈夫だって、もし、何も起こらなかったら、俺がフォローしてやっから」

 小声でセツナの耳元に囁く。

 セツナはディアをひと睨みしてから、なんとか平常心をとり戻して、改めてその天使に向かった。

「いいですよ」

 ちょっと引きつった笑顔で、セツナは言った。

 その天使の顔がゆっくりと笑顔に変わる。

「ほ、本当に? え、本当ですか? え……と、や、」

 彼は「ヤッター!」と叫びたかったのかもしれない。だが、その声が発せられることはなかった。

「何やってんのよー!!」

 どこからともなく、地響きのような声が轟き、セツナが気がついた時には、彼の姿は目の前から消え去っていた。

 その瞬間を、ホールで遠巻きに見ていた天使達は見ていた。

 飛び蹴りが、彼を襲った瞬間を。

「私がいるでしょうが!! 死神なんかに何告ってんのよ!!」

「え、死神!?」

「そうよ! そんなことも知らないで、何で好きになるの? オカシイじゃない!」

 遠くでドレスの裾がめくれ、足があらわになった中性の天使が、彼の天使の胸倉をつかみ、マウントポジションで締め上げていた。

「ほらな」

 ディアが言う。

 セツナは言葉が出なかった。

「そこでだ。な、俺の運命の人探しに協力してくんね?」

「はあ?」

 セツナはディアを振り返る。

「俺が、お前に告白するから、オーケーしてくれ。そしたらきっと、さっきみたいに俺の運命の人が、現れるってスンポーだ」

「……くだらない」

 セツナはため息をついて、そこから去ろうとした。

 だが、肩をつかまれる。

「そう言うなよ。ほら、いくぞ。……好きだ! 俺と付き合ってくれ!」

 本当にやり始めたディアにセツナはしぶしぶ付き合う。

「……いいけど……」

 ぞんざいに答える。

 だが、しばらく待っても、誰も現れない。

「誰も来ないじゃん。あんたの運命の人なんていないんじゃないの?」

「そんなことはねえだろ!」

「あーもう、付き合って損した! 帰る!」

 セツナは今度こそ、大股でその場から立ち去った。



 また次の日曜日。今度は会議が終わってからすぐにディアに呼び止められた。

 ディアはなにやら、考えているような、難しい顔をしていた。

「あれから俺、思ったんだけど。俺の運命の相手って、お前じゃないのか?」

 だが、彼から発せられた言葉は、セツナをおおいに呆れさせた。

「何言ってんの?」

「俺、お前のこと嫌いじゃねえし」

「僕は嫌いだよ!」

「いやいや、嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ?」

「使い方間違ってるから」

 ため息をついて、セツナは足を止めたことを後悔しながら彼に背を向けて歩き出す。だが、ディアはお構いなしに、後ろから話続けた。

「もうひとつ、運命の相手かどうか、試す方法がある」

「もう、知らないよ」

「まあ、聞けよ。天使はさ、浮気とかタブーなわけ」

「天使じゃなくてもダメでしょうが」

「まあ、そうなんだけど。一度くっついたら、そいつ以外とは絶対付き合うことができないわけね。だから、ここでお前とキスできたら、お前が運命の相手ってわけ。違ったら、絶対邪魔が入る。だから、」

 とんでもないことを言い出したディアに、セツナは振り返って声を上げた。

「バカじゃないの!? しないから! するわけないだろ!?」

「試しだって」

 そう言って、ディアはセツナの両肩をつかむ。

「ちょ、離してよ!」

「運命の相手だったら、問題ねえだろ」

「大ありだよ! って、あ、だ」

 セツナの抗議の言葉は、遮られる。

 たっぷり十秒、二人は口づけを交わした。

「人前で、なにすんだよ!!」

「やっぱり、お前が俺の運命の相手だ」

「違う! 絶対違う!!」

「そうだって! 認めろよ」

「違うもん、絶対、違う!」

「顔が赤いぞ!」

「怒りで、頭に血が昇ってんの!!」

 押し問答を繰り返すセツナだったが、後に誰もが認める恋人同士になる。

 死神で、男性の誰もが憧れるおしとやかな中性の天使ではないセツナを好きだと言う男は、確かにディアしかいなかったのだ。

「そういうの、ツンデレって言うんだぜ」

「誰が、いつ、どこでデレたんだよ!!」

 ディアの顔に会議で配られた資料が飛んでくる。

「はいはい。俺の運命の人は怒りんぼだね」

 ディアの方が、何枚も上手だったことも否めない。

 これも、運命の輪のうちのひとつだった。

 だが、簡単には受け止められないセツナは、頭を悩ませながら、死神の職務を全うする。



 巨大な氷柱が何本も荒れた地に突き刺さる。

「せ、セツナ、地形がめちゃめちゃになっちゃうよ……」

「地獄の地形がどうなろうと知らないよ!!」

 セツナのプリプリした様子に、同僚の死神の天理は額を押さえて長いため息をつく。

 とばっちりを受けるのは、悪魔だけではなかった。


               死神のセツナ 終わり

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