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明日に遠く

作者: 沙夜菜

ある塾帰りの夜、人ごみにまぎれて押したり押されたりしながら、俺は電車に乗っていた。

 夕方まで熱があって学校も休んだのに、塾の時間にはいつも以上といっても過言ではないほど元気になってしまい、塾だけは行かされたのだから最悪だ。隣に立っている人の体温が間近で感じられて、これがあの人なら嬉しいんだけど、と小さくため息をつく。

 やがて電車は俺の降りる駅──終点の向陽ヶ丘についた。吐き出されるように人々が降りて行き、俺もその波に呑まれてホームに降り立つ。いつも通りに改札へつながる階段に行きかけ──俺は足を止めた。視界の端に、彼女の姿が映ったからだ。後ろからぶつかった人に小さく謝り、人の間を縫って電車へ戻る。

「お客さん、終点ですよ」

 そう駅員に揺り起こされている彼女はやっぱり、さっき頭に浮かべた人だ。何度か肩を揺られ、彼女はうっすら目を開けた。周りを見回し、あわてて立ち上がる。

「うわ、ごめんなさいっ」

 普段は綺麗に整えられている髪が少し乱れて、それを手で撫でつけながら彼女は降りてきた。俺と目が合い、顔を赤くして笑う。

「……なんか、恥ずかしいとこ見られちゃったね」

 最後だからって彼氏と遊び過ぎた、と小さくつぶやいたのが耳に届いたとき、自分の脈打つ音が大きくなった。彼氏がいるというのにも十分ショックだったけど、

「──最後?」

 思わず聞き返した俺に、彼女は思い出したように言う。

「あぁ、今日学校来てなかったのか。──うん、私引っ越すことになって」

「……いつ」

そう言った自分の声が思ったよりも冷たくて、彼女は悪くないのに、と焦った。それでも、きっと拗ねたような今の表情はそのままで、そこまで余裕がない自分に苛立つ。

「明日」

 思いのほか早かった別れに、出てきた涙を必死で止めた。それでもぼんやりと景色が滲んできて、俺は早足で改札へつながる階段を下りた。彼女も少し離れて下りてくる。

 改札を出て、自分の帰る方向へ歩く。彼女の帰り道がこっちなのかは分からなかったけど、とにかく、振り向いたら泣きそうになっているのがばれてしまうから、前を向いて進んだ。

「──今日の学校が、最後だったの」

 前を向いたまま、俺は聞いてみた。

「……うん」

返ってきた答えは残念なものだったけど、とにかくまだ後ろに彼女がいると分かって、ホッとした。

「ここで会うのが、最後だね」

 彼女の言葉に、俺はうなずくことが出来なかった。──あぁ、こんなことなら。

37度の熱くらいないフリをして、親に嘘でもついて、風邪なんてなかったことにしてでも、学校に、行けばよかった。

「今まで、ありがとう」

こちらへ寄って来ながら、彼女は言った。ここで、別れ道か。俺は諦めて、手の甲で涙を拭ってから振り向いた。

 電灯に照らされて、二つの影が地面に並んでいる。彼女に気付かれないように手を動かして、彼女の手と重なる位置で止めた。

 もう一度影を見てみると、その中でだけ、手を繋いでいるように見える。彼女はそれに気付いたか分からないけど、

「それじゃあね」

とだけ言うと、手を振って、俺とは別の方向へ歩いて行った。

 彼女の背中が完全に見えなくなった時、俺の頬を伝って地面に落ちた涙は、さっき影の二人の手が繋がった場所に、跡を残していた。

ありがとうございました^^

最後のシメがなんとなく気に入らないんですけど、これ以外に出来なかったので;


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― 新着の感想 ―
[一言] 何かをしていたせいで何かをしそこなった。こうなると分かっていたら、こんなことしていなかったのに……という気持ちが浮かんできますね。 分からないからこそ面白いのですが、過去はやり直せないので、…
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