二代目はバニーガール
※『二代目は○○』シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照して下さい。
http://minafumi.aki.gs/kikaku/secondgeneration_rule.html
セバスチャン B1
父から子へ――
世代を越えて引き継がれていくものがある。
それは物であり、技であり、知恵であり、想いである。
だが、その責務を嫌い、束縛を厭うものもいるだろう。
それでも、継承は続く。先代達が託した願いと共に。
『二代目はバニーガール』
学校を終えて、僕はいつものように家に帰った。僕の家はこのあたりでは珍しい時代がかった洋館だ。
鉄格子の門を開いて、ガーデニングされた庭を横目に進み、分厚い木の扉を開くと玄関ホールが広がる。
同級生の女の子を家に初めて連れてくると、必ずこの玄関ホールで歓声を上げる。シャンデリアなんかがあって、映画に出てくるようなホールだからちょっとした自慢だったりする。掃除とかは面倒だけどね。
平日は誰もいない家だが、一応、家に入る時はただいまと声をかけることにしている。返事が返ってきたら怖いけど、黙ったまま家に入るとどうも落ち着かない。母の教育が僕の習慣になったというやつだ。
母は仕事に行っているので、夜まで帰らない。でも、今日はそれほど遅くならないと言っていたので、7時ごろには帰ってくるはずだ。父親は僕が小学生の時に死んだので帰ってくるのはお盆だけだと思う。父親が死んでから、会ったことはないから確かとはいえないけどね。
父親がいなくて寂しいかと訊かれると、正直答えに困ってしまう。
忙しい人だったらしく、日曜日もあまり家にいなかったし、遊んだ記憶どころか、父親というものの記憶があまりない。
その分、母が僕に愛情を注いでくれたし、家庭を守るために仕事を一生懸命していた父親を誇りに思っても不満はない。僕もそんなに子供じゃないからね。
だけど、亡くなる前も亡くなった後も母はあまり父親の話をしない。僕が訊いても微笑んで「立派な人だったのよ」と答えるだけ詳しくは教えてくれない。微笑む母を見る限り父親との間に確かな愛情はあったようだし、話さないのは理由があるのだろうと、いつしかこの話題は僕の中でタブーになった。
僕は玄関ホールの少しきしむ階段を上がって二階の自分の部屋に向かった。
部屋にかばんを置いて、制服を脱いで普段着に着替えていると、カレンダーが目に入った。カレンダーには明日の日付に赤いペンで花丸が付けられている。
僕は明日、17歳になる。
自分の誕生日に花丸をつけるなんてと言わないで欲しい。これは僕が書いたのではなく、母が書いたのだ。母は毎年、買ってきたカレンダー全てに、家族の記念日のところに印をつける。忙しい人なので、そうしておかないとうっかり記念日を忘れてしまうかららしい。
別に忘れても、この年で誕生日が楽しみというわけでもないから問題ないのだが、忙しくて疎かになっている家族サービスをせめて記念日ぐらいはちゃんとしようという母の愛情表現なのだ。できた息子としてはプレゼントをねだって甘えることで愛情を受け入れるつもりだ。
それから、誕生日が楽しみではないといったが、祝ってくれる友達もいない寂しいやつじゃない。明日の放課後、仲のいい友達がカラオケボックスでパーティを開いてくれることになっている。そこのところ、誤解しないで欲しい。
というわけで、今日、母が早く帰ってくるのは、明日が僕の誕生日だからだ。我が家は誕生日の前の日の晩にお祝いするのが慣例なのだ。クリスマスもイブの夜に祝うのだから、誕生日もイブの夜に祝おうというのが一応の理由らしい。しかし、本当は僕が小さかった頃に、僕の誕生日を一日早く勘違いした母がとっさに考えた言い訳なのだ。
仕事場ではキレ者として同僚と同業者から畏怖されている母が、実は本質がかなり間抜けなのを僕は知っている。その秘密を知っている数少ない栄光者として、色々とあった母の間抜けな失敗談を思い出し、一人で顔を緩ませた。
ふと、僕は今朝、母が出掛けにぽつりと漏らした言葉を思い出した。
「17かぁ。早いものね……。あの人も17だった……。もう話してもわかってくれるわね?」
あの人とは父親のことだろう。母は父親のことをそう呼ぶ。
17歳になる記念に、父親のことを教えてくれるのだろうか?
正直なところ、父親のことが気にならないわけではないし、秘密を話していいと思えるほど僕が大人になったと認められたことだから嬉しいと思っている。だけど、ここまで秘密にしていたことを知ってしまうことに不安もあった。
僕は得もいえない不安を抱えたままではじっとしていることができず、普段はほとんど入ることのない父親が使っていた書斎に足を向けた。
入ってはいけないというわけではないが、他の家事は僕任せなのに、この部屋の掃除だけは母がやっており、暗黙の了解で「入室禁止」という掟ができていた。
良く考えれば、僕の家はタブーやルールや掟だらけだ。古びているのは建物だけじゃないようだ。
そんな自嘲をしながら書斎の扉を開けて電気をつけた。ちゃんと掃除しているし、風も通しているのでかび臭くは無いが、古い紙とインクの匂いが漂い、びっしりと埋め尽くされた本棚は重厚感があった。
並んでいる本は大半が洋書であり、タイトルからすると政治経済に関するものが多く、歴史や宗教、民俗学のものがそれに次ぐ感じだ。
父親がどんな人だったか知りたくなった中学生のころ、ここにある本のタイトルを調べたことがあった。その時は中身まで読むことは出来なかったが、いつか読んでみたいと勉強した。そのおかげでかなり英語に堪能になった。今では洋画を字幕なしで見れるし、ジョークをまじえて留学生と会話できる。ちょっとぐらい自慢してもいい特技だよね。
僕は何気なく本棚に並んでいた一冊の本を抜き取った。
本のタイトルは“兎が世界を救う方法”
……父親も疲れていた時があったのだろう。こんなジョーク本を後生大事に書斎の本棚に入れておくなんて。
僕はそれまで現実味の無かった父親が急に身近に感じられて、思わず笑顔を浮かべた。今晩、知ることになるであろう父親の秘密がどんなものでも受け入れられる気がしてきた。
僕をそんな気にさせた本はどんな本なんだろうと急に興味が出て、その本を書斎の机に置いて、本を“あけてみた”。
本を開けると、その本の中から兎耳のカチューシャ、蝶ネクタイつきのカラー、カフスつきの袖口、黒く滑らかな素材の女性用レオタードのような服、なまめかしい網タイツ、黒いエナメルのハイヒールが出てきた。
こんなものがどうやって本の中に入っていたのか不思議だが、それよりも、なんでこんなものが父親の書斎の本の中にあることへの驚きが僕の中で上回った。
このセットは実物は見たこと無くても、テレビや雑誌でよく見て知っている。
これは――
「バニーガールの衣装でございます」
僕が口にする前に背後で誰かが先に言ってしまった。畜生……じゃなくて、誰だ! 母ではない。声が違う。男の、しかも、落ち着いたバリトンのいい声だ。
僕は声のした方を振り返ると、そこにはこの洋館にしっくりと馴染む執事服に身を包んだ初老の男性が慇懃にお辞儀しながら立っていた。
誰だよ、あんた? 僕は当然の疑問を口にしようとしたが、その質問は訊く前に答えられてしまった。
「わたくしは、あなた様のお父上にお使いしておりました、執事のセバスチャンでございます」
セバスチャンと名乗った初老の執事は洗練された優雅さで一礼した。あまりの見事さに僕はそれ以上の質問を飲み込んだほどだった。
そして、セバスチャンはこう続けた。
「これまで隠しておりましたが、あなた様のお父上はバニーガールだったのでございます。志半ばで倒れられたお父上は、いつの日にか貴女様がご自身の遺志を継いで下さると願っておられました。わたくしめもこの日が来ることを楽しみに待っておりました。さあ、お召し替えを」
セバスチャンは深々と頭を下げた。……って、いうか、父親がバニーガールって、ありえないだろう! 僕の父親はニューハーフかよ!
「よくお似合いでございますよ。亡きお父上のお若い時に瓜二つでございます。このセバスチャン、旦那様と過ごした頃の思い出が走馬灯のように蘇ってまいります」
ハンカチで目頭を押さえて懐かしんでいるところ悪いけど、僕がそんなものを着るわけがないだろう。想像の中で僕にそんなものを着せて涙するなんて、頭がおかしいんじゃないか? ほら、ちゃんとバニーガールの衣装なら机の上に……なくなってる?
バニーガールの衣装がどこに行ったのか僕が探そうとする前にセバスチャンは全身を映せるほど大きな鏡を僕の方に向けた。というか、そんな大きな鏡、この家にはなかったぞ! どこから持ってきた!
「ほら、お嬢様もご覧ください」
ドサクサ紛れにこいつ、僕のことをお嬢様って言いやがった。僕のどこがお嬢様なんだよ、まったく。僕は文句を言おうとセバスチャンを見た。そうすると、自然と彼の支えている鏡も僕の視界に入ってくる。
……鏡には僕に少しだけ面影が似た黒髪の美少女が先ほどのバニーガールの衣装を着て映っていた。
水が滴りそうなほど濡れたような黒髪、シミ一つない滑らかで健康的な白い肌、細い首、なまめかしい鎖骨、カップに収まった豊かな胸、くびれた腰、張りのあるヒップ、柔らかさと優美さを兼ねそろえた曲線を描く脚、きゅっとしまった足首……。この娘がグラビアを出したら、三冊は買うと断言してもいい。
「いかがでございます?」
セバスチャンの声で僕は我に返った。
僕は鏡に襲い掛かるように鏡に映る自分の姿を凝視した。鏡に細工があるのではないかと自分の目でも自分の体を見たが、見えたのは黒いバニーコートによって作られた胸の谷間だけであった。鼻血が出そうだ。
もう一度、僕は鏡を見た。そこには当惑した表情の美少女が僕を見つめていた。
これが――
「これが僕? と驚いておられるかも知れませんが、これが本来のお嬢様の魅力でございます。今まではその魅力が上手く発揮されていなかっただけでございます」
魅力って、僕は男だぞ。どこをどうしたら、こうなるんだよ? 別人じゃないか。
「あまり悩まれますと、せっかくの美しいお顔がもったいのうございます」
悩むなという方が無茶だって。というか、元に戻せ!
「それよりも、奥様がお帰りになるまであまり時間がございません。早くパーティーの準備をしませんと間に合いません。お急ぎを」
母……そうだ! 母が帰ってきて、今の僕を見たら卒倒……はしないだろうが、不法侵入者として退治されてしまう。母は柔道剣道の段位を持っているつわものなのだ。
だから、早く戻せというのに、このセバスチャンは恭しく僕の手を取って、書斎の外へ半ば強引に連れ出した。こいつ、人の話を聞こうとしない。その耳は飾りか!
こら! ひっぱるな! 僕は生まれて初めてハイヒールなんて不安定な靴を履いたんだぞ。上手く歩けるはずない……こともなく、意外なほどにしっかりした足取りで歩くことができた。くそぅ、こんな才能、要らないよ。
「もう少し危うさを出せれば、世の男性陣の保護欲を刺激できますゆえに、練習をしておかれるとよろしいかと」
セバスチャンが僕の考えを読んだかのように歩き方にアドバイスをしてきたが、そんな欲を刺激したいとは微塵も思わないから!
「おおっ。さすがはお嬢様! わたくしの言われたことをすぐに修正されるとは、その天稟はお父上を超えられております。お父上がお嬢様に夢を託されたのは間違いではございません」
僕は何もやってないんだけど……だけど、確かにさっきよりも少し歩き方が色っぽくなったように思う。彼の言うとおり、危うさが出ているからかもしれない。でも、そうにも関わらず、僕自身不安定に感じてないのは僕が作っている危うさだからなのだろう。……そんな天才になんかなりたくない。
そうこうしている間にキッチンまで連れてこられた。だめだ。こいつのペースに乗せられている。何とかしないと。
と、思っていたが、キッチンのテーブルの上には豪華な食材が並んでいたので、目を丸くさせられた。
今日は外食の予定だから買い物はしていないはずなのに、いつの間にこんなものが……って、セバスチャンしかいないか。
「時間もございませんので、お嬢様にもお手伝いいただきたくお願いいたします」
セバスチャンは無礼を承知と深々と頭を下げた。
確かに母が帰ってくるまでにパーティーの準備をしようと思えば、時間的には厳しいぐらいだ。だけど、そんなことより!
「サラダのドレッシングはこのような感じでよろしいでしょうか? 長く料理はしておりませんでしたので」
いつの間に作ったんだというぐらいの手早さで、小さくちぎったレタスにシンプルなドレッシングをかけたものを小皿に乗せて出された。味見しないと僕の話を聞いてくれないだろう。僕はサラダを口に運んだ。
こ、これは! 絶妙の酸味と塩加減、油の滑らかさが野菜の自然な甘みと苦味を包み込んで邪魔をせず……。
「いかがでございますか、お嬢様」
セバスチャンの声で我に返った。グルメ漫画時空に飛んでしまっていたようだ。
サラダのドレッシングに留まらず、このセバスチャン、料理の腕は一流シェフ級だった。おかげで僕は何度も元に戻せと訴えようとしても、その度になにかの味見をさせられて、舌がとろけそうになって話をうやむやにされてしまっていた。うう、僕って食い意地が張っているのかな? でも、あの美味さは反則だ。
だけど、もうそんな悠長なことを言っている時間はない。もうすぐ7時になる。母が帰ってくる時間だ。こんな姿で母の前に出れるわけが無い。どこの誰だとたたき出されるか、不法侵入で通報されるか……。
よく考えたら、このセバスチャンも不法侵入だけど、今通報したら、自分ごと逮捕されそうだ。こいつのことは後で考えるとして、今は自分のこの体のことだ。
容姿は自分の好みにど真ん中ノックアウトだ。元に戻って見れなくなるのは残念だけど、まだまっとうな人生を女でドロップアウトする気は無い。
幸い、パーティーの準備は整い、料理はすべて出来上がっている。もう、味見ではぐらかされることはない。僕は絶対に今度こそはと決心して、セバスチャンに詰め寄った。
僕を――
「おや? あの靴音は、奥様がお帰りになられたようでございますね。お出迎えに出ませんと。さあ、お嬢様も」
タイムアップ! ああ、僕の人生は終わった……。明日から、僕はホームレスバニーガールだ……。
「野良兎娘の方がそそると思われますが、お嬢様」
そそってどうする! 慰み者になって暮らせって言うのか、こいつは。
「冗談でございます。さあ、奥様がお帰りになりましたよ」
いつの間にか玄関ホールまで連れてこられている。こいつ、今更だけど、油断ならない。
だが、そんなことより玄関の扉がゆっくりと開こうとしていた。あれが開ききってしまえば、僕は終わってしまう。今日ほど古くても立て付けのいい扉を恨んだことはない。
ああ、母よ。今まで育ててくれてありがとう。僕はそんな母を裏切って、バニーガールになって……いや、されてしまった。母は強い人だ。僕がいなくなっても強く生きてくれるだろう。どうか、悲しまずにいて欲しい。僕はもう、母の息子ではなくなったんだ。さよなら、母よ……。
扉が開ききって、スーツ姿のいつもの母がいた。これが見納めかと思うと、涙が出そうだ。本当にちょっと涙がにじんだ。
「ハッピっバースディのイブー!」
いつもの母のテンションで手に持ったケーキの箱を高々とあげた。言っておくが、母の現在の血中アルコール濃度はスプリングエイトでも検出されないほど低い。要は素面で酔っ払えるのだ。
でも、そのテンションもすぐに醒めるだろう。この異常事態を知れば。
「おかえりなさいませ、奥様。昔日のお姿とお変わりなくお美しくあられ、このセバスチャン、驚きを隠しきれません」
セバスチャンが恭しく頭を下げた。って、母と知り合いなのか?
「あら! ひさしぶりね、セバスチャン。相変わらず、正直者で嬉しいわ。何年ぶりかしら? 最後に会ったのはあの人の葬儀の時だっけ?」
「いえ、旦那様がお亡くなりになったことをお伝えした時以来でございます、奥様」
「そうだったわね……」
母は昔を懐かしそうに思い出していた。そんな母の表情を僕は今まで見たことがない。
「ん? セバスチャンがいるということは……」
母は何か重要なことに気が付いて昔の思い出の中からタイムスリップして現代に戻ってきた。戻ってこなければ、もう少し、母との別れを遅らせることが出来たのに。
母はすぐに僕を見つけた。当たり前だろう。それほど広くない玄関ホールで、そこにいるのは僕とセバスチャンと母だけ。しかも、こんな目立つ格好で隠れもしていない……しまった! 隠れるって手があったんだ!
ああ、僕の大馬鹿者……。
僕が自分のおろかさを嘆いていると、母は目を丸くしたまま固まっていた。そりゃあ、驚くだろう、家に帰ってきて、いきなりバニーガールがいたら。
母は手にもっていたケーキの紙箱と肩にかけていたハンドバックを落と……す前にセバスチャンがちゃんと受け止めていた。けど、そんなことは些細なことと母は夢遊病者のように僕の方にふらふらと歩み寄ってきた。
ああ、もうだめだ。だけど、せめて、僕が僕だってことだけは言っておこう。信じてくれるとは思えないけど、それが僕に出来る最後の抵抗だ。母の愛を、母子の絆を信じてみる。
僕は腹を決めてまっすぐに母を見た。
僕は――
「あの人の若いときにそっくり! さすが、あの人の子供だわ。あたし、あの人が生き返ったのかと思っちゃった」
僕の決心は母の強烈な抱擁によって粉々に粉砕された。というより、決心の意味がなくなった。
「ああ、もう、かわいいったりゃ、ありゃしない! この子ったら、今まではろくに自分の魅力に気が付かないで無頓着だから、本当にあの人みたいになれるのかって不安だったけど、やっぱり、あの人の子供! 能ある鷹は爪隠すよね。あなたの指導? セバスチャン」
母は僕の膨らんでしまった胸に顔を押し当てぐりぐりしている。ああ、なんだか、妙な気分になるから、ちょっと、やめて……ほしくないけど、やめてほしい。
「いえ、お嬢様はこの日のために人知れず努力されておられたのでございましょう。初めてバニーコートに身を包んだというのに、すでにその魅力を全開にしておられます。しかも、わたくしが少しアドバイスをいたしますと、すぐにそれを自分のものにされておられ、その天稟には驚かされております」
ちょっと待て! 人知れず努力なんてしてないし、アドバイスされたけど、それをどうこうした記憶はないぞ!
「もう、この子ったら、あたしたちを驚かせようとそんなことを」
いや、驚いているのは僕だから!
「まさにわたくしが親子二代に渡りお仕えするに値するお方でございます」
「セバスチャンに一日でそこまで言わせるなんて、わが子ながら末恐ろしいわね」
「まったくでございます」
お願いだから、僕も会話に混ぜてくれないかな? 寂しくて死んじゃうよ。兎だけに。
「あら、ごめんなさい。主役のあなたをほったらかしで。さあ、今夜はお祝いね。朝まで飲むわよ」
「準備は整ってございます、奥様。腕によりをかけて、しかも、お嬢様にも手伝っていただきましたゆえ、頬の肉が落ちぬようにお気をつけくださいまし」
「あら? 大きく出たわね。楽しみにしてるわ」
和気藹々と母とセバスチャンは食堂の方へ歩いていく。
呆然としている僕を見つけて、やっと母は僕に声をかけてくれた。
「何してるの? 早くいらっしゃい。今日は、あなたの二代目バニーガール襲名記念パーティーなんだから。主役がいないとパーティーが始まらないでしょ」
ちょっと待て! それをおかしいと思わないのか、母よ?
「奥様、バースディイブが抜けております」
「あ、ごめんなさい。うっかりしてたわ」
いや、そうだけど、そうじゃなくて! 息子がバニーガールになったんだぞ。僕はそのことを言おうとしたが、セバスチャンが先になるほどとポンと手をたたいた。
やっとわかってくれたか。とりあえず、男に戻ったら、こいつは一発殴る。それぐらいのことは許してくれると僕は神様を信じている。
「お嬢様はご自身がバニーガールになってよいのかと、不安に思っておられるご様子で、何度も元に戻して欲しいと仰りかけておられました。これほどの才能と実力をお持ちだというのに」
セバスチャンはなぜ拒むのか理解できないとばかりに眉間に指先をつけて首を振っている。僕はお前のほうが理解できないよ。
「違うわよ、セバスチャン」
さすが、母! やっとわかってくれたんだね。ちょっと情けないけど、嬉しいよ。さあ、このバカに言ってやってくれ!
「この子はね、そういうところもあの人と同じなのよ。自分に厳しすぎるのよ。まったく。もっと自分に自信持ちなさい。あなたはあの人とあたしの子供なんだから」
母のボケにこけそうになった。そして、こけそうになっている僕は母に優しく抱擁された。気持ちいい……って、いや、流されてどうする、僕!
ハッキリ言ってやるんだ、僕は男でバニーガールはおかしいって! 言わなきゃ、絶対気が付いてくれない。
僕は母を真剣な目でにらんだ。すると、母は「あっ」と声を上げて、微笑を増した。
「もしかして、自分が男だったことを気にしてる?」
やっと気が付いてくれたか……長かった……。もう、セバスチャンを殴るとか、そんなのはどうでもいい。早く、男に戻してくれ。
「馬鹿ね。バニーガールに男も女も関係ないわよ」
いや、あるから!
「奥様の仰る通りでございます、お嬢様」
通りじゃねえって!
「あなたは史上最高のバニーガールの一人息子で、あなたの体にはあの人の血が流れているのよ。目指しなさい。あの人を超えるバニーガールを」
熱血ドラマのように肩を抱かれて星を指差されても……って、いつの間に屋外に?
セバスチャン、勝手に庭に電柱を建てるな。それから、その電柱の陰から目頭押さえて「がんばるのですぞ。お嬢様」みたいな芝居はいらないから。
だいたい、超えるって、何を超えるんだよ?
「あの人が果たせなかった、バニーガールで世界を平和にするという夢をかなえなさい。あなたならできる。きっとできるわわ」
うがー! 僕の父親は馬鹿か! なんだ、その夢は!
確かに世界平和は立派な夢だけど、方法、間違ってるだろう、それ! もっと別の有効な方法があると17の僕が断言してやる。
だが、母は感極まって涙を流している。セバスチャンは泣いてはいないが、同じように感じ入っているのは十分見て取れる。
「奥様、門出となる祝いの日に涙は禁物でございますよ。喜びの涙は悲願成就のときまで貯めておかれるのがよいかと」
貯めても成就する見込みはないと思う。「そうね」なんて納得しないでほしい、母よ。なんというか、もう僕が泣きたい。
「さあ、湿っぽいのはおしまい。早く食べないとせっかくのセバスチャンの料理が冷めてしまうわ」
それは確かにもったいない。あんなおいしい料理が……じゃなくてだね。
「あなたも明日から大変よ。世界一のバニーガールを目指すのだもの」
そう思うなら元に戻してよ。お願いだから。
「だけど、きっとやりきってくれるとお母さん、信じているわ」
そんな信頼は欲しくないです。
「大丈夫でございます、奥様。お嬢様の実力と努力がございますし、わたくしめもついておりますゆえ」
「そうだったわね。それじゃあ、今日は明日からのことは忘れて、お祝いよ!」
拳を天高く突き上げる母に、ごもっともと言わんばかりに拍手するセバスチャン。置いてけぼりの僕。
お願いだから、最後に一言叫ばせて。
「元に戻して!」
<おしまい>
うさぎ年にちなんで、ご一笑くだされば幸いです。