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やまない雨を降らせた話

作者: 椿 雅香
掲載日:2026/06/19

先に一度投稿したのですが、間違って1話完結の連載ものにしてしまいました。仕方なく、やり直しています。

お久しぶり過ぎて、投稿方法が凄く変わっていて浦島太郎の気分です。

よろしくお願いします。

雨が降っている。何時間も降っている。

バケツをひっくり返したような、という形容がぴったりする凄い雨。

女は、窓の外を見た。時折、稲妻が走る。一瞬明るくなるが、雷が落ちるとまた暗くなる。


ここまでご利益があるとは思わなかった。

この雨は、女が望んだものだった。

でも、ここまでの雨は望んでいない。


村の多くの家は海にほど近い平地にあるが、女の家は山裾にある。だから、多少の雨でも冠水の心配をしたことはない。

でも、ここまで凄い雨なら、夏に使っている山の中腹の洞窟に避難した方が良いかもしれない。

女は、油紙に包んだ食料と着替えそれに貴重品をリュックに入れて背負った。もともと、村を出るため準備していたものだ。

真っ暗な雨の中を一人で歩くのは、慣れている道とはいえ怖かった。魔道具の灯を頼りに、雨の中を進んだ。

母が死んでから村人との付き合いは激減し、誰も声をかけてくれなくなった。

とりわけ、結婚を約束していた幼馴染との仲が拗れてからは、なおさらだ。


幼馴染は、母が存命中、隣家に住んでいた。彼の両親が事故で亡くなってからは、寝に帰るだけで、生活のほとんどを女の家でしていた。母は彼を実子のように可愛がったし、彼も母を実の親のように慕った。

それも、去年母が亡くなるまでのことだ。


母が亡くなると、女は男と結婚するものと思っていた。

だが、母がいなくなった影響は造像以上に大きかった。

村の人々が女を軽視しだしたのだ。


最初、女は訳が分からなかった。

今まで親切だった村人達が、彼女を邪険にし出したのだ。

それまで普通に付き合ってきたおじさんおばさん達が、母がいなくなったとたん冷たくなって、村から出て行けと言わんばかりになった。

これまで良好だった幼馴染との関係も一気に冷めた。

彼は、女との約束を平気で破り、これまで世話になったことすら不本意だと言い立てた。

混乱した女に、村長の娘が言い放った。

「あんたは母親のおまけでここにいられただけ。母親がいなくなったなら、誰もあんたなんか相手にしないわ」


女の母親は薬師だった。

医師のいない村では薬師は貴重だ。村人が病気や怪我をすると、女の母がいつも呼ばれた。

女は母親に師事して薬師になるべく修行を積んでいた。だが、薬師を名乗るには、至っていなかった。

母の死後、村の人々は、隣の町の医師の弟子を頼った。

医師の弟子は、女のことを中途半端な知識しか持たない役立たずだと決めつけた。村で医師として存在感を示すためには、必要なことだったのだろう。

村の人々は、彼の言い分を鵜吞みにして女を見限った。半端な薬師の卵を育てる余裕はないからだ。


ここで幼馴染と結婚すれば、村に残ることができた。

だが、村中の雰囲気を察した幼馴染は、結婚相手に村長の娘を選んだ。婿にと望まれたのも大きかったのだろう。


女の絶望は大きかった。

婚約がなくなっただけじゃない。母親の死で打ちひしがれていた上で、この仕打ちだ。

心変わりと言わず、何と言えば良いのだろう。

男にすれば、もともと女との婚約は、世話になった女の母親への義理によるものだ。女の母親がいなくなった時点で解消されるものだったのだ。

まさか、自分との婚約が義理によるものだとは思ってもいなかった女は、目の前が真っ黒になった。



女はこの村を出ることにした。ここまで虚仮にされて、しがみつくほどの村ではなかった。今まで互いに尊重しあってきた村の人々の本音は酷いものだった。


勝手にしろ。後は、村長が呼び寄せた医師の弟子が村の医療を担ってくれるだろう。


お前なんかいらない、と言われたのだ。しがみ付くつもりもなかった。


ただ、面白くないことが1つだけあった。

村で行われる結婚式は、広場でご馳走や音楽やダンスに溢れたお祭りみたいなパーティーになるのだ。当然、裏切り者の幼馴染と村長の娘の結婚式もそうなるだろう。しかも、今まで見たことないくらい派手で華々しいものになるのだ。

女の不幸なんか気にもしないで、村長の娘の結婚式というお祭りを村中みんなで楽しむのだ。


それは、許せなかった。


自棄になった女は、男と村長の娘の結婚式を無茶苦茶にしてやろうと思った。

せめて、そのぐらいの意趣返しは、神様も許してくれるだろうと思ったのだ。


そして、考えた。

どうすれば結婚式を無茶苦茶にして、あの二人に、そして、女を邪険にした村人達に一矢報いることができるだろうか。

あの二人や村人達に復讐したい。でも、小心者の女にできることは知れていた。

それでも、考えた。考えて、考えて、考えた。


そうだ。

雨が降れば良い。

土砂降りなら、なお良い。

広場に雨除けのテントを張っても、テントが役に立たないほどの雨が良い。


そして、女は思い出した。

女の母親が、村の小さな社に祈れば雨が降ると言っていたことを。

女は、幼馴染の結婚式の日に村を出ることにして、その準備を始めた。

今まで、あれほど素っ気なかった村の人達も、女が村を出ると言うと、口が軽くなって教えてくれた。

何のことはない。

村長の娘が、女の婚約者に横恋慕して、幼馴染を奪おうと計略を巡らせたらしい。

タイミングの良いことに、女の母親が死んだことで、幼馴染は婚約を解消できるようになったのだ。

村人達は、村長に睨まれたくない、と、女を村から追い出すことに加担したらしい。


悪いわね。村長に睨まれたら、ここじゃ生きてけないから…。


そんなこと言われても、許す気にもなれなかった。

これまでの付き合いが全てなかったことにされたようで、村の人達が別の生き物になったようで、薄ら寒い気がした。


もう、何もかもが嫌になって、最後にこれまで世話になった意趣返しに、結婚式当日、かなり激しい雨が降るよう呪い(まじな)をかけたのだ。

女が村を出ると知った幼馴染は、別に村を出なくても良いじゃないか、と、今更なことを言った。女が村に居続けたら、それはそれで困るくせに。

男にすれば、自分のせいで女の居場所がなくなったことに後味の悪いものを感じたのだろう。

今更謝っても、何も変わらない。お前が裏切ったことは、覆せない。


村を出ると決めた日から、女は母親に教えてもらったとおり動いた。

テルテル坊主を作り、村の鎮守の隅にある古い社の側に逆さに吊る。そして、毎朝、社に祈るのだ。


テルテル坊主さま、どうぞ、彼と彼女の結婚式の日を土砂降りにしてください。

雨になったら、私は村を出ます。

ただ、村を出る前に、土砂降りの雨を見たいんです。


そうして、旅の準備を進めた。


結婚式の当日、誰かが気付いた。

朝、あんなに良い天気だったのに、ポツリポツリと雨が落ちて来たのだ。

それからは早かった。

瞬く間に、雲が広がり、雨脚がきつくなった。

しばらくすると、前が見えなくなるほどの土砂降りになった。

出発しようとしていた女は、あまりの雨に旅立ちを遅らせるしかなかった。

それから、どのくらい時間が経ったか分からない。

気が付くと、結婚式の時間になっていて、これじゃあ鎮守の神様の前での儀式はできないな、と女は思った。普通、鎮守の神様の前での誓いの言葉の後で新郎新婦はキスするのだ。


結婚式どころじゃない。避難が必要なほどの、もの凄い雨になった。

自分の母親ながら、こんな凄い呪いを知っていたなんて、びっくりだった。


次の日も、その次の日も雨だった。それも、信じられないほどの土砂降りだ。

そろそろ、出発しなければ…。予定では、とっくに隣町を経由して、隣国に向かっているはずだった。

そう思っても、雨は激しいままだ。


このまま降り続けば、村の主要部は冠水するだろう。

その前に、土手が決壊するかもしれない。

いくら愛想が尽きたとはいえ、村人達がここまで困るのは、本位じゃなかった。

こんなことまで望んだわけじゃない。


女は、怖くなった。

怖くなって、逃げたくなった。何時までも、この村に留まるのは悪手だ。村を出よう。もともと、あの日に村を出る予定だったのだ。

ただ、雨足が強すぎて旅立つには危険だったので、夏の薬草採取に使っている山の中腹にある洞窟に避難することにした。


1週間経って、ようやく日差しが戻った。

洞窟から出て村を見下ろすと、辺りは一面水だった。家も畑も何もかも水に沈んでいた。比較的高い場所にあった女の家も水面下に沈んでいた。

村人達は、どうなったんだろう。心が痛んだ。母が存命中、可愛がってもらった人達だ。気にならないと言った嘘になる。

ここまで望んだわけじゃなかった。


女は、小さくため息をつくと、少なくなった荷物を背負いなおして、街道を目指すことにした。


なるべく遠くへ行きたかった。

隣国へ行って、薬師の学校へ入ろう。勉強して、母の跡を継いで薬師になるのだ。

女は、足を踏み出した。


翌日の新聞に、某村が集中豪雨で全滅、生存者不明との記事が載ります。


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