余白
短編です
上司に呼び出された。何か嫌な予感はしていたんだけど、渋々談話室に行った。
「君ね、ちょっと働きすぎ。有休消化して」
働き方改革だかなんだかで、急にまとまった休みが出来た。
翌朝、仕事に行く日と同じ時間に目を覚ます悲しい自分。思い返してみれば、休みなんて自発的にとったことなかったかも。同期や後輩の代わりに出勤した分の振り替えの休日ですら取り忘れていた。
せっかくの休みだからと、昨日は少しホクホクしていたんだけど、休みって何すればいいんだろう。急に訪れた“人生の夏休み”。とりあえず部屋の掃除でもするかと重い腰を上げた。
寝室の掃除をしていると、数年前に買った日記帳が出てきた。軽くページをめくると、始めの頃は律儀に毎日日記をつけていた。美大生だった俺は、自分の絵まで描いて、初日の日記には、「毎日絵日記を描く!」なんて意気込みも含まれていた。
でも社会人になって、しばらくした辺りで、絵日記は途絶えていた。美術も絵も何も関係ない、普通の会社に就職して、久しく絵を描くことをしていない。
久しぶりに絵日記、描いてみようかな。
ボールペンを握って三十分が過ぎた。真っ白な新しいページには、何も書けなかった。いや、ほんと、何も、何もないな、特筆することが。暫くページを見つめて、なんとなくページのど真ん中にボールペンを突き立てて、真っ黒な点を描いた。
日記ってのは、そもそも一日の終わりに書くべきものなんだ。なんて言葉で自分を誤魔化して、部屋の掃除を再開させた。
郵便物の中に、見慣れた名前を見かけ、掃除の手を止めた。友人の名前が書かれた葉書は“個展のおしらせ”だった。
俺と同じ美大に通っていた奴で、唯一絵の世界に走り出した友人。葉書が妙に神々しく見えた。俺とは違う。
見るとちょうど、いまは期間中。今日は平日。せっかくだから・・・行ってみようかな。
仕事以外で外出するのは久しぶりだ。何を着たらなんて迷いながら、箪笥の奥に眠っていたジーパンと色付きのシャツを着て、俺はあいつの個展に出かけた。
都会の小さな貸しスペースで人も少ない、細々とした個展に足を踏み入れた。
あいつの作風がそのまま残っているようで、でも新たな風も吹きこんでいるようで、大学時代に感じた、“天才”の絵そのままだった。
ふと、一つの絵に目が留まった。
キャンバスの端から端まで、すべてに細かく絵がかいてある。真っ白なキャンバスに黒で描かれたシンプルなもの。何かのキャラクターのようで、意思のある何かに見えるわけでもない。ただキャンバスすべてを覆いつくす、黒い何かの絵。
ひときわ大きなキャンバスの横に、小さく「余白」と題名が書かれていた。
意味が分からず周囲を見回すと、絵から離れたところに椅子が一つ置かれていた。
椅子に座ってその絵を見て、ようやく題名の意味を知った。
「よ、久しぶり。あぁ、この絵か、コレ、数年前、スランプだった時に描いたんだ・・・」
そう言って笑ったアイツの顔はやっぱり神々しく見えた。
——懐かしさと悔しさと、火種——
スイッチが入る瞬間




