伯爵、誘われる
王都到着の日の夕食は俺とシャーロットちゃん、ラスキン博士と薬師の婆さんとで賑やかに過ごした。
ヴァスコやベンジャミン、マリーも機嫌よく働き、ハリソンは護衛任務が交代になると人のワインをグビグビと飲み干しやがった。
俺は禁酒はしてなくて、ワインは百薬の長だと思っている。でも、飲みすぎはよくないから、一杯だけね。ハリソンみたいに瓶に口を付けてグビグビやったら健康に悪い。それよりも前にベンジャミンの鉄拳制裁が待っている。
バカめ、ハリソン。お前の隣にはヴァスコにこってり絞られた萎れたディーンが座っているというのに。
食後、男だけで集まったサロンでは、主人も使用人もなく無礼講としたのだが……、ちと自由過ぎたかもしれぬ。
「セシル様。明日からの予定は変更なく?」
ワイングラスを手にヴァスコがスケジュールの確認をしてくる。俺はハーディング侯爵家に挨拶に行くのと、春の社交シーズンで挨拶した貴族たちと紳士サロンで会食の予定がある。あとはメインイベントの王家主催の夜会だな。
春の社交シーズンのときとは違って移住者を探さなくていいし……。今回は日程にゆとりがある、はず。
ヴァスコに予定の変更がないことを告げ、それよりもシャーロットちゃんのスケジュール管理を頼んだ。
「初めてのお茶会なんだよ? イライアス様が一緒だし、彼が厳選したおうちだけど……心配」
「イライアス様からお茶会のスケジュールが届いておりますので、準備は大丈夫です。あと……ご招待いただいた家のことは、こちらでも調べておきました」
なぬ?
「え? し、調べたの?」
なにを? どうやって? あれ……オールポート家って、よくある「影」の一族とかいないよね? 実は使用人の一部が暗部だったとか裏情報はないよね?
ダラダラと冷や汗をかく俺の手に、バササッと調査書を渡したヴァスコはダメ押しで告げる。
「今後も調査を続けますので。他にもシャーロット様と同年代のお嬢様がいらっしゃる貴族家のリストです。セシル様のご要望を汲んで子息は省きましたが……」
コテンとヴァスコが首を傾げる。
あ……、令嬢ばかりに気を取られていたから、シャーロットちゃんの婚約者候補を同性で絞っているとか思われた? ちがう、ちがう! 逆だっ、逆。
「コホン。シャーロットちゃんの婚約はまだ早い。本人の希望が第一だ。……とりあえず、お友達作りから始める」
「…………わかりました」
ヴァスコが何かを飲み込み、暫しの間をおいて俺に返事をする。
過保護じゃないぞーっ。シャーロットちゃんの前の婚約者がクズだったからだ!
俺は親バカじゃないんだからねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
翌日、クラリッサ女史がちょっとお洒落してお出かけです。ドレスは変わらず襟元がピッチリのロングドレスだけど、バックや靴、髪飾りは流行りのデザインだ。もちろん、領都クレモナのライオネルのお店の商品でぇす。オーホホホホホッ。
なんでもクラリッサ女史は、シャーロットちゃんが優秀なため、もう少しレベルの高い教材を探しに行かれるそう。ありがたやー。
次にラスキン博士と薬師の婆さんが昔馴染みに会いにでかけた。別に一緒に行かなくてもいいのに、一緒にでかけた。仲いいじゃん。
そしてシャーロットちゃんとレックスがお茶会用に小物の買い物を……なんで、レックスと一緒に行くんじゃああぁぁぁぁぁぁっ!
「ライオネルさんのお店でほとんど問題ないと思うけど、やっぱり王都ブランドの知識も入れておかないと、レディのお喋りのなかには入っていけませんからね」
あー、そうですか。で、なぜお前が一緒に行く? 俺でもいいだろう? シャーロットちゃん、俺は今日、予定がないよ?
「セシル様。正直に申します。セシル様……女性の流行に少々鈍いので……無理です」
「無理ってなんだ! 無理って!」
ガルルルッ。お、お前、シャーロットちゃんと二人きりになるつもりかぁぁぁぁぁっ!
「「セシル様」」
猛犬注意ならぬ白豚注意の顔面崩壊を起こしている俺に、マリーとメイがズズイッと顔を寄せてきた。
「お、おう」
「ご安心を。私とメイがお嬢様には付いてます」
「悪い虫は駆除します。徹底的に」
こ、こわーっ! 俺は無言でブンブンと勢いよく頷いた。この二人が一緒だったら、シャーロットちゃんは守られる。むしろ、レックスよ、逃げろ。
「お父様。レックス様にはパートナー様を紹介していただくんです」
シャーロットちゃんがポッと頬をピンクに染める。パートナー? レックスの?
「ああ、そういえば。レックスの恋人は王都で仕事しているんだっけ?」
「……っ。は、はい。も、申し訳ありません。家庭教師の職務中に」
「いいよ、いいよ。久しぶりだろう? ゆっくりしてきてくれ。なんだったらパートナーも一緒に屋敷に滞在してもいいぞ」
所謂、遠距離恋愛つーか、単身赴任みたいなモンだろう? せっかく、二人とも王都にいるんだから一緒に過ごせば? この屋敷なら客間もまだ空いているし。
俺の言葉にポカンと呆けた顔をしたあと、パアアアァッと明るい表情になったレックスは、俺のぷにぷにの両手を握りブンブンと振り回した。
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます! 彼は王宮勤めでして……こちらにて一緒に過ごせれば嬉しいです!」
レックスのパートナーは王宮の文官で泊まり込みらしい。ブラック企業かよっと焦ったが、一人暮らしなら王宮にいたほうが食事にありつけられ、しかも無料。独身には優しい福利厚生だった。
こうして、俺は一人屋敷に残され、大人しく真面目に執務を行っていたんだ。
だって、まさかその王宮から呼び出しがあるとは思わなかったからさ。
知っていたら、シャーロットちゃんと一緒にでかけていたよっ! くそっ!




