領主、ボクっ娘と出会う
順調に西側領地サレルノの開発工事が進み、既に住民の住戸は建ち始めているらしい。家族で住む一戸建ては少なく、集合住宅が中心だし、高齢者用の住宅も大きな建物にそれぞれの個室と食堂、大浴場、運動場などを備え、昼間は幼い子どもの保育所と行き来できる設計にしてもらった。
隣の敷地には薬草園を作り治療院を建てる。
薬師はハーディング領から引退間近の魔女のような風貌のお婆さんがやってきた。矍鑠とした婆さんで口も達者だ。ラスキン博士とよく言い合いをしていると聞いて、是非、俺もこっそりと二人の様子を覗き見たいと思った。
薬師の婆さんは、サレルノの住民から弟子を二人選んでビシバシとスパルタ教育していくとのこと。
領都クレモナの店も順調だ。
どうしても、あと一割程度の店が埋まらないが、焦ってもしょうがない。苦肉の策として一ヶ月とか三ヶ月ぐらいの短いスパンで貸し出す案を出した。
店を出したいが自信がないとか、資金が不足しているとか、そういう奴らに、とにかくお試しで店を開くチャンスを与えてみる。
実際、店を営んでみてやる気になったら、手厚いサポートで開業してもらえばいいよね。
真面目に領地経営に没頭していたら、いつの間にか、日差しがじりじりと暑い夏の季節になっていました。
いま頭を悩ます問題は……実はシャーロットちゃんのことなんだよな……。
「セシル様。そろそろ馬車の用意ができますよ?」
「ああ、じゃあ行くか。店で待ち合わせで間違いないよな?」
「はい。イライアス様からご紹介の方は開店予定の店でお会いする約束です」
ディーンの言葉に頷くと、俺はスムーズに椅子から立ち上がる。
ふふふ……痩せてきたぞ、白豚は! いや見た目はまだまだ白豚だけど、最初のころに比べたら動きが滑らかになりました!
筋力がちょっとついてきたのかな?
フンフンとご機嫌で鼻歌を歌いながら階段を下りていると、先導していたディーンが振り向いた。
「大丈夫ですか? 鼻息が荒いですけど。もしかしてまた倒れます?」
「…………」
白豚に夏は危険なんだよっ。ああ、どうせ俺は脱水症状で既に二回倒れているよっ。しょーがないだろーっ、汗が尋常じゃない量、噴き出てくるんだから!
プイッ。
俺は口を尖らせて、ディーンから顔を背けて抗議した。
今日のお出かけは領都クレモナのメインストリートだ。
役所からは担当者であるケイシーさんが一足早く現地に向かっているだろう。彼女念願のお洒落な服飾の店だからな。またひとつ、彼女からの評価が上がった気がするぜ!
ただ、兄上のパートナーであるイライアス様からは「問題がある」と聞いてはいるが……どんな人なんだろうな?
「お父様」
「シャーロットちゃん、今日もかわいいね。そのワンピースとっても似合っているよ。もしよかったら、服や小物をいくつか依頼しようね!」
シャーロットちゃんの装いは淡いミントグリーンのワンピースで、襟と袖、裾に白いレースがあしらわれている。帽子は薄いピンクのつば広のデザインで日差し除けになっている。足は白いサンダルで長~いリボンで編み上げみたいに結んでいるのがかわいい。
「そんな……もったいないです」
小さい声で遠慮するシャーロットちゃんに、白豚パパはニッコリと笑って答える。
「俺がかわいい娘を飾り立てたいんだ。協力してね、シャーロットちゃん!」
コクンと顔を赤く染めて頷く娘。ああああぁぁぁぁぁっ、かわいい! 俺の娘がとってもかわいい!
こんなにかわいいのに……どうして「悪役令嬢」の噂が払拭できないのかなああぁぁぁぁぁっ!
俺の悩みはコレ、このシャーロットちゃんに関する酷い噂が自領であるオールポート領だけでなく王都にまで広まっていることだ。
むむむ、やっぱり女性の社交界は俺の手に余る。せめて貴族同士の付き合いに悪影響が出ない内に噂を消してしまいたい。イライアス様に頼ると対価を求められるからちょっと厄介だけど……シャーロットちゃんのためだ。あとで手紙を書いて頼んでおこう。
揺れる馬車の中で、オールポート領の領民に対する対応をどうするのか考えてみるが、いい案はでなかった。くっ、俺のバカ!
ラグジュアリーホテルとトビーの店の間にある店舗は、ロココ調と称すればいいのか柔らかな曲線を描く装飾が多く優美な印象だ。既にイライアス様のデザインで改装工事が終了している。どうやらわざわざハーディング領から職人を呼び集め突貫工事で仕上げたらしい。
「セシル様。こんにちは」
うむ、ニコニコ顔のケイシーさんが出迎えてくれた。この感じ……きっと彼女のお眼鏡にはかなったんだな。
しかし……対面した店主(予定)は想像以上の人物だった。
「あ……あのぅ、イライアス様の紹介で……えっと……そのぅ」
「えっ?」
聞こえない。小さい声で聞こえないのに尻すぼみになっていくから全然聞こえないんですけど?
「ひっ! す、すみません。すみません。ああ……やっぱり、ぼくにお店なんて……ううっ、どうしよう……」
「ん?」
ちょっと待て。待て待て待て! え? いま「ぼく」って言った? へ? まさかのボクっ娘なの?
だって、背は高いけど猫背の細身。手足は長いけどもじもじと体をくねらせている。濃い紫色の髪は緩くウェーブしていて頭の上にはピンクのリボン。デカイ眼鏡をしていて顔の造りはわからんが口元は緊張からかプルプルと震えている。
青を基調としたシンプルなワンピースにフリフリフリルの白いエプロンをしていて、襟元、袖にギャザーで絞りリボンをあちこちに飾っている。
黒いベルトパンプスに白いソックス……どこか有名な物語の主人公みたいな恰好だな? 白い兎でも飼ってたりして。
「あ……俺はオールポート領の領主であり伯爵のセシル・オールポートだ。よろしくな」
親し気に手を差し出して挨拶をすると、店主(予定)は恐る恐る手を出してきたので、逃げないようにギュッと握った。
「ひぇっ……あ、あの僕は……イライアス様の針子のライオネルですぅ……」
……あ、男だったわ、こいつ。手はゴツイし名前がライオネル? ボクっ娘じゃなくて僕なのか?




