白豚、舌打ちされる
俺が視える"気"。人の本質だと思われるこの気がキレイな色の下働きの者たち(一部主人である俺に殺意を持つ)は、オールポート伯爵家の元使用人たちだった。
しかも上位使用人。
執事長として領地経営の補佐から金庫番、主人のお悩み相談までオールマイティに業務をこなしていたベンジャミン。
その後継者として養子のノーマンは執事。
メイド長として家政全般、メイドの教育からまだ幼い使用人たちの母として伯爵家を切り盛りしてきたライラ。
伯爵家の一人娘、大事な跡取り娘の侍女として仕えていたマリーとメイは男爵と騎士爵の娘で、決して下働きをする身分ではない。
ちなみに扉の向こうで他の使用人への警戒をしているベンジャミンの息子ディーンは、そつなく陰険腹黒執事に取り入って下働きに身を落とすことはなかったらしい。
本来、こんな人事などあり得ないのだが……伯爵家には家政を仕切る女主人が不在なことと伯爵である俺がポンコツだったことでこんなお粗末な結果になった。
下品ママが連れてきた使用人たちが、力尽くで他の使用人たちを追い出してしまったことで、ベンジャミンたちは泣く泣く下働きをしながら、伯爵家の正統な血筋であるシャーロットちゃんを守ってきたのだ。
つまり……俺が原因?
「そ、それは、知らないこと……いやいや記憶にないことだが、すまんかった」
ペコリと頭を下げているつもりだが、首の肉に埋もれてしまいほとんど動いていないだろう。
本人は、この体勢だと気道が詰まって苦しいんだけどね。
「まあ、ここで旦那様の意識が面白いことになったのは、僥倖だったかもしれません」
面白いことって……本人にとっては大事よ?
「どうすんだよ。下品ママとニセ……ゴホンゴホン。あの連れ子と使用人たちを追い出す策はあるのか? あ、ついでにニヤけ野郎とシャーロットちゃんの婚約破棄ね」
人任せかもしれないが、こっちの知識どころか自分のこともよくわからんのだから、できる執事だったベンジャミンにまるっとお任せだ!
「……とにかく、旦那様と私たちが接点を持ったことは悟られないようにしましょう」
「わかった。だが、ことを成すまでの間、連絡手段がないのは困る」
追い出しアーンド婚約破棄作戦の相談もしたいが、白豚伯爵の中に入ってしまった自分がボロを出さないためにも、フォロー要員は必要なのですが。
「普段はディーンを側に付けます。旦那様はこれからお食事は自室かここ、執務室でお取りください」
「いや、俺の世話とかはあの陰険執事がやるんじゃないの?」
あんなに偉そうなのに、あいつは仕事してんのか?
「陰険執事……あやつはコーディといいます。主に奥様となにやら悪事に勤しんでいますな」
「あー」
もしかして、そういう関係なのかな?
それって、あのニセ乳ちゃんの父親ってそのコーディって奴じゃないの?
俺の疑問にベンジャミンは苦々しい顔で頷いた。
「その他はこちらのメイド、マリーとメイがお世話します。私宛の伝言やメモなどをお渡しください」
ベンジャミンの言葉に二人のメイドが深々と頭を下げたけど、その前に「チッ」って舌打ちしたよね?
「でも他の使用人がウロウロしているときに俺と接触すると、バレない?」
俺専用のメイドとか従僕とかいるでしょ?
「……旦那様は人を遠ざけていましたので、専用の使用人はおりません。朝の身支度も入浴もお一人でなさっておいでです」
「……」
それって、デブだから嫌がられているわけじゃないよね?
いやいや、元日本人成人男子だから、風呂は一人でいいけどさ。
「……わかった。しかし、自分の生活も一新したいんだが、それも追い出すまでは変えないほうがいいか?」
俺の問いかけにベンジャミンは厳しい顔で頷いた。
う~む、ダイエットしたかったがしょうがない。
俺は食後、ベンジャミンの指導の元書き上げた手紙を彼に預けた。
この手紙が無事に届き、助力を得られたら、オールポート家の大掃除の始まりだ!
俺はベンジャミンたちと別れ、ディーンに案内してもらい自室に戻る。
だって、自分の部屋がどこにあるか知らないんだもーん。
「ところで、ディーン」
「なんですか?」
ベンジャミンの息子だというディーンは、ベンジャミンたちとは違い使用人らしくお仕着せを着て、髪を後ろに撫でつけていた。
しかし、どこかチャラさが漂う掴みどころのない男だ。
「俺が書いた手紙の宛先、ハーディング家って、俺とどんな関係?」
「……っ」
お、お前も舌打ちした? いま、舌打ちした? 俺、主人だぞ?
「ハーディング家は侯爵家で隣の領地です。そして……旦那様のご実家ですよ」
「へー」
隣の領地は侯爵家なんだ。伯爵家よりは上だな。
そして、俺の実家。
実家?
「へ? 俺の実家? 俺が書いた手紙って家族へ書いたものだったの?」
そのわりには、めちゃくちゃ他人行儀な、言い回しは古臭いけれども仕事で書きなれたビジネスレターでしたけど?
ディーンは、重厚な扉の前でピタリと足を止めると俺を扉の前へと誘導する。
「な、なんだよ」
「ここが旦那様のお部屋です。それではおやすみなさい」
ニッコリ笑ったディーンは扉を開けると、乱暴に俺を部屋へと押しこんだ。
「わわっ」
こんな重い体でバランスが取れるわけがない。たたらを踏んでなんとか体を真っ直ぐに立て直したときには、部屋の扉は閉められていた。




