伯爵、ティータイムする
小型の馬車が通れる道幅のある人通りの少ない道を走っていたのが幸いだったのか、脱輪した馬車で怪我人や巻き込み事故がなかったのはよかった。
ただこの事故には、俺の体重で車輪に負荷がかかったのは確かだが、他にも理由があったみたいだ。
「大通りからやや外れていますから、道が悪いのもありますね」
ディーンが馬を宥めてから、馬車の破損状況を確認している。
大通りから外れている道だから、石畳も崩れている箇所が多くガタガタしていた。
「そもそも、こちらの馬車は長いこと使っていませんでしたから、車軸が朽ちていたかも……」
ベンジャミンの言葉に俺はギョッとして、奴の顔を見る。
この馬車で町へ行こうって言い出したのお前だったよな?
「こちらは女性や子どもがよく使う馬車です。結婚前のお嬢様が使っていました」
「あー……そう」
俺への狂愛の末、白豚化した夫に失望した奥さんがね……。呪われてないよな? いやだよ、この馬車の壁紙の下に俺の絵姿が隠れているとか、ストーカーみたいな仕様だったりしないよね?
「ああ、セシル様。ただの脱輪みたいです。車軸は無事なので嵌めれば動かせます」
「よかった」
車輪が俺の重みでひしゃげていたり、破損していたら、別の馬車を調達しないといけないところだった。
脱輪した馬車の修理は護衛の騎士たちに任せ、俺とベンジャミンはどこかで時間を潰そうとなった。
俺が馬車の中に居座ったら、重くて車体がビクともしないもんね。
「しかし……時間を潰すにも店がひとつもないな?」
ちょっとジメジメとした石畳に壁も薄汚れていて落書きもある。道端に捨ててあるゴミとか、なんとなく匂う気もしてきた。
「あそこ、セシル様、あそこにあるの、茶店ですかね?」
ディーンが指さした場所には、コロンとした形のかわいいランプが掲げられ、ほんのりと温かい灯りが漏れていた。
「セシル様はここでお待ちください」
ベンジャミンが年齢を感じさせない足さばきでスタスタとその場所へと消えていった……と思ったら速行で戻ってきた。
「セシル様。お茶と菓子を提供する店でした。客はいないので貸し切りにしてきました」
「うわぉぅ」
さすが貴族! 白豚でも伯爵! 店に迷惑かけんなよなぁと思いつつも、そろそろ座りたい脆弱な俺。
ベンジャミンと護衛を一人連れてその店へと足を向けた。
小さい店……いや、狭いな?
奥が厨房としても、テイクアウト用の菓子置き場と二人用の席が三つでいっぱいだ。
つまり……俺らが店に入るともうぎちぎち。
間違いなく営業妨害だと思うから、たくさん注文して今日の売上に響かないようにしよう。
伯爵でも中身は前世の社畜、メンタル弱々なサラリーマンなので。
「あ、あのっ」
どれ注文しようかな? と椅子に座ってメニューを確認しようとした俺に、店の店主らしき男が声をかけてきた。
ベンジャミンと護衛がスチャッと動くが、俺はそれを制止する。
「いいよ、いいよ。なんだ?」
「あのっ……、もしよろしかったら、し、新作のお菓子はどうですかっ!」
貴族相手に緊張しているのか、耳にキーンとくる大声で商品アピールしてきた。
うんうん、俺の後輩にもいたよ。緊張して声を張り上げるおバカさん。いやぁ、懐かしいね。
ついつい、絆されちまう。
「ああ、じゃあそれを頼む。あと紅茶とな。ベンジャミンとお前も何か頼め。あと、すまないが馬車が難儀しててな。あっちで作業している者たちにも茶をお願いしたいのだが?」
ディーンたちにもお茶と何か摘まめる菓子があったら頼みたい。
店主は緊張が天元突破しているのか、ブンブンと勢いよく頭を縦に振ると、あたふたと奥へ引っ込んでいった。
「……大丈夫か、あいつ?」
菓子の出来よりも、店主の精神状態を怪しんでいると、奥から慌てて小柄な女の人がまろび出てきた。
彼女の白いエプロンが眩しい。
「あのっ、すみません。あの人、初めてのお客様に緊張して……。それで紅茶と新作のお菓子と……他にご注文は?」
「は……初めて?」
俺は店内をグルリと見回した。かなり年季が入った店だと思ったけど……オープンしたての店なのか?
「ええ、店は半年前にオープンしたんですけど……お客様が来なくて。場所も悪いし店も古いし……でも、ここの場所ぐらいじゃないと店を持つのも難しくて」
それでも、王都で店をやっている、というのはステータスなのだろう。客が来ないのは大問題だけど。
ベンジャミンは少し考えたあと、紅茶数種類とクッキー、パンケーキを注文していた。自分用に……自分用?
「それと、外の者たちには茶とクッキーを。甘いものが苦手な場合は……。ふむ、じゃあそのお勧めのクッキーをお願いします。こちらにも同じものを」
おいおいおい。ベンジャミン! お前、どんだけ食うつもりだ? 俺と一緒であちこち味見していたよね? 俺でさえ腹はいっぱいなんだぞ?
しかし、ベンジャミンは難しい顔で黙り込み、俺のお喋りの相手もしてくれなかった。
いいよ、ハーディング侯爵家から借りている護衛くんとお話しているから!
その護衛くんとも会話が弾まないまま、女性の店員が俺が頼んだ紅茶とお勧めの新作菓子を持ってきた。
「こ……こちらが新作の菓子です」
「こ、こここここ、これは!」
ゴクリ……。
これって……プリンじゃね?




