伯爵、スカウトする
兄であるハーディング侯爵との会談の翌日、俺は騎士たちが訓練している周りをトコトコと歩いていた。
ウォーキングです。トコトコレベルのスピードだけど、白豚にはツライから、修行だから!
しかし、無心……は無理だから、考え事をしながら歩きます。
いや、鍛えられた体で剣を交わす騎士たちを見て、やさぐれているわけではない。
ちっ、あいつら、羨ましいな。俺だって前世の体だったら剣は無理でも体術で投げ飛ばすことはできたのに。
いかんいかん、俺には考えることがいっぱいあるのだから。
悲しく苦しい白豚の過去は、幸いにも俺という異世界産の魂のおかげでまるっと無くなったから、領地運営に集中しよう。
王宮で開かれる夜会は苦行だが、兄上のフォローに期待する。
「店か……」
ケイシーさんの希望では、平民が利用できるレストランやカフェ。あとはちょっとお高めなレストランがほしい。
普段使いと何かのお祝いとかに使いたいってことで、差別化をしたいらしい。
俺としても服飾関係は西側領地の工場と併せて考えたから、当面は飲食店かな?
「ふひー、ふひー」
ようやく目的の周回を終えて、タオルで汗を拭き拭きしながら屋敷の中へと戻る。
「セシル様。王都で目ぼしい店のリストを作っておきましたよ」
「マジか! 仕事が早いな、ディーン」
水浴びのため服を脱いでる途中で受け取った数枚のリストに、サアーッと目を通す。
王都でも貴族や裕福な商人を相手にしている店ではなく、大衆食堂のような店ばかりがリストには並んでいるそうな。
「……俺の感覚だと、肉体労働者用の量が多くて安い店……じゃないか?」
「そうですよ」
水浴びのあと、再び着替えて朝食を取るため食堂へ歩きながら、ディーンからリストの店を説明してもらう。
「そういう店は領都にもあると思うんだよなぁ」
客層が被るとさ、競争になっちゃうでしょ? 食べる人は競争により安くなったりサービスが増えたりとメリットがあるけどなぁ……。
「俺はさ、今、頑張っている店を潰したくないんだよ。王都から来た人が店を出したってなったら、その店に客は集中するだろう? そういう競争が起きるのは、領地の財政を立て直して領民たちに余裕ができてからにしたい」
伯爵自ら連れて来た人が開いた店が原因で、領民が営んでいた店が潰れたら、オールポート伯爵家が恨まれるでしょ?
シャーロットちゃんにヘイトが集中したらどうすんだよっ。
「……どうします?」
「リストにある人にも会いたいし、他に気になる店があるかもしれないから、しばらくは王都の店を見て回る」
「……大丈夫ですか?」
「ん?」
なんだよ。無駄遣いだと言いたいのか? しょうがないだろう? 実際に食べてみないと店の良し悪しはわからん。
俺の「気」を見る能力があれば、店主や雇おうとする人物の人となりはわかるから、あとは味だろう。
「いや……セシル様、そんなに長い間、動いてられないですよね?」
あと、そんなに食べたらまた太りますよ、って言われた。
うがーっ! そうだよ、俺ってばダイエット中だったじゃないかーっ!
ベンジャミンに諸々を相談し、早速、料理人をスカウトするため馬車を出し町へと繰り出してきました。
いつもの馬車よりも小回りが利くように少し小さめの車体で、なるべく移動は馬車でできるようにって。
「味見は舌に自信がある者に任せ、その中で秀逸なものをセシル様に召しあがってもらいます」
「はい」
俺は対面に座っているベンジャミンにコクリと頷いてみせた。
俺、自分で食べて決める気マンマンだったけど、そんなに食道楽だったわけじゃないから、食べても味の良し悪しがわからんかもしれないって気づいたわ。ワハハ。
馭者席にはディーンが座り、リストに載っている店を効率よく回れるよう手配している。
「そもそも、領都クレモナにある店と同一の店は除外されるんですよね?」
「ああ、うん。もちろん同じコンセプトの店でも名物があったりするなら検討はするよ。その名物だけを提供する店にしてもらえれば、他店との軋轢も少ないだろうからね」
領都クレモナのメインストリートを賑やかに彩りたい気持ちはあるが、やはり元々営んでいた領民の店は保護したいので。
このときの俺はスカウトを簡単に考えていた。
ディーンが見つけてきた店はそこそこの数はあったし、伯爵自ら勧誘すれば二つ返事で乗っかる料理人がいると自惚れていたのだ。
ガラガラ。馬車の音が虚しく聞こえる。
「まさか……全滅だなんて……」
俺は馬車の狭い室内で頭を抱えている。ついでに味見で食べた料理の数々で腹も膨れている。
「……思ったよりクレモナにある店と同タイプの店が多かったことと、量や安さを重視して味がイマイチな店もありました。……誘いに頷かない料理人もおりましたし」
「……俺、ちょっとショックです」
確かに、俺たちの舌が納得した店も少なかったけど、それでも何店舗かあったんだよ?
なのに、「オールポート領地に来て店を出してくれ」と依頼して、すげなく断られた。
「王都で店を出していることが、料理人たちのプライド、ステータスだなんて……。俺は失念していたよ……」
そうだよな……一等地に店を持ったのに、なんで都落ちしなきゃならんのだよ。
かと言って、前世のように暖簾分けとかフランチャイズとか浸透してないから、店の名前だけ貸すのは言語道断って誤解されるし……。
俺の沈む気持ちとシンクロするように、ガラガラと音を立てていた車輪の音が、ゴトゴトとなりガッタンガッタンとなり、終いにはグワッタングワッタンタンと……いや、音がおかしいだろう?
「うわーっ!」
ガッッッタンと大きく揺れた後、馭者席でディーンが馬を止める声が響く。
「セシル様、大丈夫ですか?」
「いててっ。ああ、大丈夫」
この脂肪は自前のエアーバッグなので。
何事なのかとキョロキョロと見回すと、馬車の窓から護衛騎士の一人が情けない顔を見せた。
「セシル様、申し訳ありません。脱輪しました」
あー……うん、俺のせいですよね? すみません。




