伯爵、白豚の理由
白豚こと俺の母親が息子を溺愛するフリで自己愛に溢れた毒親で、ヤバい系ストーカーの自称婚約者にクスリを盛られ、既成事実と妊娠をたてに結婚を強要されていたことがわかった。
もう、母親からの異常行動だけで幼少の俺が歪みまくりそうだが、その母からガン無視されたもう一人の被害者である兄の証言では、セシル君は心優しい少年だったらしい。
「私が母に相手にされず落ち込んでいると、背伸びして頭を撫でてくれたり、誕生日に母からプレゼントを貰えない私に花を摘んでくれたり……。本当に愛らしくてかわいい弟だったのだ」
すみません……その天使なセシル君は成長して麗しい大天使になる道を逸れ、立派な白豚になり中味も異世界産の魂が混じってます。
「それなのに、あの人は死んでも私たちを苦しめる。オールポート伯爵令嬢も……大胆なことをされたのは、ハーディング侯爵夫人その人がその行為を許していたからだろう」
クッと「苦悩してます」と眉を寄せる兄の姿に、俺は中間管理職の悲哀を感じた。
大丈夫だろうか? ハゲない? あー、前世の会社の部長、ちゃんと治療しているかな?
「女の執念って怖いな。俺が婚約断ってんのに、挙式用の教会建てるって……」
俺の言葉にベンジャミンが小さな声で謝罪を返す。
いや~、ベンジャミンだって、当主がバカなことをするのを止めようとして、実の父親に地下牢に閉じ込められたんでしょ?
じゃあ、責められないよ。
ちなみに、恋する暴走列車なルチア・オールポートの暴挙に加担した使用人は、俺との結婚後、時間をかけて解雇していった。
元々、先代から仕えている使用人で高齢者が多く、放っておいても退職しただろうけど……ベンジャミンたちが許さなかった。
今いるオールポート伯爵家の使用人は、反対していた者や知らなかった者、その後に雇われた者らしい。
ちゃんとベンジャミンは、俺への償いを形で行っているんだ。
「……結婚無効、いや白紙にできないだろうか? セシルは嵌められたわけだし」
「それは……母親が一枚嚙んでいるしなぁ」
俺は被害者だと言い切れるが、結婚は完全に家同士の契約のこの世界のこの時代。
母親がそもそもの元凶なら、結婚をなかったことにはできないでしょう。
「だが、父は反対していた。母が無理やり婚約届を出しても受領しないよう、教会には働きかけていた」
シャーロットちゃんのときに教えてもらったけど、婚約や結婚って教会が認めないとダメだから、ハーディング侯爵家がオールポート伯爵家との縁組みを拒否していたとなると、遡って結婚を無効にできるかも?
「……いえ、セシル様とルチア様との結婚は、正式に教会の許可を得ています」
「そうなの?」
「ハーディング侯爵前夫人が問題を起こした司教を見つけ出し、正式に教会から放逐される前に婚姻届に署名させました」
あー……ギリギリ司教の地位にいたときに処理した案件だから有効ってやつ?
母ちゃんはかなり金を積んだんだろうなぁ。だって、そいつ神職に就いているのに、なんらかの悪事を働いて教会から追い出されたんだろう?
もう、マトモな職に就けないじゃん。報酬はその将来分の生活費に相当する額だろうな。
母上は司教の弱みにつけこんで、本来ならOUTの婚姻を認めさせちゃったってこと。
兄上はチベスナ顔で固まっている。
うんうん、悪いことをする奴らは用意周到に準備をするんです。
え? コーディたちは穴だらけだった? あいつらは小悪党だもん。
「まあ、今さらだよ。記憶がないからそう思うのかもしれないけど、シャーロットちゃんのこともあるしね。俺はオールポート伯爵領を豊かな領地にしてシャーロットちゃんに渡してあげたいんだ。なのに、結婚無効にして、オールポート家から、はい、さよならって出て行けないよ」
生まれる前だったり、赤ン坊のころなら白豚は逃げ出していたかもしれないが、最近ようやく笑ってくれるようになったシャーロットちゃんを捨てるようなことはできない。
あの子は守られるべき少女で、愛されるべき子どもなのだから。
「しかし、それほどまでに手に入れたかったセシルが、こんなに変わるとは奥さんも思ってなかっただろうね」
笑い話にすべく、俺はせり出た腹をポンッと叩いて、おどけて言ってみた。
「それが……そのぅ」
ベンジャミンがものすごく言いにくそうに口をもごもごさせた。
「毎日毎晩ルチア様に迫られたセシル様が、ある日から大層な量の食事を召し上がるようなって……少しふくよかになられると、ルチア様からのアプローチがなくなり……ですので、その体形は……」
「オウッ、まさかの妻避け? 俺……奥さんに迫られるのがイヤで白豚に?」
セシル……お前、どんだけイヤだったんだよ……。
「しかし……もう、奥さんはいないし、この体は動きにくいし健康にも悪いから、痩せる。俺は痩せるから!」
いまから大天使は無理でも人間になりたいんだよーっ。
出会って早々、ヘビーな話だったが、セシルの悲運な運命にいたく同情した、いや罪悪感を抱えた兄上様は、弟が強請るままにあれやこれやと協力を約束して帰っていった。
「本当にいいのかな?」
当初予定していた西側領地の開発への資金及び技術援助、シャーロットちゃんの教育に関する協力、オールポート領に招致したい店への紹介状や斡旋、数日後に行われる夜会での俺のフォロー……ちょっと厚かましかったか?
「ハーディング侯爵様はパートナー様とご婚約されるとき、周りから強く反対されたと聞きます。そのとき、セシル様だけが賛成し、ハーディング前侯爵をはじめとしてご家族の方たちを説得されたとか。その恩返しもあるのでは?」
「俺には記憶がないからねー」
それに、家族が幸せになるのに協力するのは、当たり前でしょ。




