伯爵、母を嫌悪する
衝撃な事実がてんこ盛りでブヒーブヒーと呼吸を荒げていたら、対面に座っていた兄の様子がおかしくなった。
「大丈夫か、セシル? お前はあまり体が丈夫ではないのだから、無理をしてはいけない。医者を呼ぶか?」
そんなに大事にしなくていい。白豚は多少呼吸が荒くなることがあるだけだ。
俺は兄の申し出に首を横に振り、ゆっくりと冷めた紅茶を飲んだ。
「そ、それより続きを」
兄の話が終われば、今度はベンジャミンによるオールポート家の罪の告白が始まるんだから。
「そうか。では、続きを話そう」
母親による差別養育をされていたはずの兄は、弟に甘いつーか過保護なのか? いい奴だな、兄上。
母の俺への溺愛は異常だった。自分とよく似た息子をかわいがるナルシストの究極系だよな。
侯爵家当主である父の忠告も無視し、兄には言葉ひとつ視線さえも与えず、ただひたすら俺をかわいがった。
父は母に期待することを諦め、決して領地から外に出そうともせず、社交に参加することも許さなかった。
いずれ侯爵家を継ぐ兄に傷をつけまいとしたのだろう。兄も乳母や家庭教師、優しい使用人たちに囲まれてスクスクと育った。
ただ、父と兄が住むタウンハウスは守れたが、母が暮らす領地の屋敷は母に毒されていった。
ちなみに俺はタウンハウスで過ごしていたが、時おり母が狂気に塗れ俺を求めて暴れ出すので、苦渋の選択として領地に年に二回ほど帰っていた。
「それが間違いだった」
領地が隣同士のオールポート伯爵家との交流だ。
父も母がオールポート伯爵家と懇意にしていることは知っていたが、派閥も違うしオールポート伯爵は大人しい家族仲のよい好人物だったので、母との交流は見逃していた。
まさか、そこの一人娘とセシルとの婚約を強引に結ぼうと画策しているなど、思いもしなかった。
理由は簡単、愛していない息子が豊かな領地を持つハーディング侯爵家を継ぐのに、自分が愛している息子のセシルには継ぐ爵位がなかったから。
伯爵という爵位には不満があったが、オールポート伯爵領地は問題もなくそこそこ裕福だった。
しかも、そこの一人娘は自分とよく似たセシルを神様への信仰のように盲愛していたから。
「……そ、それは……ヤバい子なのでは?」
へ? 俺と婚約もどきをしたのが十三歳で、会ったのはもう少し前だよな?
そんな小さいころから、俺を愛しちゃってるのはマズいよ。こう、粘着質なドロドロした、危ない人の匂いがします。
前の世界での「大きくなったらぼくたち結婚しよーねー」のレベルを大きく超えた何かを感じる。
ヤバい子発言に正面に座る兄が気まずそうに頷くのはともかく、なんで元々オールポート伯爵家の使用人であるベンジャミンたちまで頷いてんだよ。
俺の奥さん……怖いんだけど……なんで、俺ってばその子と結婚しちゃったの?
「そうなんだ……。父は反対していたし、正直俺も反対だった。オールポート伯爵令嬢、ルチア嬢はその……母と同じタイプの人間に見えたしな」
「ひえええっ」
「セシルもハッキリと嫌っていた。十歳になると、どんなに母がせがんでも領地には帰らなかったし、子供同士のお茶会にも参加しなかった。そのまま人付き合いをせず王都の学園に入ったぐらいだ」
……俺、健常なる精神の成長に阻害が出てるじゃん! 人間不信の女性嫌いになってんじゃん!
ほんと、よく結婚したなぁ、俺。何か弱みでも握られてたの?
「その……ルチア様との結婚の顛末は、私が説明いたします」
もう、顔真っ青のベンジャミンが瀕死の状態なんですけど……どうしたの?
立派に領地を富ませ領民からの信頼も厚い侯爵家当主である父と、剣術も得意で戦術にも詳しく、それでいて外国語も堪能で商才もある美丈夫な兄、母は自分大好きな自己中勘違い女で常識が通じない人、そしてその母に溺愛して育てられた天使から白豚に謎のモデルチェンジをした俺。
もう、幼少のころからの環境がエグいんですが……。
父と兄が人格者じゃなかったら俺は詰んでいたのでは?
亡くなった奥さん、オールポート伯爵令嬢は恐ろしいことに幼少から俺を狂愛していて、母と同類の人。
当然、母が嫌いな俺は彼女のことも大嫌いだったのに、結婚してシャーロットちゃんが誕生している。
どうして?
「それは……お嬢様がセシル様を騙して策にはめたからです」
ベンジャミンの言葉に俺と兄は呆然。
「実は……ルチア様はどうしてもセシル様と結婚したいと願っていました。先代のオールポート伯爵夫妻は一人娘のルチア様に甘く……当時の執事長である私の父も協力していまして……」
俺の母はオールポート伯爵家との婚約にノリノリだったが、父であるハーディング侯爵は許さなかった。
そこで、強行突破である。婚約を飛ばして結婚させてしまえと恐ろしく愚かな行動にでる。
「……なんと申しましょうか、セシル様が学園を卒業される年、成人を迎えてすぐのことでした」
オールポート伯爵夫妻が旅行先で事故にあい、亡くなってしまったのだ。




