伯爵、兄を迎える
朝、目が覚めてメイドがカーテンを開けると眩しい日差しが部屋を満たす。もう一人のメイドは軽やかな動きで俺の巨体を起こし顔を洗う盥を用意する。
ヒラヒラとメイドたちのスカートの裾がひらめき、髭……はないから髪を整えベッドテーブルをセッティングし、アーリーティーと新聞がそっと載せられる。
なに、この待遇?
怖いんだけど? 本拠地である領地でもこんな待遇されたことないんだけど?
それよりも白豚の身支度にメイドがわらわらと来ること自体が驚きなんだけど?
はっ! ディーン? ディーンはどこにいった、あの野郎。サボってやがるな。
「セシル様。……なんですかその顔は」
「ちっ。今頃来たのかディーン。お前、寝坊でもしたのか? メイドさんたちが至れり尽くせりで朝の支度をしてくれたぞ、どうなってんだ?」
ズズーッと紅茶を飲み、バッサバサと新聞を広げて文句を言う。
「寝坊はしていませんよ。普通の貴族当主の朝の光景でしょ? セシル様がライラたちに嫌われているから領地では俺しか面倒をみるのがいないんです」
「……ノーマンもいるもん」
ちょっと、俺が貴族としてはあり得ない行動をすると逃亡するけど。
口を尖らしてみても白豚なのは健在なわけで、グイッと紅茶を飲み干し、今日もダイエットに励みましょうかね。
「じゃ、騎士たちの訓練に混ざってくるわ」
ポイポーイッと寝着を脱いで、領地からも持ってきた平民の野良着に着替える。
「……お共します」
ディーンが後ろからクスクス笑ってついてくる。
あれだよ、俺の「騎士の訓練」ってセリフにメイドさんたちが固まったからだよな。
騎士の訓練に交ざるけど、同じ訓練内容じゃないよ?
騎士たちがカンカンと模擬剣で激しく打ち合いしている周りを、トコトコとウォーキングするだけです。
ええ、ひたすら何周も歩くだけですよー。
ウォーキングで汗をかいたら風呂で流して着替えます。
執務室で書類仕事だから、俺としては野良着のままでいいんだけど、貴族様だからね、首と袖がヒラヒラした服に着替えるよ。
食堂に移動して朝食だけど……ちょっと寂しい。
だってシャーロットちゃんはいないし、周りにズラッと使用人たちが並んでいるけど、ご飯を食べるのは俺だけ。
ボッチ食です。
こっちの料理人でも、俺のダイエット食を作ってもらえるように領地の料理人ジャコモがメニュー表とレシピを作っておいてくれた。
野菜マシマシの朝食をシーンとした食堂でもしゃもしゃ食べる。よく噛まないとな。
その後は仕事……なんでこんなに書類が溜まっているの?
「タウンハウスにはタウンハウスの仕事がありますので」
ヴァスコにピシャリと言われてうんざりした気持ちで書類を手に取る。
もちろん、にわか伯爵様の俺にタウンハウスの仕事が理解ができるわけはないので、右にヴァスコ、左にベンジャミンという布陣で仕事を叩きこまれる。
ひーん、馬の飼葉の購入先なんてどこでもいいだろう? へ? 金額が違う? じゃあ、安いほう? ええ? 馬はこっちが好きだって?
「はあああっ。もう頭がパンクする」
タウンハウスの仕事は細かい内容が多すぎた。
「お茶にしますか?」
「……いや、気分転換にゴーロゴロ運動する」
初めて俺のダイエット運動を目撃したヴァスコは、その日の夜、ベンジャミンとの晩酌にしみじみと呟いた。
「長く生きていると面白いことに遭遇するものです。まだまだ職を辞するわけにはいきませんね」
そうだね。俺の次、シャーロットちゃんが立派な女伯爵様になるまで元気でいてよ。
そして、とうとうやってきました、ハーディング侯爵様がご来訪!
記憶にない兄との対面!
大丈夫かな? 俺ってば、やらかさないかな?
ドキドキする胸を押さえつつ、タウンハウスのエントランスでその人を待つ。
そうそう、白豚の脂肪が減ったようには見えないが、僅かな変化として一日に二回か三回なら階段の昇り降りができるようになりました。
だから、今日はエントランスで兄ちゃんをお迎えして、そのまま一階の応接室へご案内できるのだ。
ふふふ、白豚もちゃんとレベルアップしているのだよ。
ガラガラと馬車の音が遠くから聞こえる。
「来たか!」
キラリンと目を光らせると、ディーンのとぼけた声が降ってくる。
「何をしようと思ってるのですか? お会いするのは兄上様ですよ? そんなに気合を入れなくても」
「いいや、入れるだろう、気合。兄と交渉して、しっかりと援助してもらって、もらうものはもらわんと」
金も工場を建てる技術も貴族との橋渡しという人脈も……ああ、あれもこれもと強請りたいものでいっぱいだ!
「酷い弟ですね。追いはぎみたいですよ」
「うるさいっ。利用できるものは親でも利用するのだ」
そんなにキレイ事言っている余裕はオールポート伯爵家にはないんだよ。
しかし、俺とディーンがかなり際どい会話をしていても、ベンジャミンもヴァスコも注意してくることはなかった。
なぜか二人とも、俺よりも緊張した面持ちでハーディング侯爵様が乗っている馬車を見つめていたのだ。




