伯爵、尋問を受ける
ヴァスコ……オールポート伯爵家タウンハウスの執事。昔から一族で代々仕えているベンジャミンとは違って、この男は先々代に拾われてオールポート伯爵家で働くようになったという。
目端がきき能力も高く、実は腕っぷしも強くていざとなったときの護衛も兼ねるつーことで重用され、ベンジャミンと共にオールポート伯爵家を支える双璧となった。
ヴァスコとしては、年齢は上だがベンジャミンのことを上司として立てて、一歩引いた態度を崩さないとか。
今はめっちゃこの場の指揮権握っているけどな。
俺は記憶を失ってから今までのこと、時折りヴァスコの鋭い質問に答えつつ、正直に話しましたとも。
とにかく、俺はセシル・オールポートであり、今回春の社交シーズンに王都を訪れたのは、今までサボっていた分の貴族とのお付き合いの再開と、兄であるハーディング侯爵にご協力感謝の挨拶兼掛かった費用の確認兼これからもよろしくねというおねだりを交渉しなければならない。
あとそれと、オールポート伯爵領を富ませるために、王都で人材をスカウトしなきゃならんし、それら諸々の相談をしたいのだ。
「……ハーディング侯爵様がお見えになることはお聞きしています。そのための準備は万端ですが、あとでベンジャミン殿、ご確認を」
「ええ、もちろんです」
「……はあーっ。領地でご主人様が活発に動いていると情報が入り半信半疑でしたが、まさか記憶がないなんて」
ヴァスコはため息を吐くと俺へ憐みの視線を投げてよこした。
うむ、セシルとしての記憶はないが、前世サラリーマンとして生きていた魂の記憶ならある!
「もうそれは、こういうものだと飲み込んでもらって。なあ、ヴァスコ。王都で店を出したいけど出せない腕のいい商人とか料理人とか知らないか?」
ケイシーさんが作ったリストだと空き店舗の数が、飲食店が五つと小売店が三つ、宿屋が三つあるらしい。
今回は飲食店を中心に人材をスカウトしたい。
小売店は、いずれ製糸工事が稼働したら、裁縫関係や衣服、雑貨店などにしたいと思っている。
宿屋はそのままで、町民がやりたいって志願するかもしれないしな。わざわざ王都から人を呼ばなくてもいいだろう。
「王都で店を開くとなると資金とは別にある程度名前がなければなりません。店主や職人、料理人の名前が知られていなければ成功は難しいからです。せめて誰々の弟子など、有名どころの売り文句がなければ、店など持てません」
「あとは、市民たちの憩いの場所や労働者が好む食堂とか飲み屋か……」
前世でも一等地での商売には売れる名前と商品、それらを広める広告が大事だった。
「じゃあ、セシル様、腕はあるけど名前がなくて店が出せずに一生飼い殺し状態の奴らを見つければいいのでは?」
いつの間にか戻ってきていたディーンがニヤニヤと笑って口を挟んでくる。
「……ディーン。ベンジャミン殿、ディーンの教育はどうなっているのてすか?」
ディーンが俺が考えているのとまったく同じことを口にしたが、その口調がいけなかったのかヴァスコの眉が寄った。
「もうこいつのことは諦めました。能力はあるのですが、この気質は変わりません。ノーマンが表の執事として次代は頑張ってくれるでしょう」
ベンジャミンは悟り顔でヴァスコに告げると、二人で重い息を吐き出していた。
でもやっぱりディーンの態度に苦虫百匹噛み潰した顔のヴァスコは、王都での人材探しの仕事を奴に押し付けていた。
ま、俺もディーンが適任かな? と思っている。
別に敷居の高いプライドでガチガチに固めた店を出店したいわけじゃない、住んでいる民も訪れる旅客も、みんなが必要で愛してくれる店を出したいんだ。
そのためには、「気」で人柄を確認したあと、オールポート伯爵家のバックアップを得て、空き店舗を改装し、速やかに開店してほしい。
次の社交シーズンである秋には、空き店舗なしの状態で下位貴族の皆様をおもてなししたい。
「では、次にハーディング侯爵様へのご対応ですが」
「ん? 別に構わないだろう。俺の兄だし」
兄ちゃんが弟の家に来て世間話をするだけだ。ついでに弟のおねだりに応えてもらう。
一番のおねだりは、領地の西側に展開しようとしている工場だよな……。植物はラスキン博士に任せて栽培してもらうとして、工場を建てる伝手がない。
ハーディング侯爵領地と隣接しているし、投資つーか、兄弟価格で助けてくんねぇかな?
「……ハーディング侯爵様にたかるつもりですか?」
あ、ちょっとヴァスコの顔が引きつっている。
「ダメかな?」
だって、オールポート伯爵領の財政は青色吐息よ? 死んだ奥さんも適当だったみたいだし、その後はコーディたちが好き勝手やりまくったし。
ここで財政立て直さないとシャーロットちゃんが大変でしょう?
だからって倹約してもねぇ……一時しのぎだし。
倹約しつつも次の産業の目途は立てておかないと。
「私の意見です。無視しても構いません。ハーディング侯爵様にはセシル様が記憶喪失のことはお話しするのですよね?」
俺とベンジャミンが頷く。さすがに幼少期の記憶は勘では誤魔化せないからね、正直に話します。
ここでヴァスコはベンジャミンをきつく睨んで一言。
「では、ハーディング侯爵様がいる場で、セシル様に犯したお嬢様の罪を告白しなさい」
「そ、それは!」
「いい機会です。セシル様と本当に主従の関係を築きたいならば、ここが最後のチャンスなのです」
「……」
へ? 俺への罪ってなに?




