領主、王都へ
もうすぐやってくる春の社交シーズンのメインイベントである王家主催の夜会前に、この白豚の実兄のハーディング侯爵と面会することにした。
ベンジャミンがうるさいから、ハーディング侯爵ではなく兄上と呼ぶことにする。
俺の中としては兄ちゃんと呼びたいが、お貴族様なのでね、お行儀よく兄上とお呼びしますよ。
やっと夜会に着ていく正装ができあがり、俺は執務室のソファーにぐでぇとだらしなく座っている。
「あー、疲れた。それにしても正装は新調してよかったのか? 生地がもったいない。普通の人の何倍使うんだよ」
ブチブチと文句を言っているが、全部自分の脂肪が悪い。うん、わかっている。
「流行りというものがあります」
ベンジャミンはサラリと俺を諭して、コポコポと温かい紅茶……の中にショウガのすりおろしを入れたジンジャティーを用意してくれた。
「本当は、クラークたちと一緒に領都のイベント作りがしたかったが、日程が厳しいからしょうがない」
フーフーと息を吹いてから、カップに口をつける。あちちち。
俺はこの体が旅の負担になるため、かなり緩やかなスケジュールを組んで王都へと向かう。
そして、オールポート伯爵領を通り王都へ向かう下位貴族たちは、無駄金は遣わんとギリギリな日程で王都へ行き、短い滞在を経て、脱兎のごとく領地に帰るらしい。
俺とは行きも帰りも会うことはないな……。
俺は王都に行って、兄上と会い、王家主催の夜会に参加して、その後知己を得たほうがいい貴族と会えたら会う。
でも本当の目的は、スッカスカになってしまった領都の商店街へ、店を開こうとする人を勧誘することだ。
一応、クラークの秘書のケイシーさんから「勧誘してほしい店」リストをもらった。
王都で人気を博している店の支店……は難しいんじゃね? 前の世界ならともかく、この異世界で支店って、フランチャイズの仕組みもないし。
まあ、当たって砕けますけど。
その他は、店のジャンルだね。飲食店が多いな。どっかのレストランにいる料理人見習いに甘言を囁けば、ホイホイとオールポート伯爵領に来るかな?
「ハーッ。もう少し理知的なお顔をしてください。とっても悪人の顔で笑っておいでです」
「あ、すまん」
ついね、ついつい。いい人が拉致できたらいいなぁって。
早いもので俺が白豚となって一カ月以上が過ぎた。
毎朝、起きると俺はあの世にいて、この白豚の意識が戻るかも? と思っていたが、やっぱりというか、当然というか、俺が白豚の体から分離することはなかった。
……俺が転生したのが白豚だったのだろう。
なんか、複雑。
でも、これで開き直っていろいろとできると切り換えることができた。
俺は白豚、セシル・オールポートなのだから、オールポート伯爵領の運営に遠慮せず口を出していくし、娘のシャーロットちゃんをかわいがる!
財政の立て直しと共に、オールポート伯爵家の使用人の雇用条件と労働環境を改善して、それをモデルケースとして、新しく興す製糸工場にも取り入れる。
一番大事なことは……白豚からの脱却だ!
どうしてこんなことをつらつらと考えているかというと、とうとう王都行きの日が来て、俺は一人で馬車に揺られているからだよ。
一人でヒマなんだよっ。
同行するベンジャミンは道中の様子をきちんと見ておきたいと御者席に座っているし、ディーンは馬で並走中。
俺に付いてくることになったメイドのメイは、不服そうな仏頂面で荷物を積んだ馬車に乗っている。
……メイドからのヘイトが晴れないっ。
屋敷にはノーマンとライラがいるし、シャーロットちゃんにはマリーが付いているから大丈夫だよね?
わざわざ手紙を書くほどの距離でも日程でもないから、王都にいる間はお互いのことがわからなくて不安だけど、お父さんは王都で頑張ってきます!
両手を握ってフンッと気合を入れたら、なんとなく俺の座っている側が重みで沈んだ気がした。
「今年のパーティーは珍しい方がいらっしゃるそうよ」
「あら、誰かしら?」
「うふふ。例のオールポート伯爵よ。奥様が亡くなってから王都に来られることもなかったけれど」
「噂では、領地でかなりの捕り物があったとか? ハーディング侯爵家の騎士が協力したとのことですけど、ご実家とは絶縁したのではなくて?」
「さあ……。ハーディング侯爵も代替わりしましたし、ご兄弟仲は悪くなかったのでは?」
「おい、聞いたか?」
「なんだよ?」
「セシルが王都に来るそうだぞ?」
「バカ! シー。その名前は出すなよ。副団長の機嫌が悪くなる。それに、あの悪魔が王都に来るなら辺境伯領に帰るって言われたらどうするんだよ?」
「まだ傷は癒えてないのか、副団長。そういえば、まだ独身だもんな……あんなにモテるのに」
「でも、そのセシルって奴、見たことがあるけど、ものすごく太ってたぜ? あの副団長がそんなに長いこと引きずるのかな?」
「レイフ」
「ああ、すまない。久しぶりに弟と会えると思うと浮かれてしまってね」
「ズルいなお前だけ。俺も是非に自慢の弟君と会いたかったのに」
「私たちが結婚できたのも、セシルのおかげだからね。それなのに……私は弟を守ってあげれなかった」
「落ち込むなよ。まだ間に合うさ。今度こそ、必ず弟を守ってやろう」
ガッタン!
「イテーッ」
馬車が石の上に乗りあがったのか、派手に跳ねて俺は馬車の天井に頭をぶつけ、浮き上がった体が落ちて尻を打った。
イテテテッ。
え? 幸先悪くない? 俺の王都行き大丈夫?
波乱万丈は遠慮します!




