白豚、見える
飴色が輝く立派な執務机に肘を付き、重たい脂肪の塊の頭を抱えること暫し。
とにかく、この問題は後回しにしよう!
婚約を破棄してあげた方が、あの震える小鹿のような少女の未来にとっては最上な策だと思うが、俺の知っている「婚約」とこの状況の「婚約」が同意なのかは未知数すぎる。
「あー……、婚約とは、家同士の問題でもある」
ここで、チャラ男くんの肩がピクンと反応する。
「当家だけの判断では難しい。俺の言いたいことは分かるね?」
いや、言ってる俺が分からんのだけど、ここは偉そうな顔でチャラ男くんをギロリと睨む。
「そ、それは……リトルトンの父にも同席を望んでらっしゃるのか?」
誰だよ? リトルトンって?
頭の中の?マークは大渋滞で、もうひとつも入らない状態だが、そんなことはおくびにも出さず、重々しく頷く俺。
「わ……わかりました。すぐに父を連れて改めてお伺いします。日にちは手紙でお知らせします」
ガックリと項垂れたチャラ男くんは、悲愴な顔つきでモニカという名のニセ乳ちゃんの剥き出しの肩をナデナデしてから、部屋を出て行った。
お! 苦し紛れの作戦が上手くいったかな?
「この話はしばらく保留だ」
「そんなー! パパ!わたくしとギデオン様の真実の愛はどうなってしまうの?」
両手で顔を覆って泣き出したニセ乳ちゃんだが……嘘泣きのレベルが低すぎる。
小悪魔の妹の「女の涙は武器!」に翻弄された俺に、その手は効かないのだよ。
「婚約破棄しないとは言っていない。手続きを踏むだけだ」
うん、あのバカと結婚したら、この美少女ちゃんが不幸になるからね。
ちゃんとバカ同士、ニセ乳ちゃんにあのチャラ男をあげるけど、俺もこの状況に対して何も有効な情報を持ってないから、何ひとつとして決定を下すことはしたくないんだよねぇ。
そして、俺の真意を知らずに婚約はできるのね! と早合点したニセ乳ちゃんが下品ママと手を取り合って喜びあう。
そろそろ……ひとりでゆっくりと物事を考えたいな……。
俺は、チラッと意地悪執事の顔を見て、全員この部屋から追い出すことにした。
「しばらく、ひとりで考えたい。お前たちこの部屋から出て行け。もうここには近寄るな」
ちょっと乱暴な言い方だったかなぁ……と不安になったが、下品ママとニセ乳ちゃんはいそいそと部屋から出て行った。
どうやら、お茶とお菓子を楽しみたいらしい。
そのふたりに付いて、キャバ嬢みたいなメイド服の姉ちゃんたちも退場。
「旦那様。晩餐は如何様に?」
「……ここで食べる。適当に運べ。あとはもういい。お前たちも今日は早く休め」
「はい。かしこまりました」
今日は時短勤務でいいよ、と言ったら覿面に上機嫌になったなこいつ……ま、いいけど。
退出前にササッとお茶を淹れていくところは、評価してやってもいい。
……淹れた茶の色がすげぇ濃いけどな……。
そして残された俺の娘…なのか?
彼女はどうしようとオロオロとしていて、もじもじとブラウスの袖を弄っている。
「……お前も部屋に戻りなさい」
ごめん……君の名前……分からないんだ。
彼女はペコリとお辞儀をすると、トボトボと部屋を出て行った。
ようやく、部屋にひとりになった俺は、深く息を吐いた後、小声で叫ぶ。
「なにが、どうなってんだよーっ!」
さて、現実逃避をするだけした後は、冷静に状況判断をしましょう。
まず、俺は死んだか意識不明の重体である。
14階の外階段から無造作にダイブしたら、フツー死ぬよね?
そして、ここはどこだ?
日本ではないだろう。
会った人間の髪の色と瞳の色がカラフルすぎる。
昨今の日本も、かなりグローバル化してきたが、黒髪黒眼が主流だし、染めた髪とかカラコンの瞳ってよく見たら分かる。
あいつらは天然色だった。
もうひとつの疑問は、俺は誰だ?
俺は俺じゃないようだ。
だってデブだし。
唯一、肌が見える手は、俺の姉妹が羨むほどの白さだけど。
美白なデブ……白豚か?
たぶん、髪の色も瞳の色も見慣れた黒じゃないんだろうな……。
部屋にいた奴らが全員、俺には丁寧に接していたということは、ある程度の権力持ちか?
うーむ、全く身に覚えがない。
あと……、あと……、これが一番、よく分からない自分の変化だよ。
俺……人の背中に特殊な色が見えるんです。
所謂……「気」ってやつではないでしょうか?
下品ママは、真っ黒に縁がケバケバしい金色で毒々しい赤色が所々に散っている。
ニセ乳ちゃんも似たような色持ちだが、赤色がネオンのようなどピンク色に変わっている。
チャラ男くんは、真っ黒じゃなくて濃い鼠色に、ビカビカした金の水玉模様。
キャバ嬢だがメイド喫茶だが分からん女はふたりとも、真っ黒に金と銀が散っていて足元は赤黒い色が炎のように揺らめいている。
陰険意地悪執事の男は、とにかく真っ黒。
でも、その黒が深い色だった。
深淵の闇でその奥の方に、嫌らしい金色がチラつくような。
見ていて気分が悪くなった。
あれだけでも、あいつらが悪人だと分かる状態だった。
俺、霊感とかこれっぽちも無かったんだけどなぁ。
あ、もう一人の娘、美少女ちゃんは温かい色、オレンジ色に縁が星の瞬きのような金色で飾られていた。
ちょっと気になるのは、薄いグレー色の小さい靄がチラチラと見えていたことかな?
「ふうっ。あれってその人の本質みたいなものか? 信じていいのか?」
うむうむ、と目を瞑り腕を組んで唸っていた俺の耳に、扉を叩く音が聞こえる。
「誰だ?」
「旦那様。お夕食をお持ちしました」
この異常事態でお腹は減ってないけど、この巨体で食欲が無いと言ったら疑われるかもしれないから、「入れ」と入室を許したよ。
「失礼します」
ワゴンを引いて入ってきたのは、粗末なシャツと黒いスラックスを穿いた中年の細身の男。
「!」
「こちらに並べてかまいませんか?……旦那様?」
「お前……。名前は?」
「は?」
あ、しまった。
使用人の名前を聞く俺って怪しいんじゃね?




