領主、構想をぶちかます
俺のお願いにラスキン博士は「うむ」と呟いて目を瞑った。
祈るように待つ時間がものすごく長く感じた。誰もが黙ってただラスキン博士を見つめる。
やがて、ゆっくりとラスキン博士の瞼が開くと、俺を真っ直ぐに見据えて協力を約束してくれた。
「ここは、言ってしまえば仕事にありつけずに税金が払えなく、役所の職員や衛兵たちから逃げてきた者たちが集まった集落です。主に30名ほど、幼い子どもも入れれば50名ほどが住んでいます」
「そんなに?」
「ですが、伯爵様が期待するような働き手はおりません。男は年寄りや怪我をして職を失った者。女も年寄りや旦那を亡くし一人で子を育てる者。働きたくとも働けない、なんとかその日を凌ぐことしかできない者たちです」
ラスキン博士がしょんぼりと眉を下げる。
ふむ……。肉体労働といえば肉体労働だが、その昔の製糸工場で働いていたのは女性だったし、この世界には魔道具なんて便利な物があるらしいし、大丈夫かな?
「俺が無知なので、とりあえず考えていることを話す。できそうかどうか考えてみてくれ」
ここで、俺はカイコを育て繭で糸を作り出すこと。その糸で布を織り販売することを説明する。
「ああ……川があるって言っていたな」
染色はどうだろうか?
元々、ラスキン博士は植物にも造詣が深いとのこと。染色に仕えそうな植物とか知っているかも?
ただ色を染めるのもいいけど、絞り染めとかもいいよね。あ、着物の絵付けみたいなことできないかな?
シャーロットちゃんが刺繍をしているのを見たことはあるし、ドレスとかも刺繍が施されているけど、絵付けした服って見たことない。
「シルクだけじゃあれだな……」
こうなったら糸。製糸関係、製布つーか生地関係を手広くできないかな?
そうしたら、ここら辺一帯に工場を建ててさ、従業員用の寮や社宅を建てれば、住む場所も提供できるし。
「でも……綿花はもっと熱帯の地域だったか?」
綿花みたいな植物がこっちの世界にないかな? あー、リネンも必要か……。
毛糸は……あれは羊とか動物の毛だもん。ここら辺で羊を飼うか?
「……ップ。ストーップです、セシル様。ラスキン博士が驚いて呼吸が止まってます!」
呼吸が止まってたら、死んじゃうじゃないか!
「止まっとらんわっ。クラーク!」
喝とクラークにラスキン博士の一発が入ったところで、コホンと咳払い。
「セシル様。とにかく一つずつ確認しましょう。あれですかな? この荒地に製糸、製布工場を建てて、ここの住人を優先的に雇ってもらえると?」
「そのつもりだ。子どもがいて働けない母親や父親も、託児所を作って子どもを預かれば問題ないだろう? 子どもの世話は年寄りに頼もうと思う」
前の世界にも、老人ホームに保育園が併設している場所があったはず。
「カイコが作る繭で糸を。あとは綿花とは? リネンとは?」
俺は前の世界にあった綿花の説明とリネン……麻はなぁ、栽培するのに問題があるからなぁ、亜麻を栽培してリネンを作ろう。
「ふむ。その綿花とか亜麻とかと似た植物に覚えがありますな。ちと調べてみましょう」
「頼む。で、カイコの繭はあるか?」
「ええ。たぶん一つか二つはあるでしょう。そちらも糸が撚れるかやってみましょう」
「うんうん、頼むよ。あ、助手が必要だよね? クラークを置いていこうか?」
ラスキン博士一人じゃ、実験と調べものといろいろ大変でしょう?
「ええーっ! 勘弁してくださいよ。私だって役所の仕事で毎日忙しいんですよーっ」
「ちっ。わかったよ。んん~、ラスキン博士、ここに住んでいる者で助手になりそうな人はいますか?」
賃金だすよ? もちろん、ラスキン博士にも出しますよ。
タダ働きはさせませんので、どうか協力できる者を選抜してもらって、ゆくゆくはここに工場を建てましょう!
「ああ、暇を持て余している奴らばっかりだ。仕事があれば喜ぶだろう」
「……。ベンジャミン。すまないが、ここら辺の住人の数を正確に調べてくれ。年齢、男女比、病気の有無。先行投資としてすぐに食料の配布と必要なら衣服も。特に薬は最優先で」
本当はさ、調べもしないのに施しちゃダメなんだよ。先に労働があっての報酬が正しいのさ。
こちらが甘い対応をしたら、ここで働きもしないで施しだけを享受する者が出てくるかもしれない。
「すまないな……」
でも、そんな非情な判断はできそうもないや。
「かしこまりました」
ベンジャミンはいつもの無表情で静かに受け入れてくれた。
ラスキン博士の家を出てから、綿花や亜麻を育てる場所や川の位置からの工場を建てる場所をおおよそだか見て回り、その日の視察を終えた。
これから俺は春の社交の季節に合わせて王都行きの準備をしなきゃならないから、ラスキン博士との連絡はクラークがトップの役所に一任する。
本格的に動くには、ラスキン博士の繭実験と植物の選定が終わってからだ。
俺はラスキン博士と握手をして馬車に乗り込んだ。
「ふいーっ」
つ、疲れたけど……ちょっと気分がいい。
白豚の俺だけど領地のために少しずつ何かができるようになったのかな?
そんな期待が俺の重たい体とズシリとした疲労を、ほんの少し軽くしたのだった。




