領主、視察に出発する
オールポート伯爵領の西側に広がる荒地の視察当日。
俺はいつも運動するときに着用している運動着……平民が着る野良着で登場してクラークを驚かせることに成功した。
「セ、セシル様? その恰好はいったい?」
目を白黒させているクラークの後ろには忍び笑うディーンが立っている。
「馬車の中からじゃ視察にならんだろう? 荒地とはいっても何か植えられるかもしれんし、周りの環境も知りたい、動きやすい服にしただけだ、気にするな」
お貴族様としてはアウトだが、白豚としては動きやすいし締め付けもないし汚れても気にならないので、とってもお気に入りの一着なのだ。
「お父様。お待たせしました」
「シャーロットちゃん。うわっ、かわいいーっ」
鈴を転がしたような可憐な声に振り向けば、春に相応しいレモンイエローのワンピースを着てつばの広い白い帽子を被った天使がいた。
かわいい、かわいい。
順調に回復食を終えて、お肉も食べ始めたし、生クリームやバター多めのお菓子はまだだけど甘い物も解禁にした。
折れそうな細い体は変わらないが、血色のよい肌に明るい表情がシャーロットちゃんを別人のように見せていた。
「……あの方がシャーロット・オールポート様ですか」
どこか呆けたクラークの声に、俺はにししと意地悪く笑う。
「そうだよ。君たちが悪役令嬢と揶揄した我が娘、将来のオールポート女伯爵だ」
クラークだけでなく、俺の言葉が聞こえたディーンまでもが目を剥いてこちらを向くが、ベンジャミンはいつもの様子で俺の傍に控えている。
そう、俺はシャーロットちゃんに伯爵位を継がせるつもりなんだ。
あのぼんくら息子みたいな婿が来たら、オールポート伯爵の領民がまた苦しむことになるし、なによりシャーロットちゃんが不幸になるのは許容できない。
だから、オールポート伯爵はシャーロットちゃんが継ぎ、男なんて頼らない人生を歩んでほしい。
「お父様? こちらの方は?」
俺がシャーロットちゃんの年ごろの娘らしい可憐さと将来の彼女の凛々しい姿の妄想でぼんやりしてたら、クラークの紹介を忘れてた。
いや、別に男の紹介なんてどうでもいいけどね。
「ああ、こちらはオールポート伯爵領都「クレモナ」の代官で、ディーンと悪友のクラークだ。あまり近づかないように。なにせ、こいつはディーンと友達なのだから」
クラークと、ついでにディーンとは適切な距離を取るようにシャーロットちゃんに注意しながら、今回シャーロットちゃんに同行するマリーにも目で訴えておく。
マリーもこくりと頷いて返してきた。
……同僚のディーンへの警戒にも同意されるなんて……ディーンって信用ないな。
「では、クラーク様とディーンは馬で。お嬢様とマリーはあちらの馬車をお使いください」
「お父様と一緒の馬車ではないのですか?」
「……シャーロットちゃん、それは馬に酷でしょ?」
俺一人が馬車に乗っていても、馬に申し訳ないと思うのに……シャーロットちゃんとマリーが乗ったら馬車は動かないよ?
馬を何頭繋げればいいのさ。
「……お嬢様、あちらに」
マリーが冷たい視線をズビシッバシッと俺の腹に刺したあと、スムーズにシャーロットちゃんを馬車へと誘導していく。
「……俺たちも行こう」
ベンジャミンは無言で馬車の扉を開けてくれた。
オールポート伯爵屋敷を出て緩やかに道を下っていくのは、領都に行くときと同じ道だ。
高台から下ってきて、領都とは反対の道を進む。
馬車の窓から外の様子を覗いていたけど、すぐに人家も疎らになり畑もなく家畜の放牧も見られなくなり……ただの空き地に伸びる道をガタガタと馬車で進むだけ。
「本当に何もないなー」
この道を真っ直ぐ進めばハーディング侯爵領に入るらしいが、ほぼ何もない土地で人の手も入ってなさそう。
「領地の東側には鉱山、南側に広がる農作地、北側は王都に近いため商業地区。西側はハーディング侯爵領に接する以外に特に何もない場所でしたから」
「ふうん」
ま、わざわざここを開拓しなくても充分伯爵領は潤っていたからだろうな……。
もしかしたら、俺がオールポート家に婿入りすることでハーディング家と何か共同事業を興すつもりだったのかな?
しかし、俺の推測をベンジャミンはあっさりと否定した。
「いいえ。セシル様との婚姻に何か共同で事業をする予定はございませんでした」
「ふ、ふうん」
じゃあ俺ってばなんで婿入りしたの? 政略じゃなかったの? まさか恋愛? この白豚が?
俺が俺の知らない亡くなった奥さんとの結婚秘話に悶々としていると、ガッタンと馬車が止まる。
「なんだ?」
「見てまいります」
ベンジャミンがサッと扉を開けて外へと飛び出して行った。
……ベンジャミンの身のこなしが俺よりも軽やかな件について……悔しい。
んぐぎぎぎと歯を噛みしめていると、コンコンと馬車の窓を叩くディーンの姿が見えた。
「すみません、セシル様。シャーロット様が馬車酔いしてしまったらしいです」
「あー、シャーロットちゃんは馬車に乗り馴れてないのか……。ううんと、だったらどこかで休む……あ、あそこがいいんじゃないか?」
「え? いや、あ、あれは……」
俺が見つけたのは道の両脇に疎らに植えられた木々の合間に見えた建物……ちんまりとしたかわいい建物はもしかして教会だろうか?
馬車から下りて暫しの休憩を取るのにピッタリな建物だと思うのだが、珍しくディーンが動揺している?
「なんだ? あの建物、教会か? 何かあるのか?」
「いいえ、いいえ! あー、親父に聞いてきます」
「……おうっ」
本当に動揺しているな、ディーンの奴。いつもだったらベンジャミンのことを親父なんて呼ばないだろう?
首を捻って不思議に思っていると、扉がベンジャミンの手によって外から開かれる。
「セシル様。あちらで少し休憩を取るこにしました。馬車で移動しますのでそのままでいてください」
「おう、わかった、シャーロットちゃんは大丈夫か?」
「はい、お嬢様は大丈夫です」
ほぼ無表情で用件を告げるとベンジャミンは馬車に同乗することなく扉を閉めていった。
「ん? なんだ?」
あの建物に何かあるのだろうか?




