伯爵、蛇の罠に身震いする
ラファエル・プレイステッドの標的がわかりましたよ。狙われているのはセシル様で間違いないですが、もう一人狙われています。ルーカス・ウェントブルック、彼もまた、ラファエル氏の獲物みたいです。お二人ともご用心召されますように。
ヴァスコの忠告に心臓が縮み上がった。
商業ギルドの仲介で行われたプレイステッド家との話し合いには、なぜかウェントブルック家からの出席もあり、イライアス様のコメカミがピクピクと脈打っていたらしい。当然、プレイステッド家からはラファエルが出席。俺の代理として出席したヴァスコの姿にあざとく首を傾げて誰何してきた。それに答えたのは、頼りになるわが義理の……姉? 兄? ま、どっちでもいいや。イライアス様である! ヴァゼーレの魔石鉱山については俺の父である前ハーディング侯爵が指揮を執っていることと、産出した魔石のうちオールポート家で自由にできる分はヴァゼーレの魔道具工房に納められることをとっても丁寧に説明したとのこと。ヴァスコも満足そうに微笑んでいたので、怖いもの見たさ根性で尋ねたところ、どうやらラファエルが張り付いたような笑顔で悔しさに歯を食いしばっていたらしい。ざまぁ。
ウェントブルック家からきた魔石担当の文官は、なぜ自分がその場に呼ばれたのかわからないまま、ヴァゼーレの魔石工房について親身に相談にのってくれたらしい。いい人やぁ。
もちろん、ラファエルの狙いはウェントブルック家の代表として出席するルーカスだったのだろう。俺という餌も撒いたことだし。ちょっと調べれば俺とルーカスが学生時代、恋人同士だったことはわかるし、ルーカスが未だに独身なのは昔の恋人を引きずっているせいとも噂されているしな。
だが、残念! 俺は予定を早めて王都を去ることを関係者に手紙で知らせていた。もちろん、ルーカスにも書いた。理由も書いた。そこへ商業ギルドからの招待があり、その内容がプレイステッド家とオールポート家との魔石鉱山についての話し合いとなれば……、ルーカスも罠に気づくってこと。
わからないのは……俺とルーカスと接触してどうしようと? 別に俺とお知り合いになってもプレイステッド辺境伯家の家督争いに勝てるわけじゃない。オールポート伯爵家は伯爵の中ではそれなりの権威はあるが、ただ古い家系なだけだ。セシル・ハーディングならハーディング侯爵家の権力で多少の横槍は入れられるけど、セシル・オールポートは無理。唯一の権力者の知り合い、おっさん王子も助けにならない。
ラファエルの狙いはプレイステッド辺境伯の地位……のはず。だったら身内に仲間をつくるのが筋でしょう? なにやってんだ、あいつ。
「ルーカス様と婚姻して、ウェントブルック辺境伯家からの援助を狙っているとかは?」
ジャボジャボと紅茶を注ぎながらディーンが予想してくるが……ブッブッー。違うだろう?
「ルーカスと婚姻してもウェントブルック辺境伯、あのルイス殿が他家の家督問題に首を突っ込むとは思えん。最強騎士と評判高いルーカスをプレイステッド騎士団に入れたいってことならわかるが……婚姻ねぇ?」
俺はディーンが淹れてくれた紅茶をひと口飲み、ムシャッと焼き菓子にかぶりつく。
ルーカスもラファエルも嫡子ではない。俺とルーカスもそうだったけど、俺とルーカスは爵位が継げないのは承知のもと、俺は文官でルーカスは騎士として働き地道に将来設計を立ててたらしい。それをぶっ壊したのは俺ではないので、恨まないように。
じゃあ、ラファエルも地道な未来のため、文官か商会にも働きに出るのか? ……想像できない! あの黒蛇が汗水垂らして働くなんて想像できない! あいつはそれこそ盗賊の頭……を補佐する頭脳担当とか、娼館であくどいことを企んで男を手玉に取っている姿しか想像できん!
「それでは危険なので、セシル様はラファエル様にもプレイステッド家にも近づかないってことで」
「そうだな。たぶん俺はルーカスに対する餌か人質か……。領地に引っ込んでいれば、あちらさんは国の端っこに帰るだろうから、大人しくしていよう」
そう……犠牲になったノーマンのためにも……。
彼のことを忘れて領地に帰ってきてしまったわけではない。ヴァスコ曰く、まだ執事教育は始まったばかりとのこと。秋の社交シーズンが過ぎるまで王都屋敷に残って教育を受けるようにってお達しがてでしまった。ノーマンの縋る眼に、既にかなり厳しく教えられていることが察せられたが、俺だってヴァスコに意見を言うのが怖い! ベンジャミンの弱味も握っている男だぞ?
特にノーマンがいなくても領地屋敷で困ることもない……と王都屋敷に残ることを許そうと思ったが、理由が宜しくないと気づき、俺は沈痛な表情で嘘を吐いた。
「それは困る。ノーマンがいないと、ベンジャミンだってディーンだって困るだろう。本当に基本的な極々細かい作業を任せているのに……。しかし、しかし、それでノーマンがさらに成長するというなら、俺は……」
ここでぐっと拳を握り顔をギュッと寄せる。苦悩のポーズを見せる。ノーマンは最初、俺が領地に連れ帰るつもりだと知り喜び、いままであまり接点がなかった俺が評価していたことに驚き、そしてその成長を期待していることを知って……。
「ここに残ってヴァスコさんの指導をお受けします!」
あーこりゃ、ダメだ。執事長になろうかって奴がこんな騙されやすくてはダメだ。俺はノーマンに見えないようにヴァスコに目配せする。厳しく指導してくれと。もちろんヴァスコは満面笑顔で請け負ってくれた。
ノーマンと再会するのが楽しみだ!




