白豚、婚約解消を求める
こっそりと深呼吸をしてから右見て、真正面見て、左見て、やや左斜め後ろを見て、ひとつ満足げに頷いてから、俺は言葉を発した。
「これから、シャーロット・オールポートとギデオン・トリルトンの婚約解消について話会う」
ババーンと効果音でも欲しくなるぜ。
「あのぅ……婚約解消、ですか?」
とっても平均的な貴族とでもいえばいいのか、ぶっちゃけ高価な服着た地味なおっさんが恐る恐る発言してきた。
「リトルトン侯爵。ご子息から何も聞いてないのか?」
俺はアンタのぼんくら息子に、婚約破棄したかったら親を連れてこいと命じたんだけど?
俺がツイーッとぼんくら息子へ視線を向けると、ギクリと体を強張らせたあと早口で捲し立てやがった。
「父様じゃなかった、父上! ぼ、僕はシャーロットとの婚約を破棄して、こ、こっちの、シャーロットの妹のモニカと婚約しますっ」
「は? ギデオン、何を言っているんだ?」
まったくだ。もうちょい厳しく教育しておけよ。
ま、次男だし、伯爵家に婿入りが決まっているしで、多少緩んでいたんだろうなぁ。でも許さん。
シャーロットちゃんは婚約者の無情な言葉にキュッと下唇を噛んで涙を堪えている。
向かい側に座る下品ママとニセ乳はニヤニヤと性格の悪い笑みを浮かべていやがるぜ。
「こっちとしてもシャーロットとの婚約はなしで構わん。だが、婚約破棄となれば当然有責はリトルトン侯爵家だ。息子の心変わりだからな。しかし、こちらも瑕疵は付けたくない。なので婚約解消としたい」
俺がちょいちょいと右手の人差し指を動かすと、ディーンが俺の前に一枚の紙を置く。
あと、丸い小皿にちょこんと針が出ている謎の物体も。
俺はサラサラと婚約解消届にサインをして、小皿の針にぶつりと人差し指をぶっ刺す。
皿の上に俺の血が一滴、二滴。
ディーンは書類と皿を素早く回収し、リトルトン侯爵に書類とペンを渡す。
そして、リトルトン侯爵家三人の前にも、謎の小皿を渡しジェスチャーで指から血を取るよう促す。
侯爵がサインしている間に、ディーンは謎の小皿をシャーロットちゃんへ。
シャーロットちゃんは不安げにディーンを見上げ、何かを諦めたように小皿を受け取る。
そして、コーディ一味にも。なにやらコーディが小皿の説明をしろと絡んでくるが、「貴族の習わし」と小声でディーンが呟くと大人しく指を刺していた。
ふむ、これで婚約解消届と人数分の血が手に入ったぜ。
リトルトン侯爵は息子の突然の暴挙に頭を痛めていそうだが、こちらの慰謝料などは請求しないとの甘言に深く考えることをやめて、思ったよりもサラサラとあっけなくサインしていた。
ディーンは俺が両家のサインが入った婚約解消届を確認すると、お偉い爺さんに手渡した。
ちょっと興味を引いてやや体を傾けてその様子を窺い見ていると、紙へ翳した爺さんの手からキラキラとした光が零れ落ち、婚約解消届を淡い光でコーティングする。
それを後ろで控えていた黒い服の若い男に渡すと、なにやら木箱に入れてスイッチオン!
しばらくするとリンリンとかわいい鈴の音が響き、パカリと木箱を開けると婚約解消届は入ったままだ。
なんだろう?
若い男は恭しくその婚約解消届をディーンに渡すと、それは俺の元へと運ばれてくる。
「っ!」
違う。これは婚約解消届の受理証だ。もう、シャーロットちゃんとボンクラ息子の婚約は解消されてしまった。
あれ? 二枚ある。首を傾げた俺の手からサッと一枚の受理証を奪い取ると、ディーンはそれをリトルトン侯爵へと渡す。
「え? なぜ、婚約解消の受理がこんなに早く?」
あ、この世界の記憶がない俺だけがわからな便利システムじやなくて、おっさんたちも知らないのね?
その言葉にディーンがニッコリと笑って仰々しく説明する。
「確かに届は我が領地から王宮へ、そして教会で認められた後、受理証が両家に届いて完了いたします。しかし、この度ご足労いただきましたリベリオ大司教様であれば、即時に認可し受理証が発行できるのです」
「……やはり、リベリオ大司教様でしたか……」
なんか、リトルトン侯爵のおっさんが魂の抜けた目で爺さん司教を見ているが、この爺さん、もしかして大物?
「なに老骨なだけですよ。これでリトルトン侯爵家とオールポート家の婚約は解消となりました。二人ともにさらに良いご縁がありますように」
リベリオ司教、いや大司教の爺さんは胸元の神聖印を手に握って目を瞑り二人の幸福を祈る。
わー、なんかご利益ありそう。
ちなみにあの若い男が持っている木箱は教会が所持している転移箱で、名前の通り物をどこか違う場所に移動したり、違う場所から物を受け取ったりすることができる魔道具だった。生きているモノは不可らしい。
「では、次にモニカとそこの……」
名前なんだっけ? ぼんくら息子って呼んだら怒られるよね?
「そ、そうです! 僕とシャーロットの婚約が即時解消されたのは喜ばしいことです! これで、モニカと婚約できる」
なんか興奮して勝手に立ち上がったぞ。
そのぼんくらに向かってキラキラとした目でニセ乳モニカが同じく立ち上がって声を張り上げる。
「ギデオン様! 私たち結婚できのね、嬉しい。私、ちゃんとギデオン様に相応しい伯爵夫人になりますわ!」
は? なに寝言を言ってやがる。




