伯爵、税務報告に挑戦する
ルーカス・ウェントブルック。
セシル君の学生時代の恋人で将来を約束した人。
俺……会ったことあったかな?
「セシル様。あのときの方ですよ。ほら、俺が領地の屋敷を訪れたとき、俺のこと不審者扱いした騎士たちの一人ですって」
ハリソンがウチに来たときの騎士? あ、ああ、そういやハリソンを不審者だと疑って屋敷まで見回りにきてくれた、仕事熱心な騎士がいたなぁ。
立派な黒馬に乗った銀色の鎧に漆黒のマントの騎士。艶やかな黒髪から射抜くような金色の瞳。絵本に登場する騎士様よりも凛々しく、クールな騎士。
「ありゃ、そういや名乗ってたわ」
白豚の記憶にはほぼ残っていない名前だが、確かにどこぞの副団長と名乗っていたわ、あの麗しい騎士は。
「なんだ、会っていたのか」
兄上が残念そうに呟くが、何を期待していたの? 乙女モードの兄上は、もしかして俺と元恋人とのドラマチックな再会を狙っていたんじゃないでしょうね?
ないよ、ないないない。そんなことはないよっ。だって、相手は男じゃないか。どんなに麗しい人でも男は男。男はお断りーっ!
しかし、タイミング悪く、ここで俺は前世の親友を思い出してしまった。不思議な夢で逢瀬を交わしている親友のことを。
理人の奴……お、俺のこと、好きって。好きって言ってた。好きってーっ!
ボワッと顔や体が真っ赤に染まり、白豚の丸焼け状態になった俺は、「医者だーっ」と騒ぐ家族や臣下に囲まれて、意識を飛ばしてしまった。
そうだ……俺、理人に好きだって。いや、死んじゃっている拓海に向かってだけど……好きだって……。もう、セシル君の元カレどころの話じゃないよ。
恋愛事はキャパオーバー。
伯爵としての役目を無事に終えるまで、俺は心身ともに禁欲生活に入ることを誓います。
セシル君の元カレの話と俺の前世の親友とのことがリンクして、オーバーヒートで倒れてしまった。すぐに目は覚めたけど、セシル君ラブの父上と兄上の慌てっぷりと度を超す過保護がすごかった。
正直、逃げるように帰ってきたよ。
そして、今日は税務報告当日!
兄上とは王宮の中にある財務官の執務棟前で待ち合わせしています。こちらからは、ヴァスコに振られてしまったのでベンジャミンとディーンを連れて行く。今後はベンジャミンの後継としてノーマンがいるから、ノーマンに頼むかぁ。だとしたら秋の社交シーズンはディーンは領地に留守番だな。
シャーロットちゃんに見送られて馬車に乗り込み、王宮まで行ってきます。
無事に王宮のセキュリティを突破して、兄上と合流し、オールポート家担当の税務文官の前へ。税務報告書とその資料を持ち、いざ決戦!
…………結果。
勝ちました! いや、ほんんど手直しなしで受領してもらえただけだ。でもこれで、今年の税金関係は終了~っ! なんで人って税申告が終わると解放感に包まれるんだろう。いやったーい!
「しかし、セシルは交渉ごとが上手いな」
ギクッ! 兄上の感心したようなセリフに、ちょっと異世界産の魂がドキマギしてしまう。
だって、兄上ったら腕を組んで担当者を睨むだけで、ハーディング侯爵という伝家の宝刀を抜いてくんないんだもんよーっ。俺が前世で鍛えた口先三寸で丸め込むしかなかったんだよぅ。
オールポート家とハーディング家で作り上げた税務報告書に不備はなく、真っ当な申告ではあったが、やっぱり突かれたのは下品ママたちの放蕩三昧の浪費だった。
どうにもできないよね、これ? この贅沢のために税金を上げて領民からお金を搾り取っていたんだから。でもさ、収入が増えたら払う税金も増えるのよ。給料が上がったーって喜んだ翌年に払う税金で真っ青になるって、あるあるだよね?
でもオールポート家には余分に払える金はない。下品ママたちが購入した宝石やらなんやらを売り飛ばしても、買った金額より安くなるのは当たり前だし。
で、俺は兄上の前だったが、泣いた。もう、みっともなく泣いた。情けなくみじめったらしく泣いた。白豚がセリ場で泣くよりも泣いた。
そう、秘儀、泣き落としである!
前の世界のお役所さまには通じないが、こちらの世界の人はどうかな? と半分疑いながらも、アカデミー賞級の演技で頑張りました!
ふふふ、結果、勝ちました! 追徴金なしであります! ……ただ、俺の中の何かは減った。脂肪は減らないけど、減ってはいけないものが減ってしまった。
ハハハと乾いた笑いの俺の肩をそっとディーンが支える。ディーン、ぐふぐふ笑っているけどな。こいつ……給料減らしちゃる。
「と、とにかく。これで王都での目的は、ほぼ終えました」
シャーロットちゃんのお友達も作れたし、クラリッサ女史はいい教材が用意できたみたいだし、レックスはパートナーとラブラブ。ラスキン博士と薬師の婆さんも旧友に会えて楽しそうだったし。税金関係はオールオッケー!
「いや、セシル。まだ王家主催の夜会があるだろう?」
「あ、そうでした」
毎日のように届く、おっさん王子の手紙にも、夜会には絶対に参加しろっとうるさく書いてあった。
しかも……別の意味でサボるわけにはいかなくなったのだ。
「父上も楽しみにしているぞ。セシルのエスコート役」
「はぁ。そうですか。……そんなにしたいですか? 俺のエスコート?」
かわいい天使のセシル君は、白豚に変化してしまったのに、父上は夜会での俺のエスコートを嘆願してきた。別にソロで参加してもいいんだよ?
父上のむさ苦しい愛もアレだが、夜会に参加するとおっさん王子もいるし、セシル君の元カレにも会ってしまいそうだし……憂鬱だなぁ。




