15歳のクリスマス 後編
「……わるかった、聖夜…サンタさんも…」
「まだ居たんだ」
「サンタさんっ!」
二人の世界に浸っていて、なつにいの存在をすっかり忘れていた。
僕が聖夜に夢中になっているうちに逃げればよかったのに。
本音がポロッと零れた僕の服を掴んで戒める聖夜。
僕がまだなつにいに危害を加えるんじゃないかと警戒しているのかな?
君との約束を僕が破るわけないのに。
正気に戻ったなつにいは聖夜が勧めた椅子に座り、少しずつ自分の事を話だした。
「…俺も、毎年クリスマスの夜にサンタに会っていたんだ…。大好きでたまらなくて、俺の初恋で…中学の時…本当は…サンタさんに告白するつもりだったんだ…。」
けれど学校で、仲がいい友人達が、“サンタクロースはいる!”という生徒をからかった。
サンタがいると信じてる生徒は子供扱いされていて、中学生という子供扱いされたら恥ずかしい、大人っぽい事に憧れる年頃なのもあって、友達に合わせて「いるわけねーじゃん」と大人ぶってしまった。
「その年のクリスマスから、ずっとサンタさんに会えないんだ。プレゼントはあるのに…。」
それから数日後、お正月の日に祖母の家で聖夜とちょっとした喧嘩をした。
ムッとした聖夜は「あのね!!僕のサンタさんが教えてくれたんだ。サンタさんは「サンタクロースなんていない」って言われたら消えちゃうんだって。だから、意地悪ななつにいのとこには、もうサンタさん来ないんだからね!!」
って言われた。
目の前が真っ赤になるほど、怒りに感情が高ぶったのは初めてだった。
聖夜を殴ろうとしてしまったが、間一髪大人が止めてくれたから殴らずに済んだが…。
「なあ…あれ、本当なのか…?…俺にプレゼントをくれていたサンタさんは、………」
なつにいの口が開いたり開いたりするが、音が出なかった。
それ以上は言えないみたいだ。
僕は首を縦に振り
「本当だよ。君が会いたいサンタさんは毎年どんなに探しても、クリスマスの日に朝まで起きて待っても、もう二度と会えない。」
「そんな…」
「僕達の存在はとても不安定で、君達が信じてくれないと消滅してしまうくらい脆いんだ。…いいかい、消滅するんだ。だから…死後、あの世でまた会いましょうって事も出来ないよ。」
そう言った瞬間、なつにいは両手で顔を覆った。
隠そうとしているのだろうが、指の隙間から涙と嗚咽が零れているよ。
僕の服を掴んでいた聖夜の表情も暗い。
お母さんが亡くなってまだ数年の聖夜の前であまりこういう話はしたくなかった。
お母さんを思い出したのか、
なつにいの涙に感化されたのか、
僕が消える事を想像して怖くなったのか、
どれかは分からないが、涙を目に溜めて眉尻下げて悲しそうにする君を見て、僕が平気でいられるわけがなく…
「そんな顔しないで聖夜。聖夜は大丈夫だよ」
聖夜の頬を優しく撫で、安心させるように微笑みながら顔を覗き込めば、目が合った途端君は零れそうになった涙を乱暴に服の袖で拭った。
そんな風に目を擦ったら傷ついちゃうよ…
「俺は大丈夫でも、なつにいが大丈夫じゃない…。
なあ…ほんとに、無理なのか…?
俺はサンタさんや周りのおかげで母さんへの気持ちは少しずつ整理できてる。
けど、なつにいはいきなり、わけも分からないまま、別れの挨拶すら出来ずに会えなくなったんだ。
誰にも相談せず一人で抱え込むのは苦しかったと分かるよ。
……だから、なあ、サンタさん…もう一回だけでも…会えないのかな……」
じっと、懇願するように僕を見つめてくる。
お母さんを生き返らせてと願った時とは違う目だ。
「…………」
僕は、君以外はどうでもいいから…彼が泣き叫ぼうがサンタクロースが世界から一人消えようが、“仕方ない”って遠い出来事の様に見られる。
けれど、なつにいが悲しむ事を君は自業自得で“仕方ない”って割り切らないんだね。
なつにいが悲しいと、君は悲しくなるんだ。
君の優しさは、昔と変わらないね。
「サンタさんの存在はとても不安定で、脆くて、簡単に消えてしまうって言ったよな?
なら、自分のサンタさんが消えてしまっても、大人になっても…まだ他のサンタさんが見えるくらいサンタさんを強く信じている子のとこに、また現れてくれてもいいじゃんか…っ…」
「“子”っていう程、なつにいは小さくないと思うけど……」
でも、こんなに泣き叫んでいる姿は20歳の大人じゃなくて小さな子供みたいだ。
「…聖夜の言う事も否定できないな。僕達はあやふやな存在だし、サンタクロースには“クリスマスの奇跡”があるから…」
僕の言葉に聖夜の表情が明るくなる。
ついでになつにいも、藁にもすがる思いで僕を見ている。
僕にとっては憎くてたまらない彼に救い、もしくは希望を与えるのは、聖夜にとって大切な親戚のお兄ちゃんで、聖夜が彼を怒ったり恨んだり憎んだりしてなくて、彼の幸せを望むからだ。
「なつにいにサンタクロースが見えているのが既に奇跡だよ。
大人になっても見える人は稀で、自分のサンタクロースを消してしまった人が他のサンタクロースを見たなんて事は今まで一度もない。
…だから、“サンタクロース”を信じて、初めて名前を呼んだ時のように呼び続けてあげれば、もしかしたら………」
「呼ぶ、呼ぶよ!!沢山呼ぶ!!何度だって、何千回、何万回だって…っ!!」
なつにいは何度も強く頷いた後、僕と聖夜にボロボロ泣きながら謝って何度も「ありがとう」と言った。
聖夜が嬉しそうだったから、これで良かったんだと思う事にする。
落ちたグラスやクッキー、お皿、ミルクを3人で片付けたら、なつにいは部屋へと戻りようやく聖夜と2人きりになった。
リビングのソファーに2人並んで座る。
今年はクッキーとミルクは無いけれど、聖夜がいるからかまわない。
君と話せるこの数時間が、僕にとって最高のクリスマスだから。
「…なつにい、サンタさんに会えるといいな」
「そうだね。クリスマスの奇跡が起きるといいね」
「うん……」
「そうだ、今年のクッキー美味しかったよ。僕ジンジャーマンは初めてだったけど、しょうがのクッキーって意外と美味しいんだね」
「サンタさんも食べた?俺も今年初めて食べたんだ!美味しかったから、サンタさんにも食べて欲しくて…」
「ありがとう。次は一緒に食べよう聖夜」
「じゃあ来年も買っとくな!」
そんな楽しくて幸せな、たあいもない話をしていたらあっという間に真夜中の3時になった。
なつにいとのゴタゴタがあったからいつもよりも一緒に居られる時間は短い。
「…聖夜、そろそろ…」
布団に行きなさいと促そうとしたが、聖夜は首を横に振って断った。
繋いでいた手をギュッと握り締められる。
「でも君が寝ないと、プレゼントを準備できないよ?」
眠った後に枕元に置くプレゼント。
それが出来なくなってしまう。
「プレゼントよりも、…ギリギリまでサンタさんと過ごしたい」
顔を背け、恥ずかしそうに耳を赤くしながら呟いた君。
小さな声だったけれど、部屋の中は静かだからよく聞こえた。
僕は軽く驚いて目をパチクリさせた後、胸にじわあ…と滲み出てきた喜びに笑顔を浮かべ
「ふふっ、プレゼントじゃなくて僕でいいの?」
隣にいる君の方へと距離を詰め、背けられている顔を覗き込めば、真っ赤になった君と目が合った。
「…っ!!…いいからそう言ったんだろ!見るな!!」
「えー…どこ行くんだい?」
君は恥ずかしがってソファーから立ち上がり逃げようとしたけれど、僕と手を繋いでいるから、ちょっと手を引っ張ればすぐにソファーへと引き戻せた。
「うわっ!」
ソファーに座った君の身体を挟む様にソファーの背もたれに両手を着けば、僕の腕に阻まれて君はもう逃げ出せないね。
僕は何だか楽しくて笑顔で君を見る。
「朝までの残り時間、僕と過ごすんだろう?」
「……っ…そう、だけど…近い近い近い近い!!」
「あははっ!今の君の顔は、クリスマスケーキのイチゴやトナカイのお鼻より真っ赤だ。」
手は使えないから、君の真っ赤な頬に唇で触れる。 フニフニした触感で、ぽかぽか温かい…。
「っ…!……っ!!…まじ…サンタさん…もう無理…だって…恥ずか過ぎて、死にそっ………」
少し離れて君の顔を見れば、君は羞恥で目に涙を溜めて、僕に伝わるくらいドキドキしている胸を服の上から片手で強く抑えていた。
…少し意地悪し過ぎたらしい。
今どきの子は「ませている」らしいが、15歳の君にこの距離やスキンシップはまだ早いらしい。
分かっているけれど名残惜しくて、最後に額に口付けを落とせば君の身体がピクッと震えた。
もっと口付けを落としたかったけれど、我慢して身体を離す。
「あ……」
君の望み通り離れてあげたのに、君はどうして物足りなさそうな…寂しそうな顔で僕を見るんだい?
「そんな顔で見つめられると、離れがたいよ聖夜」
「…っ……そんな顔なんてしてないっ!!」
腕で顔の下半分を隠す君。
からかうのはこれくらいにしよう。
君の隣に座り直せば、君は少しソワソワした後ちょっとずつ僕に近づいて、僕の右側と君の左側がピトッと引っ付いた。
離れろと言ったり自分から近づいてきたり…君は天邪鬼だね。
これについて何か言ったらまた離れてしまいそうだから、何も言わないでおこう。
右に感じる温もりが心地いい。
あんなに小さかったのに、今、僕達の肩の高さは一緒なんだね。
「もし…サンタさんの言う通り寝てたら、今年のクリスマスプレゼントは何だったの?」
「君が去年欲しいって言ってたものだよ」
「え…………………………………………。
……………………………………マフラー?」
「そう。僕の手作りマフラー」
「………………くそっ…そっちも欲しかった…っ…!!」
顔を両手で覆って後悔する君。
僕の手作りマフラーをそんなに悔しがってくれるなんて嬉しいな。
「ははっ、でもプレゼントより僕との時間を選んでくれたんだろ?」
「…前言撤回。どっちも欲しい」
「欲張りだな聖夜は」
じーっと見つめられれば、僕は根負けしてどこからか緑の包装紙に包まれ赤いリボンでラッピングされたクリスマスプレゼントを取り出した。
大切で大好きな君に、物欲しそうに見つめられてダメなんて言えないよ。
プレゼントを見た君は小さい時と変わらず瞳をキラキラさせて、もっと密着してきた。
僕が君にだけは甘くなってしまうのは、君が僕にとって特別だからしょうがないよね。
「Merry Christmas 聖夜」
そう言って、プレゼントを差し出せば君は満面の笑顔で両手で受け取り、胸に抱き締める。
「Thanks!my Santa Claus!! I love you!!」
「You're welcome 」
(…………ん???)
中学生になって英語の発音が上手くなったんだね。
なんて、君の成長を感じ、しみじみ思っていたら最後にすごく嬉しい言葉が聞こえたような…。
気のせいかな?
プレゼントに興奮している君は、僕が首を傾げている事に気づかず、プレゼントの包みを開けてさっそくマフラーを首に巻いている。
…君が嬉しそうだからいいか。
「へへ…赤と白に、金の線が入ってる…サンタさんの色だ。この色が良いって言ったのも覚えててくれたんだ、嬉しいな…」
「勿論覚えているよ」
忘れるわけない。
君が、僕の服の赤色、髪の白色、瞳の金色が良いって言ってくれたんだから。
「ねえ、サンタさんはマフラーを付けるとしたら何色がいい?」
「マフラーを?」
「そう!やっぱり白とか?」
「そうだね…白よりも、君の髪や瞳の色がいいな。」
「なっ!…」
君の顔がまたボンッと赤くなる。
去年君が僕に言った事とあまり変わらないのに…、言われると赤くなるんだ。
可愛い反応だ。
そんな他愛もない話をぽつりぽつりしていたら、いつの間にか1時間経って4時になっていた。
そろそろさよならの時間だ。
「聖夜……」
僕が名前を呼べば、君の身体が強ばり繋いでいた手に力が入る。
「そ、そういえば!!…えと……………あっ!クリスマスプレゼント!昔眠らないと渡せないとか言ってたよね?」
「言ったね」
「でも、今年は眠らなくても貰えたよ?」
「そうだね」
「どうして?」
繋いでいない方の手でマフラーに優しく触れながら首を傾げる君。
僕はふふっと笑い
「起きたらプレゼントがあると思うと、眠っても寂しくないだろう?」
「…………うん。ワクワクしながら眠って、起きた時嬉しかった…」
「僕も、君が起きてプレゼントを開けた時のキラキラした顔を見るのワクワクしたよ。」
「見てたの…?」
「うん。今年は直接間近で見られて更に嬉しい。」
「…っ!…サラッと恥ずかしいこというな!!」
「ハハッ!そんなに恥ずかしかったかい?」
笑いながらソファーから立ち上がれば、君の前に立って繋いだ手を軽く引っぱり
「…さ、聖夜そろそろ…」
「……っ……まだ、もうちょい……」
引いた手を君が引っ張り返す。
君は、僕が何を言いたいか分かっているはずだ。
朝が来ればクリスマスの夜は終わる。
もう“おやすみ”もしくは“さよなら”の時間だ。
(あと少し…)
(もう少し…)
僕も君とのクリスマスが名残惜しくてずるずる延ばしてしまった。
今も……
引っ張られるまま、僕はまた君の隣に腰掛けた。
「……クリスマス以外も、一緒に居られたらいいのに……」
「…………っ…」
先程と同じ様に寄り添いながら、君がぽつりと呟く。
その小さな願いに、僕は小さく息を呑んだ。
「朝が来ても、明日になっても……春になったら、サンタさんと同じ赤いチューリップ見たり、夏は冷たいアイスを食べて、秋は山に行ったり…」
「…それはとても素敵だね。
でもサンタクロースは、クリスマスに現れるからサンタクロースなんだよ。
365日、ずっと居るそれはサンタクロースと呼べるのかな?」
「……サンタさんがサンタクロースじゃなくなっても、僕はサンタさんが……」
もごもごと口篭る君が何を言おうとしたのか分かるよ。
凄く嬉しいことを思ってくれているんだね。
僕は嬉しくて、優しく微笑みながら君の髪を撫でた。
「サンタクロースじゃなくなったら、クリスマスプレゼントをあげられなくなっちゃうよ」
「今度は俺がサンタさんにプレゼントを贈るよ」
君にプレゼントを贈るのは幸せだった。
けれど、君から貰えるのも幸せだろうな。
その言葉が嬉しくて、頬を指先でフニフニ撫でる。
「クリスマスの奇跡を起こせなくなるよ」
「叶えたい願いは自力で叶えるからいい」
「そっか……」
君はもう、人から与えられる幸せだけじゃなく、これからは自分で得て、誰かに与える幸せを沢山知るのだろう。
君の成長を感じて、じわっと胸が温かくなったから、服の上から君の心臓に口付けを贈る。
「?!…さ、サンタさん?!」
驚き真っ赤になった君の顔は、見なくてもわかる。
僕は胸に顔を埋めたまま、君の背に手を回して抱き寄せ
「君がこんなに大きく育ってくれて、僕は嬉しいよ。…本当に…もう君には、クリスマスプレゼントを運ぶサンタクロースは必要ないのかもしれない。」
「なに言って…………………………サンタさん?」
いきなり姿が消えたサンタクロース。
リビングのソファーには、聖夜一人しか座っていなかった。
いつもは眠りに落ちている為、サンタクロースが見えなくなる瞬間を初めて見た聖夜は少し寂しく思いながら、サンタさんが何故あんなに寝かせようとしたのか…その優しさが分かった。




