12歳のクリスマス
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家族が一人減っています。
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君が12歳のクリスマス。
今年はクリスマスツリーが無く、部屋は散らかっていた。
暗くて冷たい空気は、呼吸をする度に肺まで凍ってしまいそうだ。
毎年クリスマスの飾りが飾ってある場所には、白い布が掛けられた低い棚があった。
白く綺麗な布に包まれた箱、みかんなどのフルーツが乗ったお皿、クッキーなどのお菓子や2本のロウソクはクリスマスっぽい。
でもこれがクリスマスの飾りでない事は分かっている。
花瓶にはお花が生けられていて、中央にある写真に写っている女性は幸せそうに笑っていた。
僕はその棚の前に正座すれば、ロウソクを灯し良い香りのする細い棒をかざして煙が上る状態にする。
それを灰の上に置き、手を合わせて目を閉じた。
「サンタさん……」
リビングの扉がガチャッと開く音がし、僕は目を開けて振り返る。
1年ごとに大きくなる君は、また去年よりも背が伸びていた。
いつもは満面の笑みを浮かべているのに、今日の君は笑わない。
「聖夜」
僕が両手を広げ優しく名前を呼べば、君はくしゃっと顔を歪ませて散らかった部屋の中を器用に物を避けながら僕の胸に飛び込んできたから、僕は強く強く抱き締めた。
君は僕の胸に顔を埋めて、声を絞り出す。
「サンタさん…今年はね…クリスマスしないんだ…」
「うん」
「毎年…クッキー…作るって、約束…破って、ごめん…」
「いいよ」
「来年も…再来年も…もう…クッキー…作れないんだ…」
「そっか、それは少し残念だな」
赤い服を掴む君の手に力がこもる。
「母さんが…母さんが居たら作れるんだ…毎年、母さんと作っていたから…
母さんが居たら、来年も…再来年も作れるんだ…。
だから、ねぇ、サンタさん……俺、今年は…今年のクリスマスプレゼントは…母さんを…っ!」
君が意を決した様に顔を上げて、切実な目で見てきた。
でも僕は、君が続きを話す前にその唇を人差し指で塞いだ。
小さい子に「シーッ」て言う様に。
君は困惑しながらも話すのを止めた。
君はこんな時でも昔と変わらず良い子だね。
君が何が言いたいか分かっている。
分かるよ。
ずっと見てたから。
けれど、それはダメだ。
僕は首を横に振る。
「…出来ない、の…?」
「出来る、出来ないじゃなくて、それはダメだよ。」
「なんで…っ!…サンタさんはクリスマスプレゼント、なんでもくれるだろ?!ならもう一度だけ、母さんに合わせてよ!!母さんを生き返らせてくれよ!!」
胸ぐらを掴んで揺さぶられても、僕は首を縦に振る気は無い。
「ダメだよ。どんなに悲しくて寂しくても、その願いは聞けないんだ。」
「〜〜〜っ!!…サンタさんのバカ!意地悪!ひどい!大嫌いだ!!」
君は、ちゃんと分かっている。
死者蘇生がやっちゃダメだって事も。
無理だって事も。
もう二度と大好きなお母さんに会えないって事も。
ただ、悲し過ぎて幼い時の様に駄々を捏ねているだけ。
強く抱き締めて離さない僕の胸元を力いっぱい拳で叩く君は、力が強くなったんだね、少し痛いよ。
「聖夜…悲しくて悲しくて苦しいね。大切な人がこの世から居なくなるのは、心を切り裂かれるように痛いよね。」
僕達はいつ来るか分からない君達との「さよなら」を覚悟しているけれど、君は覚悟も何もない状態での「さよなら」だったから、この部屋みたいに気持ちの整理なんてつかなくてぐちゃぐちゃなのは当たり前だ。
「痛い…よ…!…サンタさん…悲しくて悲しくて…さびしくて苦しいんだ…
家に帰っても母さんの「おかえり」が無くて、朝起きても「おはよう」って言葉はないし、リビングが冷たいんだ…っ…」
「うん」
「母さんが好きなテレビあってたら「あ、これ後で母さんが観れるように録画しとこう」とか…コンビニで母さんの好物があったら、買って帰って一緒に食べようってカゴに入れたり…」
「うん」
「母さんが居た頃は、たまにコンビニやスーパーで買って食べるお弁当が…普段とは違うし、好きなものを食べられるから美味しくて、毎日こうだったらいいのに、なんて思ってたのに…!
…最近は、父さん仕事が忙しくて…毎日、お金貰って…自分の食べたいものを好きなだけ買って食べられるようになったのに…夢が叶ったはずなのに…前みたいに美味しくなくて…“母さんのお弁当食べたいな…”って思うと同時に“もう二度と食べられないんだ、母さんは居ないんだ”って…そう…改めて…気づくと…涙が勝手に出てきて…」
「悲しかったね」
「…っ…クリスマスが近づくにつれて…今年は母さんにどんなプレゼント用意しようかなって…サンタさんのクッキーは、なに味を作るんだろって…無意識に何度も考えてしまうんだ。…今年は母さん居ないから…プレゼントを用意する必要ないし、クッキーを作る時間を合わせる必要ないから、いつなら空いてるかなんて考えなくていいのに…気づく度…胸が締め付けられて苦しいんだ…お小遣いが…プレゼント代で消えなくて…他のことに使えて嬉しいはずなのに…っ……」
「うん…」
「…今まで母さんがいた日常も、イベントも…これから先…母さんがいないんだ…それが、当たり前になっちゃうんだ…」
「そうだね」
「大好きな母さんがいないのに、外に出れば母さんがいた時と変わらない、いつもの風景があるんだ。母さんがいなくて、こんなに悲しいのに…俺にとっては人生が変わる衝撃な出来事だったのに…みんな、いつもと変わらない毎日を過ごしているのが…」
「うん」
「なんでって…ぐるぐる考えちゃう…母さんがいないのに、なんでみんな普通なの…。些細な日常の出来事やイベントの時に“母さんがいない”事を突き付けられるの、悲しいよ…っ…」
ハンカチがびしょ濡れになっても止まらない君の涙。
君は自分の服の裾を持ち上げて、目元にギュッと押し当てる。
家事と仕事と育児とお母さんの手続きを一人でこなして忙しいお父さんに甘えられなかったから、君がいつもそうやって一人で泣いていたの、僕は知ってるよ。
僕は君の頭を撫でる。
「一人で頑張ったね、聖夜」
君は泣き叫んだ。
君が遠慮なく叫べる様に、周りの記憶操作をして聞こえなかった事にする。
沢山泣いて、泣いて、叫んで、疲れきった君の背をトントンと叩く。
しゃっくりをあげながら、まだじわりと涙が滲む目を瞑って微睡む君。
「僕が見てきた、お母さんの話をしよう。」
「へ…?」
突拍子ない言葉にポカンとする君に、ふふっと笑いながら話を続ける。
「僕が生まれて初めてのクリスマス、小さかった君は僕に用意したクッキーを、お母さんが見てない隙に食べたんだ。お母さんは「あぁあ!!歯磨きした後なのに!…もー!!」って言いながらも、君が愛しくてたまらないって感じで少し笑っていたんだ。」
「俺、昔から摘み食いしてたんだ。」
「そうだよ。君が毎年、クッキーを摘み食いするから、お母さんがアーモンドやチョコチップをわざと多く入れてたの、知ってた?」
「し、知らない…摘み食いしてたの、バレてたんだ…」
君は恥ずかしそうに頬を赤く染めて、お母さんの写真をチラッと見ては、僕のびしょ濡れな胸元に顔を埋めて隠れる。
それから一つ一つ、君が知らない話から君も知っている話まで語った。
君はクスクス笑ったり、ちょっと驚いたり、お母さんの愛情を感じては頬を赤くして照れたり…
そうしているうちに、いつの間にか君は眠ってしまった。
もう涙は止まっている。
僕は君の赤くなった目尻に優しいキスを落とした。
「大好きなお母さんとの幸せな思い出を忘れない様に、楽しかった思い出を沢山話をしてね。
話す事で忘れにくくなるらしい。」
それに…お母さんとの幸せな記憶を、悲しい記憶で塗りつぶしたらダメだよ。
君をベッドまで運び、風邪をひかないようにしっかり布団を被せる。
「Merry Christmas
今年のクリスマスプレゼントは、家族3人のアルバムだよ。
楽しいクリスマスを」
今年は君の枕元じゃなくて、リビングにあるお母さんの写真前にプレゼントを置いた。
「是非、三人で見てね」




