~ おまけ ~ クリスの大切な子 5
その晩、夜中におしっこで目が覚めた僕は一人でトイレに行った。
部屋からトイレまで少し距離はあるけれど、前世で沢山見てきたお家だから全然怖くないよ!
そして、トイレはリビングの近くにあった。
だから…
「ちょっとだけ…なつ君を見に行こうかな…」
と、気紛れにそう思った。
ほんとに、ただの偶然だったのだ。
思ってよかった。
リビングに向かった僕の目に写ったのは、扉に手をかけている黒い服を着た知らない男の姿。
「……っ!!」
もう片方の手には包丁が握られている。
僕は曲がり角の壁に隠れていてまだ男には気づかれていないから、早く部屋に戻って大人に知らせないと……
と、思ったがリビングにはなつ君が居る。
もし呼びに行っている間になつ君が刺されたりなんかしたら……
そんな最悪な状況を考えてしまった。
そんなのは嫌だっ!!
僕は一度ギュッと目を強く閉じれば恐怖を内側へと押し込み、次に開いた時には勇気を振り絞り
「……おじさん、何してるの……?」
僕は怪しい男の人に小さな声で話しかけた。
ビクビク震えてしまうのは、怖いから仕方ない。
でも、なつ君に何かある可能性の方がもっともっと怖い。
「……っ!」
男の人が勢いよくこちらを振り返った。
黒いフードを被って、マスクをしていて顔はよく分からないけど、ギョロッとした目が僕を捕らえる。
僕は蛇に睨まれたカエルみたいに動けなくなった。
「……わ、わっ!も、もしかして、サンタさん……?」
僕は必死に笑顔を作る。
すると男は口元に人差し指を当て
「シーッ……そうだよ、クリスマスプレゼントを届けに来たんだ。良い子だから、皆を起こさないように静かにしてくれるかい?」
僕は強く頷く。
クリスマスじゃない日に人の家に現れるこんな怖いサンタさん、怒ったサンさん以外で僕初めて見たけどね!!
男はリビングの扉から手を離せば僕の方へと近づいてきた。
リビングから離れてくれてホッとする。
でも…
(怖いっ……!!)
人間の大人は大きくて怖い
黒くて目がギョロッとしてるのも怖い
包丁も怖い
何されるか分からなくて怖い…
逃げたい!!
でも逆に怖すぎて足に力入らなくて逃げられないよ…っ!!
逃げちゃダメな時だからちょうど良いけどさ!!
「可愛いなあ…まるでお人形みたいだ…。
外国人か?日本語が上手いな…これは高く売れるぞ……」
「…ヒッ……」
近づいてきた男はしゃがんで僕の髪をわしゃわしゃ撫でてから、顎を掴んできた。
じっと品定めする様に見てくるから、小さく喉がなってしまう。
「怖いか?大丈夫。サンタさんは優しいから、君が大人しくしててくれたらなーにも怖い事はしないよ」
嘘だ!!
ニヤニヤ笑う顔で言われても安心できないよ!!
涙が出そうになるのを必死に堪える。
怖くない…怖くないもん…
「ほ、ほんと…?」
「あぁ。そうだ、ぼく、名前はなんて言うんだい?」
「………く、くりす…」
「クリス君だね。クリス君、良かったらサンタさんのお手伝いしてくれないかい?」
「おてつだい…?」
「車…じゃなくて、ソリにプレゼントがあるんだ。運ぶのを手伝ってくれないかな?」
「……………」
これマムが言ってたやつだ。
“知らない人について行っちゃ絶対ダメよ”
って耳にタコが出来るくらい物心ついた時からずっと聞いている言葉。
今まさに、この状況はマムの言ってた“ついて行ったらダメなやつ”だ。
攫われるのかな……
でも、攫われるって事はこのおじさんも一緒にここから離れるよね。
そしたら、なつ君も聖夜お兄ちゃんもおばあちゃんもサンさんも他の皆も、大丈夫になるよね……?
「…………うん、ぼく…サンタさんの手伝いするっ!……」
僕、ちゃんと笑えてるかな?
僕の良い返事に男の笑みが深くなる。
「良い子だなぁ、すごく助かるよ…さ、おいで…」
男が黒い手袋をした手を差し出してきた。
「うん…」
僕はその手に手を重ねて繋いだ。
どうして僕はサンタクロース時代に似た容姿で、日本人離れしたお人形さんみたいな容姿をしているの?
どうしてサンタクロースの記憶があるの?
どうして人間に生まれ変わったの?
何回も何回も考えていた疑問。
今日、この夜、なつ君を助ける為だったんだろうな。
って言葉が頭の中で浮かんだ瞬間、その答えがストンと胸に落ちてきた。
(そっか…そうだったんだ…)
さっきまであった恐怖が少し薄らいだ。
今日、この家に遊びに来て良かった。
お泊まりしたいって我儘言って良かった。
サンタクロースの姿だったら、男には見えなかっただろうから、人間の姿で良かった…あ、でもサンタクロースだと魔法が使えたのにな…
あぁ、でも…人間だったから、なつ君ともう一度ココアとクッキーを半分こして食べられたんだよね。
嬉しかったな…もう一度…たった一回でいいから…ってずっと願ってたから…。
これはクリスマスの奇跡なのかな?
怪しい男の目を引く高値の付くお人形さんみたいな容姿だったから、なつ君の居るリビングから男の人を遠ざける事が出来て…良かった。
良かった、良かった…なつ君が死ななくてほんとに良かった…
良かったじゃないか。
だから、震えるな僕。
笑うんだ!
サンタクロース時代は立派な大きな大人の姿をしていたんだから、大丈夫…大丈夫!
玄関で靴を履いて、また男と手を繋ぐ。
男がゆっくりそっと鍵を解除して扉を開き
「…ふぁあ……あれ?クリス、何してんだ?その人は…?」
玄関が開いたと同時にリビングの扉も開き、今一番現れて欲しくない人物が顔を出してしまった。
(なつ君?!)
男の身体はギクッと強ばり、なつ君は訝しそうに男を見る。
僕は2人を交互に見ながら、どうやったらなつ君の無事を確保できるか考える。
えと…えと…
もし男がなつ君に襲いかかったら、僕の小さな身体じゃ止められない。
なつ君が男を怪しんで言い争いになって、他の人が起きてきたら…男が何するか分からないっ!
手には包丁も持って…あれ、今は持ってない?隠してる?
なら……
「だ、だでぃ…抱っこ…!」
僕は男に向かって両手を伸ばして抱っこをねだった。
「だでぃ?あ…あぁ…いいよクリス。おいで」
男に抱き上げられれば、先程より密着する。
うぅ…お口臭い…汗とかなんか変な匂いもする…
けど、我慢!!
「ダディ……?」
「あ、あのね、僕…やっぱりお泊まりが寂しくなっちゃって…ダディに迎えに来てもらったの…」
「は?いやどう見てもそいつ、叔父さんじゃねーけど…」
聖夜お兄ちゃんのお父さんと比べているんだと思う。
僕はそれに首を横に振り
「今のダディじゃなくて、僕の本当ダディ、だよ……」
本当のダディ、ごめんなさい。
本当のダディはこんな臭くなくてかっこいい人だって信じてるよ!!
「はぁ?……あー………」
僕の事情を知っているだろうなつ君はその言葉の意味が分かったようで、寝起きの頭を必死にフル回転させているのか、眉間を親指と人差し指で摘んで揉んでいる。
「あー……なるほど…」
パッと顔を上げたなつ君はスタスタと迷いない足取りで玄関に近づいてくる。
な、なんで?!ダメだよなつ君!来ちゃダメ!!
なつ君は僕の心の叫びなんかお構い無しに手を差し出しながら大人の笑顔を向けてこちらに近づいてくる。
「…はじめましてクリスのお父さん。わざわざこんな夜中に迎えに来ていただいてすみません。俺は…」
自己紹介しながら僕達の目の前まで来てしまったなつ君。
僕の心臓はドクンドクンうるさい。
「こちらこそ、夜分にすみません。クリスがお世話になったみたいで…」
男は僕を片手で抱えなおし、なつ君の握手に応えようと手を出した。
その手に包丁が握られていないから少しホッとして、抱きついていた力が抜けた瞬間
「いえいえ……そんな事は…ありません、よっ!!!」
「?!」
「へっ?!」
なつ君は男と握手せずに、握手を求めているように見えた手は僕の服を掴んで思い切り引っ張った。
僕の身体は男から離れ、なつ君がキャッチする。
「う゛っ!……な、なつ君…?」
「何をする?!」
僕をキャッチした際しゃがんだなつ君は、そのまま端に寄り僕を壁と背中で挟んで男に対峙する。
「それはこっちのセリフだっ!!
お前みたいな奴が父親には見えねーし!仮に本当だったとしても、真夜中に面識ねえ人の家に勝手に入って、何も言わず子供を連れて行こうとする非常識なやつにクリスを渡すわけねーだろっ!!!」
大きく息を吸ったなつ君は外にまで響く大声で男に怒鳴る。
その声に家の中から足音がし始め
「なつき、どうしたの?!」
「なつにい!?クリス!?」
玄関に向かってくる複数の足音と声に焦る男は、どこからか先程も持っていた包丁を取り出し
「チッ!!大人しくしてりゃ言いたい事ばっか言いやがって…さっさとそのガキを渡せっ!!」
その包丁の先がなつ君に向くのが背中越しに見えた。
このままじゃ、なつ君が危ないって分かってるのに、男の怒鳴り声に萎縮しなつ君の背にしがみついてしまう。
「ヒッ……」
なつ君は僕を守る様に更に壁と背中の距離を縮めて挟み
「渡さねーってんだろっ!!母さん!不審者だ!警察に電話!!!」
「黙れぇ!!警察呼んだら殺してやるからなっ!!!」
なつ君がそう叫んだ瞬間、男も他の人に聞こえるように叫び包丁を振り下ろしてきた。
「……っ!!」
なつ君はとっさに僕を抱き締め横に避ける。
避けられた包丁が床に三分の一くらい深く刺さり男が両手で柄を掴み抜こうとしている。
が、抜け無いようだ。
男は抜くのを諦めこちらを向けば今度は殴りかかってくる。
「……なつ君!!」
僕が叫ぶ様に名前を呼ぶのと、なつ君が僕を男と反対方向へ押して男に体当たりしたのは同時だった。
僕の身体は床に当たるかと思い目をギュッと瞑ったが、床よりは柔らかい何かに当たり抱き締められた。
「クリス、大丈夫?」
「さ、サンさん…」
後ろを振り返れば、そこには僕を受け止めるサンさんと駆け寄ってくる聖夜お兄ちゃんの姿が。
なつ君のタックルを受けた男は床に倒れ、凄い音がし、そちらへと視線を戻す。
そのまま二人は揉みくちゃになりながら殴り合い
「さ、サンさん…なつ君を助け……ふぇ?…?…な、なにこれ…?」
「どうした、クリス?」
ハラハラしながらなつ君達を見ていた僕の目に入ったのは、2人が暴れるほど増える床の汚れ。
暗くてよく見えないが少しずつ増えている。
自分の周りにもある事に気づき、指で拭って近くで見れば赤黒い色と鉄臭い匂いがしてすぐに血だと気づいた。
「…っ!!」
「…それ、もしかしてなつにいの血か?!おいっ!お前なつにいから離れろ!!」
血をみた聖夜お兄ちゃんもなつにいに加勢しようとしたが…
「聖夜っ!おまえは来んな!!早くクリスを安全な場所へ連れて行け!意外とこいつ力強えんだ!」
「……っ!」
殴られたり殴ったりしているなつ君をよく見ると、肘から手首にかけて袖が切れて赤い線が見える。
そこから血が服に滲み出て、腕を振り回す度ポタポタ…
「ヒュッ……」
サァーーーッと血の気が引いた。
大事ななつ君…
大切でたまらないなつ君…
僕の大切で愛しい子が…傷ついて……!!
怒りで心臓がドクドクとうるさく鳴り響いて、苦しい…っ!
「………ッ…………ハアッ!…ハアッ!……ッ……フーッ…フーッ……」
「落ち着いてクリス。怪我をしているのは腕だから大丈夫だよ」
僕の背中を擦りながら落ち着かせようとするサンさんを僕はキッと睨み
「…大丈夫…?どこが…?!…サンさんは、聖夜お兄ちゃんが同じ状況になっても同じ事言えるの…?!」
恐怖が怒りに変わる。
僕の命より大切ななつ君に暴言吐いて殴って、刃物で切って…
(ユルサナイ)
僕は、なつ君を助ける為に人間に生まれ変わったのに!
なのに、なんでなつ君が傷ついてるの?
…これじゃ意味がないよ!!
怒りでおかしくなりそうだ。
いや、もうなっているのかもしれない。
僕は震える足を叱咤して、床に刺さったままになっている包丁を握り引き抜いてみる。
抜く角度が良かったのか、大人の男がどんなに力いっぱい引っ張っても抜けなかった包丁が、子供の僕の力でも抜く事が出来たのは、運も僕の味方をしてくれているのか…
僕は包丁の柄を両手で握り締め
「ダメだよクリス…包丁から手を離して、危険すぎる」
サンさんが包丁の背を掴みながら優しく諭してくるが、僕は首を横に振り
「離して……っ……サンさん離して!!おじさんもなつ君から離れてよっ!!」
僕が叫べば、男となつ君がこちらを見る。床から抜けた包丁を見た男はニヤッと嫌な笑い方をし
「でかしたぞクリス。さぁその包丁を渡せ!そうすりゃこの兄ちゃんは助けてやるからよ!!」
「渡しちゃダメだよクリス」
サンさんが僕の前に立ちはだかって男の姿を隠す。
「渡さない…これでやっつける…」
「うん。気持ちは分かるけど、それもダメ」
「おらっ!てめぇら離れろ!」
男が暴れしがみつき取り押さえているなつ君を殴り、なつ君の力が緩む。
「う゛っ……」
その隙にこちらへ来ようとする男を今度は聖夜お兄ちゃんが体当たりして掴みかかり引き止めれば、お兄ちゃんが今度は殴られ
「……ぐっ!…」
「チッ…しつけえなあ…!!」
「聖夜…?」
サンさんは僕が握っている包丁を掴み、犯人達に背を向けていたため聖夜お兄ちゃんが殴られているところを直接は見ていないが、苦しげな声に振り返った。
頬を殴られた時に唇が切れて赤い血が滲んでいる聖夜お兄ちゃんを見たサンさん。
スッと真顔になり周りの温度が一気に下がった。
「…………………………殺す」
「わわっ!!!」
サンさんは掴んでいた包丁を上へと引っ張る。
流石アンドロイド、指先まで力が強い。
僕は宙ぶらりんになるくらい強く包丁を握っていたが耐えきれず、包丁から手が離れ床に尻餅を付いた。
サンさんは怒りに満ちた目で男を見ながら真顔で包丁を握り直し
「ストップストップストップッ!!!ちょっ!!マジでお前大人しく捕まれ!!アイツヤべえから!!死ぬぞ?!」
なつ君が真っ青な顔をして聖夜お兄ちゃんが押さえている男を一緒に抑え込む。
僕達を心配していたのに、今は男の命を心配している…。
「うっせえなあ!!おらっ!!やれるもんならやってみろよ!!小綺麗な兄ちゃんよぉ!!」
「煽るなバカ!!」
「あぁやってやあげるよ。…聖夜…なつき君、そのまましっかり押さえとくんだよ…」
「サンタさん落ち着いて!!!」
「サンさん!僕がやるから返して!!」
起き上がった僕はサンさんの足にしがみつく。
元々僕がやり返そうとしてたし、僕だってなつ君を守れるんだ!と興奮して冷静な判断が出来ずにいた。
「ダメ。聖夜を傷つけたんだから僕が直々に痛めつける」
「ずるいっ!!!僕も怒ってるの!!僕がなつ君守るの!!」
「クリスまで何言ってんだ!あぁ母さん!!遅せーよっ!!早くこの二人を止めてくれ!!」
他の子供達やおばあちゃんを外へ逃がしてから駆けつけてきたなつ君のお母さんはこの状況が把握出来ず僕が最初隠れていた角に手を付きながら訝しげにこちらを見ていた。
「………何がどうなってるの?」
「いーから早くっ!!!」
「あぁぁあぁぁぁ゛っ!!このクソガキ離せぇ!!」
暴れる男をサンさんは真顔で見下ろせば包丁を振り上げ
「君が黙ろうか」
そう言って振り下ろした。
「………ッ」
僕がギュッと強く目を瞑ったその時
「警察だ!!」
包丁が男の頭に当たりそうになった瞬間、玄関の引き戸が勢いよくガラッと開き警察がなだれ込んできて、
サンさんの振り下ろした包丁はギリギリ男に当たらなかった。
僕はホッと胸を撫で下ろす。
あんなに怒り心頭で男を殺す気満々だったのに、い
いざ包丁が振り下ろされたらその光景から目を逸らしてしまった。
うぅ……情けない……
「クソッ!!せっかく金になるのを見つけたっつーのに!!……チッ……」
男は最後まで僕を未練たらしく見ていた。
そんなに僕の容姿はお金になるのかな…?
「ほら歩け!行くぞ」
その後男はブツブツ不満を垂れながら警察に連行されて行った。
室内には警察数名と僕達5人になる。
そんな中僕は……
「うわぁぁぁんっ!なつくんから血が…血がぁ…」
玄関床に座り込んでいるなつ君にしがみついて大泣きしていた。
「ははっ……掠り傷だ。大丈夫だからそんな泣くなクリス。」
なつ君に怪我していない方の手でわしゃわしゃ頭を撫でられるが、涙は止まらない。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!!なつ君が死んじゃったらどうしよォォォォォォ!!!」
「こんだけの怪我で勝手に死なそうとすんな!!」
「俺もちょびっとだけど血が出てるんだけどな……」
なつ君と向かい合っている僕の少し後ろで背中合わせに座っている聖夜お兄ちゃんは、僕の大泣きに少し不貞腐れていた。
大好きな弟が自分より他の人に懐いているのが寂しい兄心らしい。
聖夜お兄ちゃんの前に座り、その頬を両手で包み怪我を丹念に見ているサンさんは
「聖夜は僕が心配するよりクリスがいいの?」
と若干冷たさを感じる声で言った。
「……サンタさんに心配かけたのは悪かったよ。だから、そんな怒んないでよ……」
「怒るよ。君が危ない事をして、怪我したんだから」
「まるでクリスぐらいの子供になった気分だ……。こんなの、ちょっと唇切れただけ……っ……?!」
「ふぇぇえぇぇぇぇん!!!……???」
泣き続けていた僕は聖夜お兄ちゃんの言葉が途切れた事を不思議に思いつつも、今は目の前のなつ君で手一杯で振り返って確認する余裕は無かった。
僕の後ろでは、サンさんが聖夜お兄ちゃんの切れた唇の端に口付けしていたらしい。
……そして口付けしながら、泣き続ける僕を君がどうにかしなさいといわんばかりになつ君を睨んでいたらしく、なつ君の笑みがひくついていた。
「な、なつ君……早く、びょーいん…病院行こーよ……ヒクッ…グズッ…僕が、傍にいるから…あぁ…でもびょーいん行ったら、ちゅーしゃが……うぅ゛っ……うわぁぁぁぁぁぁん…ちゅーしゃ怖いよぉぉぉ!!なつ君にちゅーしゃしちゃやだぁぁぁっ!!!」
“ちゅーしゃ”と僕が言う度に、後ろでまだサンさんに口付けされている聖夜お兄ちゃんの身体がビクッと反応していた事を僕は知らない。
そんな風にしていたら救急車のサイレンの音が聞こえ、玄関の外が赤く光る。
普段なら救急車だぁ!とはしゃぐのだが今はなつ君を連れて行く死神にしか見えない。
僕がよりいっそう大きな声で泣いていたら、後ろになつ君のお母さんがやって来て
「ほらほら、なつきは大人だから病院も注射も大丈夫よ。救急車来たから、クリス君はおばさんと一緒にいましょうねー」
なつ君のお母さんが脇に手を入れて持ち上げようとしてきたから、なつ君に更に強くガッチリしがみつく。
「やだぁっ!!なつ君と一緒居る!!なつ君と一緒に病院行くぅ……」
「う゛っ…離れない……すごい力ね……」
「クリス、病院行くなら静かにしないといけねーんだぞ。泣き喚くならお留守番だ」
「……っ…!…っ…!…〜〜〜っ…僕…泣いてないもん……静かにできるもん……」
「偉いぞー!じゃあクリスも怪我がないか、一緒に病院で見てもらおうな。」
「んっ!」
僕となつ君と聖夜お兄ちゃん、それから付き添いでサンさんが一緒に救急車に乗って病院へ。
なつ君のお母さんは警察対応とおばあちゃん達のお世話をしてくるらしい。
そして病院に着き……
「……!……!……ふぇ……っ……」
なつ君が傷口を縫われていたあの時間を僕は生涯忘れないと思う…。
廊下で待つよう言われたがなつ君から何が何でも離れなかった為、
泣かない
叫ばない
邪魔しない
暴れない
を約束して、なつ君に抱っこされて治療室へ行く事を許された。
ベッドへ横になっているなつ君の怪我していない腕の方に一緒に寝ていたが注射が見えた瞬間起き上がり、座りながら局部麻酔がかけられるのを見ていた。
泣かないを約束していたから、なつ君に注射針が射される時も必死に声を抑えながらお医者さんと注射となつ君を何度も見る。
「こら、見たらもっと不安になるだろ?クリスもゴロンしとけ」
なつ君が僕の肩に手をかけ、自分の方へと引っ張るから僕はなつ君の腕の中にコロンと寝転がってしまったが、すぐにまた起き上がり
「やぁっ!見ない方がもっと不安になる!!だって、なつ君の腕に針が……うぅ…僕ちゅーしゃが痛いって知ってるもん…!!」
と小さな声で抗議した。
「はーい、じゃあ縫うよー」
「ヒッ……!!!」
なつ君の肌に針と糸が通る度、涙をいっぱい溜め真っ青な顔でお医者さんを見ていたら、
「大丈夫、麻酔したから痛くないよ」
「こうした方が傷が綺麗に早く治るんだ」
「ほーら、あと少しだからね」
「よしっ!終わり!!よく頑張ったなー偉いぞー!」
って、お医者さんと看護師さん達がなつ君に声掛けしてくれて、最後は僕の頭を撫でてくれた。
後で分かった事だが、あれは僕を励ましてくれていたらしい。
治療される本人そっちのけで……
「えへへー、なつ君偉い子っ!良い子ー」
それに気づいてなかった僕は、お医者さんの代わりになつ君の頭をにこにこ笑顔でなでなでした。
なつ君は眉尻を下げながらクスッと笑い
「クリスも泣かずに良い子だったな」
って褒めてくれた。
お医者さんと同じ様に頭を撫でてくれたけど、お医者さんから撫でてもらうより嬉しかった!
その他の検査も終えた頃には、朝日が昇る時間になっており僕達は夕方まで入院して様子を見て何事も無ければ帰宅という流れになった。
まだ寝ている時間から起きていたし、疲れていたのもあってちょっと眠たい……
1人用の個室しか空いていないらしく、聖夜お兄ちゃんとサンさんは別部屋だ。
僕は勿論なつ君と。
聖夜お兄ちゃんは最初渋っていたが、サンさんが何か耳打ちしたらすぐに許してくれた。
サンさんも聖夜お兄ちゃんと2人きりで何か話したい事があるみたいだし、僕となつ君が2人きりで話せるよう気を使ってくれたんだと思う。
看護師さんが僕の為に簡易ベッドを用意してくれたが、なつ君が一緒に寝ようと誘ってくれたから、二人で一つの布団へと潜る。
初めてなつ君と二人で寝るから、ちょっとワクワクした。
「クリスはどこも痛くないか?」
「うん!僕は平気だよなつ君は……大丈夫…?」
縫った腕もだけど、他にも沢山打撲やたんこぶを作っていたなつ君を思い出して悲しい気持ちになった。
「ん。痛み止め飲んだし、大丈夫だ。」
「……良かった…なつ君、怪我いっぱい…血も沢山出てた……もうこんな事しちゃダメだからね!」
「クリスのお願いでもそれは聞けないなー」
「ダメったらダメ!!なつ君が傷つくのはダメなの!……っ……僕の大切ななつ君が傷つくのは絶対ダメなの……うぅ゛……」
じわぁ…と目に涙が溢れる。
「ははっ、俺の事そんな大切に思ってくれるだな……あんな酷い事言ったのに……」
「?……酷い事……」
「昔…“サンタクロースなんか居ない”って……」
「……それは っ…なつ君は、知らなかったから……しょうがな……」
目に溜まっていた涙が零れてしまった。
“仕方ない”って
“いつかは訪れる別れ”だって
覚悟していたけど、やっぱりすごく悲しくて消えるのは怖かった。
なつ君は眉間に皺を寄せ寄せて苦しげに顔を歪ませれば怪我していない方の手で消えた時を思い出して恐怖で震える僕を強く抱きしめる。
「ごめん……“知らなかった”じゃ済まされない事した……
本心じゃなかったんだ…サンタさんが現れなくなって、聖夜から話を聞いてすごく後悔したし、謝って許される事じゃないと分かってるけど謝りたくて……
ずっと…ずっと…会いたかった……その反応、やっぱりクリスは俺のサンタなんだろ?…クリスマスの日もそれ以外の日も……ずっと…ずっと…もう一度会いたいって願ってた……」
「ずっと…?」
「ずっと……」
顔を上げれば泣きそうななつ君が見えて、思わずその横髪に手を伸ばしてナデナデする。
そんな悲しそうな顔をしないで。
君が悲しいと、僕も悲しくなっちゃうんだ。
「……っ……昔も泣いたらこんな風に撫でてくれたよな……やっぱ、サンタだ……俺の…っ…サンタさん…会いたかった…」
ギュッと強く閉じられたなつ君の瞳の端から涙が滲んでる。
僕はそれを指で拭って微笑み
「うん……僕もまた会えて嬉しかったよ、なつ君……」
「俺を恨んでる……?」
「ううん、恨んで無いよ。君が僕を消した時は僕の事どうでもよくなっちゃったんだなって…悲しくてたまらなかったけど、恨むなんて有り得ないよ。
だって…僕は君がこんなに大好きなんだもん。
最初はどう接して良いか分からなかったけど、もう一度ココアとクッキーを半分こ出来て幸せだったし、こんなに後悔して、ずっと会いたいって思ってくれてたなんて嬉しいよ。」
「どうでも良くない!!クリスマスだけじゃなく、他の日にも会えたらいいのにってサンタさんを困らせてグズるくらいサンタさんともっと一緒に居たいと思ってた……いや、今も思ってる!」
「あははっ、そういう日も会ったね。グズるなつ君可愛かったな」
君が6年生のクリスマスにそんな事があったのを思い出してクスクス笑う。
そんな僕になつ君は昔みたいにスリッと頬擦りしてきて
「もう一度会えたら…って思っていたけど、会えた今は一度じゃ足りない……ずっと…一緒に生きたい……」
「でも僕はもうサンタクロースじゃないよ?」
「それでもいい…」
「サンタクロースの時みたいにおっきくないよ?」
「大きいサンタクロースも小さなクリスも大好きだ」
「………僕、子供だから凄く我儘だよ……」
「子供で我儘でクソガキだった俺の事、クリスはどう思ってた? 」
「なつ君はクソガキじゃないもん!!可愛くて大好きな僕の大切な子だよ!!」
僕の大切な子をクソガキ呼ばわりするのは、なつ君でも許さない!!
身体を起こし頬を膨らませながら怒れば、なつ君は笑い
「ははっ、俺もクリスの事同じ様に思ってる。我儘でも良いから、もう消えないでくれ」
寂しそうに笑って、僕をまた布団に寝かせる。
僕は頬を膨らませるのをやめてなつ君をジッと見ながら観察する。
僕はなつ君に嫌われた訳では無かったらしい
それどころか、ずっと会いたかったって…
毎年、ずっとクリスマスの日はリビングで寝て待っててくれてた…
見つめられて照れたなつ君が僕の後頭部に手を当てて自分の方への抱き寄せる。
それから、僕の髪になつ君の吐息が当たった。
「クリス…大好きだ。…サンタクロースの時から愛してた…」
「ふぇ?!」
いきなりの告白に僕は驚いて変な声が出た。
なつ君の方を見たいが後頭部に添えられている手のせいで動かせない。
そのままなつ君は話続け
「お前が変な男に連れて行かれそうになった時、血の気が引いた…また失うのかって…すげぇ怖かったんだからな…もう二度と知らない人について行ったりすんなよ…」
なつ君の身体が震えて涙ぐんだ声になる。
僕も怖かった。
リビング扉に手をかけている男を見た時、なつ君が殺されてしまうんじゃないかって……
なつ君が血を流して傷ついているのを見た時も凄く凄く怖かった。
だから、なつ君の気持ちは分かる。
だけど…
「……ヤダ」
「…クリス…頼むから…っ……」
少し身体を離し僕視線を合わせるなつ君。
いつも元気いっぱいで上がっている、眉尻が今は下がっていてまるで寂しそうにするわんちゃんみたいだ。
なつ君にそんな顔をさせたくはないけれど、これは僕も引けない。
僕は力いっぱい見返し
「ヤダ!あのおじさん、なつ君が寝ているリビングに入ろうとしてたんだよ!
なつ君が危ない目に会いそうになったら何回だって僕は助けるよ!」
「……っ……」
僕の言葉に驚いた君は目を見開いた後、眉尻が上がり
「それでお前が危ない目にあったら、俺が嫌なんだよ!!」
昔、ぐずった時の様にムッとしながら少し強い口調で言い返してきた。
「むぅ…じゃあ僕に危ない事して欲しくないなら、なつ君は一生危ない目にあわなきゃいいんだ!」
うん!それがいい!
これで全部解決だ!
なつ君は複雑そうな顔をしていたけれど、僕はお互いの主張が通ったいい結果に満足気にドヤ顔して見せた。
「それからね、僕もなつ君が大好きだよ。ずっと一緒にいよーね。」
満面の笑みで告白の返事をしたら、なつ君は顔を真っ赤にして
「…~~~~~っ!!!……あぁ、ずっと一緒だ。クリスが嫌がるまで離さねーからな…」
「そんな日は来ないもん」
「でも今の俺はクリスより20歳も上なんだぞ。いつか、こんなじじいより同世代や若い子が良くなるかもしんねーじゃん」
「ならないもん!おじいちゃんになってもずっといるから、100歳以上生きてくれなきゃヤダよ。なつ君居なくなったら僕も後追うもん」
「それは止めろ」
「じゃあ長生きして!」
僕が頬膨らませてじっと見つめれば、なつ君はクスッと笑い
「はいはい、がんばらせていただきますよ。クリスにも長生きしてもらわねーといけねーからな」
「ん!なつ君良い子!」
「良い子なのか、これは?」
良い子良い子と頭を撫でてあげたら、なつ君はクスクス笑った。
僕も胸がポカポカして、幸せだ。
窓から射し込む日差しもぽかぽかで、気が緩んだ子供の身体には一気に睡魔が訪れ
「ふぁぁぁ……」
「そろそろ寝るか?」
「ん…なつ君と一緒に寝る…」
「ん。一緒にな」
その返事を聞いた僕は安心して横向きで布団に入る。
目の前にはなつ君の顔があったから、僕はサンタクロース時代と同じ様に頬におやすみのキスを落とし
「Good night なつくん…」
ふにゃ…と笑えば、なつ君は顔を真っ赤にしていた。
- その日の夕方 -
「やぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!なつ君と一緒に帰るのぉぉぉぉぉぉ!!!」
僕はいつもの様に優しく微笑むサンさんにガッシリ抱っこして捕まっていた。
サンさんはアンドロイドだから本気を出せば力が強くて振りほどくことは出来ない。
「なつにいに会うまでは俺の時に泣き叫んでくれたのに…なつにいが憎い……」
困った様に笑う、どこか嬉しそうななつ君を睨む聖夜お兄ちゃん。
なつ君が僕に近づいてきてくれたから、抱っこしてくれるのかと両腕を伸ばして期待したら頭を撫でられた。
「ははっ、俺も寂しいけど、住んでる家が違うからなー…しょうがない…」
抱っこはしてくれないらしい。
僕は頬を膨らませ
「ずっと一緒って言ったぁぁぁ!!!なつ君の嘘つきぃぃぃ!!!」
いつもの事ながら離れるのを嫌がった僕は病院前で泣き叫び、みんなを困らせた。
「またすぐに遊びにきていいから、な?」
「ほんと…?」
「あぁ。今は仕事が忙しいからすぐは無理だけど、落ち着いたら俺からも会いに行くから」
「うん……約束だよ…」
なつ君の言葉に僕は渋々頷いた。




