やられクマぁ
あー、どうしよう。寝て起きたらすべて夢でした、って事になんないかな? 俺は大っ嫌いなんだけどね、夢オチ。でも、今なら許せる。いや、許せるレベルじゃないな。最早、崇拝するよ。
『おい人間、何でお前は話せるベア?』
幻聴幻聴っと。もしくは、あの熊、さては着ぐるみだな? 人が入ってんだろ? 早く出て来いよ、今なら許すからさ。
『無視すんな! クマわすぞ!』
「何だよクマわすって。熊用語使うんじゃねぇよ」
『やっぱり話せるベアぁ。お前、本当に人間か?』
熊にも人間かどうかを疑われる俺って一体。。。
「俺の事はこの際置いといて、お前はそこで何してるわけ?」
『ふざくんま! お前ら人間が俺を攫ったベア! ここから出せ低能!』
「うーん、確かに勝手に攫われたらムカつくよなぁ。よし、お前が約束守れるんなら、俺が出してやるよ」
『約束? 何だベア?』
「人間を襲わない事、それと、すぐ山に帰る事。約束出来る?」
『約束するベア。だから早くここから出して。俺もリラッくましたいベア』
リラッくま? リラックスって事か? なんか段々と可哀想に思えてきたな。
さてしかし、どこに出入り口があるんだ? あの熊の大きさからして、普通の扉では無理がある。搬入倉庫の大型な出入り口程度の広さは必要だろう。
俺は通路の右側を注視する。すると、少し先にこれまでの壁とは違う造りが見てとれた。
そこまで近付くとなるほど、本当に搬入用の自動ドアらしき継ぎ目がある。ただし、自動ではないらしい。当たり前か。熊が出て来るもんな。
どうしたもんかと、付近を観察していると、液晶パネルが嵌め込まれている部分を発見した。
とりあえず触ってみる。反応無し。ダブルクリックしてみる。反応無し。舐めてみる。涎が付いた。
うーん、無理っぽいな。あの熊には悪いが、ゴメンねテヘペロして、さっさとここから出て行った方が有意義かもしれない。
これで最後と思いながら、ジジイに貰った身分証をかざす。パネルが反応し、扉が開いた。
いや、開くんかい! 俺ってここの社員なの? あのジジイ、やっつけ仕事でこの身分証を作ったな。適当が過ぎるだろ。
パネルが3からカウントダウンを始める。俺は急いで中に入った。
中は思ったよりも広かった。教室二つ分はありそうだ。適度に明るく、適度に湿気がある。ただし、何も無い。熊が居ることを除けば、それなりに心地良い環境ではないだろうか。
『本当に来たベア! 人間、俺を出してくれ!』
熊がはしゃぎながら俺の方に向かって来た。
……あー、うん。ちょっと恐い。それに結構デカいね。二メートル近くあるんじゃない? そんな黒い塊が俺に向かってくるんだよ? 恐くて当然だよね。
「一応確認だけど、さっきの約束覚えてる?」
『当たり前だベア! 人間は襲わないし、すぐに縄張りに帰るベア!』
よしよし、ちゃんと覚えていたか。俺が頷いていると、熊はふんすふんすと鼻を鳴らして、俺を嗅ぎ出した。
「何? 変な臭いでもすんの?」
『お前、本当に人間? ちょっと俺達と同じ匂いがするベア?』
マジか。熊と話せちゃってる時点で今更な気もするが、熊に言われると結構ヘコむ。俺って、もう純血な人間じゃないんだね。
「俺は人間だよ。少なくとも心は人間だ」
『んな事聞いてないベア。勝手に黄昏るのやめてほしいクマ。なんか腹立つベア』
酷い言われようだ。熊に泣かされた人間は多数いるだろうが、言葉で泣かされたのは俺が初めてじゃないか? まあ、いいさ。これも貴重な経験と捉えよう。決して熊に屈した訳ではない。それだけは断固として強調させて貰う。
「それじゃ、ここから出るから俺の後に――」
俺が熊に背を向け、説明を始めた瞬間
『スキあり! ベアナックゥル!』
熊が俺の背中を切り裂いた。
「ギャァース!」
俺は弾けるように扉に叩きつけられ、一瞬意識が飛びかける。
『クマッマッマ! 俺に背を向けるとはバカだベア! 人間を襲わない? ふざくんま! お前ら人間が俺らに何をした? 縄張りの山を汚すだけでは飽き足らず、餌までも奪ったベア! 餌を求めて仕方なしに地上に降りてくれば、今度は多勢に無勢でバカスカ発砲する愚か者ども。誰がそんな人間の言葉を信じるベア? お前だって同じ事をされてから能書き垂れろ!』
「うーん、そう言われるとぐうの音も出ないな。同じ人間として謝るよ」
俺はゆっくりと立ち上がり、首の骨を鳴らす。
『ファッ!? 何で平然としてるベア? 手加減したとは言え、俺のベアナックルを喰らって立てた人間などいないのに』
あー、やっぱり手加減されてたのか。そりゃそうだよな、普通なら気絶してるはずだ。俺だってなぜ立てるのか不思議なくらいだ。きっとすぐ、俺は倒れるだろう。
……ん? 何か平気だな? 痛みも感じない。あれか? ドーパミンがドバドバ溢れて、感覚が鈍ってるのかな?
「お前の苦しみは理解した。人間はきっと傲慢なのだろうよ。でも、今は俺がいる。俺ならお前の言葉を伝えられる。だから、もう一度だけ俺を信じてくれないか?」
『……無理だベア』
「なぜ!?」
『お前は俺達が何を食ってるのか知ってるベア? 何でも食う。木の実から猪まで、幅広く食うんだベア』
そう言った目の前の熊は、口から涎を垂れ流す。
『俺は知ってしまったんだ。お前ら人間が旨いって事をなぁ! あぁ、考えただけで涎が止まらないベア! 生かしておいた人間の臓物を喰う瞬間、あいつらはビクッと身体を強張らせるベアぁ。それが旨くて旨くて、止められないベア』
「……お前が手加減したのは、生かして喰う為か?」
『それ以外に理由なんてないベアぁ。何でお前は死にかけないんだ? 早く俺に喰われろよ!』
あぁ、そうか。最初からコイツとは分かり合えない運命なのか。
はぁ〜、こんな事ならさっさと外に出て行けば良かった。そうすれば、熊の言葉が分かる事なんて気付かなかったし、それに同情して俺が死ぬ事もなかった。ま、どちらにせよ後の祭りか。いいよ、殺せよ、どうせ一度は死んだ命だ。いや、ジジイを含めると二度死んでるな。
……いや、やっぱりムカつくな。何で俺が熊に喰われないといけない訳? 喰うならジジイを喰えよ!
俺は熊に向かって走り出し、思いっ切り殴りつけた。
『くままぁ!?』
大袈裟に吹っ飛ぶ熊に、俺は思わず失笑する。
いやいや、昨今の熊はこんなに演技派なのか? そういうのいいから、さっさと立てよ。
……ん? やけにのんびりしてるな。野生だったら、命取りだろうに。
俺はしばらくその場に留まり、熊が立つ気配がないので身分証をかざして普通に部屋を出た。




