ご対面クマぁ
腹が減った。そう、やけに腹が減る。俺は三日三晩、何かしらを口に入れていた。寝ている時でさえ、口を動かすのを止めなかった。次第に嗅覚や聴覚が過敏になり、やがて身じろぎすらままならなかった身体が、自由に動かせる程に回復した。
ゆっくりとベッドから離れて立ち上がり、自身の変化を確認する。
……うん、ウル◯ァリンだね。或いは、創作物の狼男といった所だろうか。あらゆる面が毛で覆わており、伸びた爪が婉曲している。幸か不幸か、意識ははっきりしており、ちゃんと自我がある。だからこそ、首輪をしている姿が情けなく感じる。
で? 俺にこれからどうしろと? 死んだ事になってるんだよね? あのジジイ、俺の葬式に参列したとか言ってたし。
「おい、ジジイ! 説明しろハゲ!」
数分後、ノロノロとジジイが姿を現した。
「馬鹿みたいにデカい声出すな。儂の耳はそこまで遠くないぞ」
「あんた、俺をどうしたいんだ?」
「どうもせんよ。お主が植物状態から脱した事で儂の実験は成功した。後は、確実性を高める作業になる。よって、お主は何処へでも好きな所に行くがよい」
「ふざけんなよジジイ! こんな姿になって、どこへ行けってんだよ!」
「怒鳴るな怒鳴るな。耳が痛いわい。では訊くが、お主は植物状態のままが良かったのか? それとも死を望むのか? であれば、ここで介錯しようぞ。その後、お主の脳を更に研究し、儂の糧としてやろう」
あ、このジジイ、話しながらそっちの方が面白いかもって顔してやがる。まずい、本気で殺される。
「じょ、冗談ですやん。死にたい? ないないないっ! 死にたくない! って事で、ひとつ宜しく」
「えぇ、本当にぃ? 我慢しなくても良いのだぞ? 痛みなんか感じる暇もなくあの世へ行けるのだぞ? 考えてもみろ、死なんてのはどうせやってくるものじゃ。遅いか早いかの違いでしかない。そして大抵の人間は、少なからず苦しんで死ぬ事になる。それを今回特別に、お主の為にわざわざ、苦しませずに死なせてやろうと言っておるのじゃぞ?」
クソジジイ、ウキウキしながら俺の死を想像するんじゃねぇよ。何が、俺の為、だ。お前が解剖したくて疼いてるだけじゃねぇか。
「いや、本当に死ぬ気ないんで。えっと、出口は何処ですか?」
「チッ、根性無しが。出てけ出てけ、どうせ一通じゃから迷う事もなかろうよ。ああ、そこにある服を着といた方が良いぞ? 今の姿のまま街に出たら、確実に発砲されるからの」
ヒョッヒョッと嘲るジジイを尻目に、上下スキーウェアを身に纏う。毛が邪魔でモタモタしたが、なんとか着られた。なんか、パッツンパッツンで動きにくい。
靴はやはり安定のワー◯マン! なのだが、やはり毛が邪魔だ。無理矢理履いたけどな! よし、街に着いたら、まずは足の毛を剃るぞ! ここが何処か知らんけど!
意気揚々と監禁室から出ようとすると、ジジイから待ったの声が掛かった。
「忘れとったわ。お主は今日からタマゴじゃ。ほれ、身分証。それがあれば全国どこでもフリーパスにしといたから失くすなよ? 再発行はせんからな」
受け取ったのは、免許証くらいのカード。何やらキラキラしているが、そんな事よりもタマゴ?
「ジジイ、タマゴって何だよ?」
「名前に決まっておろう。コロンブスは死んでしもうたからな、惜しい名前じゃった」
クツクツと笑うジジイをガン無視して、俺は部屋を去った。ファッキュージジイ!
通路は、言われたように一通だった。所々、左側に部屋があったが、一切気にせず先へ進んだ。どうせ、碌なもんじゃない。
すると、今度は右側から光が差していた。どうやら、硝子窓のようだ。
特に気になった訳ではない。何となく通り過ぎる間に、チラッと見ただけ。そして目が合っただけ。熊と。
『何見てんだベア!』
俺は慌てて周囲を確認する。誰もいない。
『そこの人間、てめぇに言ってるベア!』
「え? お前が話してんの?」
『クッマァ! お前、言葉が分かるベア?』
えぇ、マジかよ。これ以上、俺に負担を強いないでくれよ。熊の言葉が分かる? 止めてくれ。俺を人間でいさせてくれ。
「俺は前世でどれ程の業を背負ったんだ?」
『前世って何だベア? 旨いのクマ?』
俺はその場で、膝から崩れ落ちた。
会話、できちまったよ、熊と。さようなら、俺の常識達よ。こんにちは、異常な世界。
はぁ~、旅に出たい。心からそう思った。




