目覚めたクマぁ
長い夢を見ていた気がする。言うなれば、エンドロールが延々と続いて終わる気配がない心境だ。とても懐かしい気分になる。昔、背伸びをしたい年頃に観た、トリュフォー作品を意味も理解できずに頷いた記憶が蘇る。
「――」
何か聞こえる。
「―おい、聞こえるか若造」
パチリと目を開けると、眩い光が眼球を刺激し、反射的に目を閉じた。それから、恐る恐るゆっくりと再び目を開けた。
知らない天井だ……言葉に出さなくてホッとした。ある程度目が慣れてくると、視界が拡がった。
白い天井に白い部屋。そして医療機器らしき波打つモニター。どうやら、俺は助かったようだ。
「若造、儂が見えるか?」
俺は声がする方へ視線を向ける。
白衣を身に纏った男性が床で胡座をかいていた。
「ァ、ゥ」
おかしい、声が出ない。呼吸は出来るのに喉の違和感が尋常じゃない。まるでガムが貼り付いたように、発声が出来ない。
「やめておけ、お主は一年意識が無かったのだから、声が出ないのも仕方あるまい」
一年? おい、一年って言ったのか?
俺が目で訴えると、男性は立ち上がり、俺の元に近付く。
目の焦点を合わせると、スキンヘッドの老人が佇んでいた。この人が、俺の命の恩人なのか?
「お主はまだ話せないから、儂が一方的に話すがよいな?」
俺は小さく頷いた。これだけでも、かなり身体に負荷が掛かった。
「よろしい。まず、自己紹介だ。儂は轟木、生物学者であり科学者であり、まあ、何でも屋だな。因みに医者ではない。医師免許を持っていないのでな」
医者じゃない? そんな人がなぜここに?
「一年前、C県H市にて意識不明の重体者が山中から発見された。お主の事じゃな。その後、地元の病院に搬送され、数時間に及ぶ手術を施される。内臓損傷に大小合わせた骨折が数十カ所、よく生きておったな」
本当だな、よく生きてたよ俺。それより、医者じゃない爺さんは何者?
「無事手術は成功し、後は意識が戻るのを待つだけだった、と執刀医から聞いとる。しかし残念ながら、お主の意識は戻らない。生きてはいるが、意識がない。所謂、植物状態というやつじゃ。始めの内は、お主の家族も懸命に望みを捨てなかった。それが一カ月、二カ月と変化がないまま過ぎ、とうとう半年が経ってしまった。張り詰めた糸というのは、そういう時こそ切れやすい。儂の経験則じゃ、覚えておいて損はないぞ?」
何が可笑しいのか、爺さんはクツクツと笑った。
「そこで儂の出番じゃ。儂はのぉ、どうしても人を使った実験がしたくての。だが、世論は倫理がどうだのと五月蝿くて仕方がないわい。だから、お主のような被験体は儂にとって好都合なのよ」
は? 何言ってんだ、このジジイ。被験体だって? 俺の家族がそんなの許すはずないだろうが!
「お主の家族は、持参金をたんまり払ったら了承してくれたぞ? 言ったであろう? 張り詰めた糸は簡単に切れると。安心せい、お主はちゃんと愛されておったよ。儂もちゃんと、葬式に参列したしの。それにしてもお主、鈴木 卵って言うんじゃな。初めて聞いたのが葬式だったもんで、危うく吹き出す所じゃった。卵と書いてコロンブスと読む、正気か? 役所もよく通したものじゃて」
うっせぇよ! 名前のことはやめてくれ! 名前のせいて、何度からかわれたことか。って言うか、俺って死んだ扱いになってるの? どういう事? そんな簡単に人って消せるものなの?
「まあ、お主の家族からしても、いつ目覚めるか分からない者に金を使うよりも、儂のような金を払ってまで引き取ってくれる者の方が良かったのは間違いない。儂には珍しく、結果的にウィンウィンな契約じゃったな」
そこに俺の意思は含まれないのか? 俺はもうジジイの所有物なのか? クソっ、腹が立ってるのに、瞼が重くなる。
「なんじゃもう活動限界か、まあ、目覚めたばかりなら仕方なしと考えるかの」
ヒョッヒョッ、というジジイの鼻につく笑い声を聞きながら、俺は眠りについた。




