第6話 血盟の剣士たち
山脈を越え、霧を抜けた先に広がる荒野――《デュラン平原》。
そこは、傭兵たちの無法地帯として知られる。
金のために剣を振るう者、逃亡した兵士、そして死を恐れぬ狂戦士たちが集う場所。
ライル・アーヴィングは、黒い外套の裾を翻しながら、その地を歩いていた。
隣には紅の瞳を持つ魔法使い――セリア・ヴェルディア。
「傭兵団を作る、って言ったけど……本当にここで見つかるのかしら?」
「金と力、そして“目的”を示せば、どんな獣でも動く」
「ふふ……あなた、本当に人間を信用してないのね」
「裏切られることには慣れた」
ライルの瞳が一瞬、冷たく光った。
セリアはその横顔を見て、微笑む。
――忠誠と裏切り。その狭間で燃える男。
彼の怒りの炎は、見ているだけで胸が熱くなる。
傭兵酒場《黒狼亭》。
昼間から血と酒の匂いに満ちている。
壁には戦利品の牙、槍の穂先、首輪。まさに暴力の象徴だ。
ライルはカウンターの奥に立つ男へと歩み寄った。
筋骨隆々、片目に傷を持つその男は、彼を見るなり鼻を鳴らした。
「客かと思えば……戦の匂いがするな。何者だ?」
「ライル・アーヴィング。かつて王国の剣だった者だ」
周囲の傭兵たちの視線が一斉に集まる。
ざわめき、低い笑い声。
「へぇ……王国の犬がこんなところに何の用だ?」
「まさか、また主の尻でも舐めに来たか?」
ライルは、ゆっくりと腰の剣に手をかけた。
その仕草一つで、場の空気が一瞬にして凍りつく。
「――裏切られた主のために剣を抜くほど、俺は愚かではない」
次の瞬間、彼の剣が閃いた。
空気を切り裂く音。
あまりの速さに、誰も抜刀を見られなかった。
壁に飾られていた槍の穂先が、真っ二つに斬り落とされる。
静寂。
「聞け。俺は王を討つ。裏切りの王を、だ」
低く響く声に、傭兵たちの笑いが止まる。
その殺気は、ただの野心ではない。――怒りと信念に満ちていた。
「報酬は山分けだ。ただし、裏切り者には――死を」
その言葉に、空気が動く。
傭兵たちの中で、ひとりの女が立ち上がった。
「……あたしを雇う気はある?」
長い黒髪を結い、片刃の曲刀を腰に差した女。
戦場で百の首を刎ねたと噂される《黒鴉のミレーヌ》。
「お前が“黒鴉”か。興味はある」
「ただの殺し屋じゃないわ。王の処刑部隊にいた――あなたと同じくね」
セリアの瞳がわずかに細まる。
ライルもまた、刃のような視線を向けた。
「処刑部隊が、なぜ傭兵に?」
「命令に背いたのよ。――“罪のない村を焼け”って王が言ったからね」
ミレーヌの声には、かすかな怒りが滲んでいた。
その怒りの色が、ライルにははっきり見えた。
「……目的が同じだな」
「だったら、あたしも乗るわ。あの王の首、金じゃなくて――個人的な報酬としてもらう」
ライルは頷いた。
その瞬間、背後の傭兵たちがどっと立ち上がる。
「おいおい! 本気で王国を敵に回すつもりか!」
「死にたくなきゃ引っ込んでろ」
ミレーヌの刃が一閃した。血が舞い、二人が床に崩れ落ちる。
「言ったでしょ? 王の犬どもには興味ないの」
セリアが微笑みながら呟いた。
「気に入ったわ、あの女。血の匂いが、あなたと同じ」
「俺よりも野生的だがな……いい戦力になる」
夜。
ライルたちは黒狼亭の奥の部屋に集まっていた。
ミレーヌの他にも数名の傭兵が加わっている。
斧使いの老戦士グロス。
弓を操る少女ルネ。
そして、無口な刺客・ゼス。
粗野だが、全員が一流の腕を持つ。
「これで最小戦力は整ったな」
ライルが地図を広げる。
王都までの街道、補給路、監視塔の位置――すべてが細かく記されている。
「まずは街道の監視塔を落とす。王国軍の目を潰すのが先だ」
「ふむ、正面突破か?」とグロスが笑う。
「そうだ。恐怖を刻むには、隠れるより暴れる方が早い」
「なるほど。見せしめ、ってわけね」
ミレーヌの唇が歪む。
「嫌いじゃないわ。派手なほうが性に合う」
「セリア、支援は?」
「問題ないわ。炎で街道ごと焼く準備はできてる」
「よし――動くぞ。夜明けとともに、“血盟”を始動する」
翌朝。
濃霧に包まれた街道に、静かな足音が響く。
王国軍の監視塔。その頂で見張り兵が欠伸をしていた。
「退屈な任務だな。傭兵なんて来やしねえよ」
次の瞬間、首が宙を舞った。
風より速く、音もなく。
ライルの剣が一閃。
そのまま塔の内部に突入する。
「敵襲――っ!」
叫ぶ声が上がるが、すでに遅い。
炎が爆ぜ、矢が飛び、血が霧に溶けた。
セリアの詠唱が響く。
「――《紅蓮葬火》!」
塔全体を包み込むような炎の嵐。
石が焼け、鉄が溶け、兵の悲鳴が遠ざかっていく。
ミレーヌは笑いながら剣を振るう。
グロスの斧が兵を薙ぎ払い、ルネの矢が逃げる者を仕留める。
わずか十五分後、監視塔は跡形もなく崩れ落ちた。
「……見事だな」
ライルが剣を鞘に収め、淡々と呟く。
「これで、王国の目は一つ潰れた」
「次はどうする?」
「王都への街道を血で染める。裏切りの代償を、奴らに思い知らせる」
炎に照らされたライルの瞳は、まるで地獄のように赤く燃えていた。
夜、焼け跡のそばで焚き火を囲む。
炎に照らされた仲間たちの顔は、それぞれ違う過去と憎悪を背負っていた。
「お前たち……命を賭ける覚悟はあるか?」
ライルの問いに、ミレーヌが笑う。
「死ぬ覚悟なら、とうにできてるわ。王の首を取るまでね」
グロスが豪快に笑い、ルネが矢を磨きながら頷く。
ゼスは黙って刃を研いでいるだけだが、その手がわずかに震えていた。
セリアが静かに口を開く。
「この夜を境に、もう戻れないわよ」
「戻るつもりはない」
ライルは短く答える。
「俺たちは“血盟”。裏切りを憎む者たちの集まりだ」
焚き火の炎が高く上がり、夜空に火花を散らす。
風が唸り、遠くで狼の遠吠えが響いた。
セリアがその炎に手をかざし、呟く。
「王国に、もうすぐ夜が来るわね」
「いや――夜はもう始まっている」
ライルの瞳が、闇を貫く。
その先には、王都の輝き。
かつて忠誠を誓い、そして裏切られた地。
今度は――その王座を、血で塗りつぶす番だ。




