第36話 終焔の敬礼そして王は狂う
王城上空。
黒と蒼の光はもはや“色”ではなく、形容不能の灼熱と振動として世界を揺らしていた。
浮上要塞の甲板を中心に、空気は裂傷を負ったように歪み、雷鳴と黒焔が互いを喰い合う。
エルン・グラードは、なお立っていた。
蒼雷の翼は半壊し、鎧も破れ、肩からは血が滴る。
それでも――あの男は微笑んでいた。
その笑顔は、かつてライルが憧れた“強者の余裕”ではなく……死を覚悟した武士の微笑だった。
エルン:「……まだだ。まだ……倒れぬぞ、ライルッ!!」
雷が弾け、甲板の基盤ごと粉砕する。
ライルの黒焔剣ヴァルグレイスが、獣のように唸る。
黒炎が彼の足元から旋風のように広がり、空中に不気味な文字を描いた。
ライル:「――《残界の牙》」
影を裂くような一撃が、空そのものを切り裂く。
黒焔の狼が具現し、エルンへ襲いかかった。
「甘いわッ!! ――《雷閃百断》!!」
エルンは叫ぶ。
雷速で放たれた百の刃が狼を引き裂き、黒焔ごと空へ散らす。
甲板の空気が爆ぜた。
ゼス:「……あの雷撃、まだ底があるのかよ……」
「ライル、負けないで……! あなたは……あなただけは……!」
セリアは震える手で仲間を庇いながら、空を見上げる。
ライルの瞳が紅く光り、黒焔がさらに強まる。
エルンは深く息を吸い、かつての教官時代と同じ声で言った。
「ライル……。
お前はいつも、“人のために斬る剣”を選んだ。
だがその剣は、お前自身を壊す。」
ライルは笑う。だがそれは嘲笑ではない、記憶の奥にある温もりを確かめるような笑み。
「壊れても構わねぇよ。
……守りてぇ奴がいる。それだけだ。」
「だから愚かだと言ったのだ!!」
雷が一点に収束し、エルンの姿が消えた。
次の瞬間、ライルの背後に蒼光が迫る。
『――《雷襲・穿界剣》』
雷の剣が空間ごとライルを貫かんと突き破る。
しかし――黒焔が逆巻いた。
「読むなよ、師匠……
お前の“最後の癖”は、もう分かってる。」
彼は振り返らず、背後に向かって剣を振る。
漆黒の三日月。
黒焔が螺旋状にまとわりつき、封じられた奥義の片鱗を覗かせる。
『――《黒焔反衝・逆月牙》』
空気が消失し、蒼雷の剣が霧散する。
エルンは後退しながら、初めて驚愕を浮かべた。
エルン:「……その技は見たことがない……!」
ライル:「仲間がいたらな。技なんて、自然と“進化”する。」
エルン:「……“絆”の力……か。」
ライル:「そうだ。師匠が何度も言っただろ?
“独りでは限界がある”ってよ。」
雷光が揺らぎ、エルンの表情に迷いが走る。
ほんの一瞬――その隙こそが、戦士としての限界だった。
ライルは地を蹴る。空が裂ける。
ライル:「師匠……これで終わらせる。」
黒焔剣ヴァルグレイスが震え、空中に黒い魔導陣を生む。
セリアが息を呑む。
セリア:「ライル……まさか、その技……!」
カラム:「おい……やめろ……あれはまだ早ぇッ!」
だが、止まらない。
ライルは低く呟いた。
「――ヴァルグレイス、開け。俺の罪も……全部背負え。」
黒焔が噴き上がる。
甲板が燃え尽き、空に巨大な黒い太陽が現れた。
『 黒焔剣 最終理――
《終焔・断罪エクリプス》』
エルンは、静かに剣を構える。
蒼雷が形を変え、翼が羽ばたく。
「ならば私は――“王国最強”として、お前の道を塞ぐ!!
『《蒼雷装・神臨》』
蒼白の巨大な雷神が形作られ、
黒い太陽の前で対峙する。
ライル:「行くぞ、師匠。」
エルン:「来い、我が弟子!!」
黒い太陽が潰れ、世界が白く消えた。
――轟雷。
――業火。
――無色の衝撃。
地上ではすべてが光に包まれ、王都の兵士たちが地に伏せる。
ルネ:「いやいや……あれは……災厄……!」
カラム:「馬鹿……やりやがった……!」
天上では、黒と蒼が混じり、大地に届く前に霧散した。
その余波だけで王都の塔がいくつも崩れる。
光が消えると――
エルンは、片膝をついていた。
剣は砕け、翼も形を失い、エルンの姿がむき出しになっている。
ライルも膝をつき、肩で息をしていた。
立ち上がるのは、ひとりだけだった。
ライル:「……師匠。最後まで……強すぎんだよ……」
「……見事……だ。お前が……“正しさ”を選んだ……のかもしれぬ」
エルンはうっすらと笑う。
「答えなんてねぇよ。ただ……仲間を守りてぇだけだ」
エルンの瞳が揺れた。
「……なら、その道を……行け。
弟子よ……私の誇り……だった……」
蒼い光がほどけ、エルン・グラードは静かに倒れた。
甲板に響いたのは――ただ一つ、敬意の音。
ライルは剣を下げ、静かに呟いた。
「……ありがとう、師匠」
静寂が満ちる。
だが次の瞬間――
王都全体が震えた。
鐘が一斉に鳴り響き、天へ伸びる白銀の光柱が王城最上階から吹き上がる。
セリア:「あの光……いや……まさか……!」
カラム:「クソッ、やりやがった……!」
王の声が、光とともに響く。
アルトレウス三世(遠声):
「――神よ!
反逆者を討つ“聖なる器”として……我を選び給え!!いまこそ、王国を浄化せん!!」
白銀の魔法陣が空に展開し、血のような赤い紋章が裏側から滲む。
ミレーヌ:「あれ……“聖血の儀”!?
正気じゃない!! 王が……神格を……!」
ゼス:「やべぇぞ。あれは……人間が扱える魔力じゃねぇ」
ライルは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には疲労も痛みも――そして迷いもなかった。
「……見えてるよ、王様。お前のその狂気も……全部燃やしてやる」
黒焔剣が再び灯り、漆黒の炎がライルの足元に集まる。
ライルは浮上要塞の端に立ち、王城最上階の光柱を見つめた。
「師匠……あんたの残した“罪”ごと……全部――終わらせる」
黒焔が天に伸び、夜空を震わせる咆哮となる。
「ライル……私たちも行くわ。一人で……絶対に行かせない!」
セリアが震えながら、でも強く言う。
グロス:「へっ、これからが本番だろ? バカ野郎。」
カラム:「全隊、王城へ向かう!!」
仲間たちが立ち上がり、その背で風が鳴る。
ライルは剣を掲げ、狂信の王が待つ王城へ――黒焔の道を切り拓いた。




