第31話 黒焔剣が示す道
王都の中心――かつて栄華を誇った白亜の王城は、いま炎の海と化していた。
崩れた外壁の向こう、夜空を焦がすほどの炎が塔を呑み込み、赤黒い煙が空を覆う。
空を裂く鐘の音が響くたび、兵士たちの悲鳴や怒号が重層的に混ざり合い、まるで“世界が絶叫している”かのようだった。
ライル・アーヴィングが黒外套を翻し、瓦礫を蹴り上げて進む。
背に負うのは破誓の剣――《黒焔剣》。
誓いを破る者へ裁きを下すその刃が、青白い光を脈動させていた。
「――突入開始。王を討つ準備を整えろ。」
静かな声。
けれど、その一言で空気は張り詰めた。
「へっ、また地獄の入口かよ!よし、若ぇの、続け!」
大戦斧を担いだグロスが豪快に笑い、地面を踏み鳴らす。
弓を引き絞るルネが軽やかに頷いた。
「了解! こっちは援護するからね!」
ルネが弓を構え、ポニーテールを揺らした。矢羽が風を裂く音――。
「すでに後方の魔導障壁は崩しておいた。前を開けろ」
カラムが冷静に詠唱を紡ぎ、仲間の背後に青光の盾を展開する。
その瞬間――。
ドォンッ!!
城門が爆ぜた。
轟音と爆風が押し寄せるなか、影からぬるりとミレーヌが姿を現し、曲刀を閃かせた。
「王国兵…愚かね。崩れる城を守るために、命を捧げるなんて。」
「ミレーヌ、まだ口より刃のほうが速いぞ!」
グロスの豪声とともに、前衛が突き崩される。
「うふ、もちろん」
ミレーヌの曲刀がぬらりと滑り、喉を裂く。
一滴の鮮血すら無駄なく落ちる、完璧な暗殺者の動作。
「まとめて押し潰してやらぁぁぁ!!」
兵たちの防衛線は、グロスの豪斧により爆ぜるように吹き飛んだ。
「は、派手過ぎ……!」
ルネが呆れながらも矢を射る。
ルネの矢が高所から放たれ、敵の隊長の胸を貫いた。
「抜けた!」
グロス「やるじゃねぇか、ちび鳥!」
「ちび言うなっ!」
火花と叫声が交錯する中、ライルの剣がひと筋の閃光を描く。
その斬撃は、もはや“剣”ではなかった。誓いそのものが具現した光――。
「――道を、開け。」
振り抜かれた瞬間、十人の兵士が同時に崩れ落ちる。
その目には、何が起きたのか理解すらできていなかった。
城門を突破した瞬間、城内第二回廊で視界が一気に開ける。
崩れ落ちたステンドグラスから光が差し込み、散った血を虹色に輝かせていた。
その中央に――白金の魔導衣を纏う少女が立っていた。
「――聖炎。
我が血脈に応え、王城の闇を焼き払え」
祈るように両手を組む。
エリシア・アルヴェリア――王女。
かつてこの王城で“沈黙の王女”と呼ばれた少女が、今は祈りの姿勢で立ち上がっていた。
黄金の髪が炎に照らされ、まるで本物の天使のように輝く。
彼女の杖から放たれた光は、まるで神の審判。
敵の魔導障壁を焼き、悲鳴が連鎖する。
「……これが、王女殿下の光か」
ライルが歩み寄り、静かに問う。
「これが、あなたの望んだ姿か?」
「いいえ、違います。でも……沈黙のままでは民は救えない。」
その言葉に、ライルの眼差しがわずかに揺れた。
「ならば――声で示せ。光で。」
「ええ。私が……選んだ道だから」
エリシアは微笑み、再び杖を構える。
彼女の光が仲間を包み、負傷した反乱軍の兵を癒す。
カラムが振り返り、感嘆を漏らす。
「……王女の魔力、まるで太陽そのものだな。」
「太陽? いや、あれは“誓い”の光だ。」
ライルの言葉に、エリシアは微笑みだけで応えた。
王城中央階段――。
残る王国兵たちは防衛線を張っていた。
しかし、それを突破する反乱軍はもはや“軍”ではなく、“嵐”だった。
「敵魔導兵、左翼三! ルネ、射線を塞げ!」
「了解っ!」
カラムの声に即座に反応し、ルネが滑るように跳び、瞬時に射線を形成する。
「……雨矢の連鎖いっくよ!」
弓弦が鳴り、無数の矢が空を覆った。
それはもはや“雨”ではない、“流星”だった。
敵陣の奥深くまで突き刺さり、爆裂矢が炸裂する。
「ごめん。でも……もう泣かないって決めたの。」
その声に、ミレーヌが影から笑った。
「立派になったわね。泣かない少女ほど、戦場では強いわね。」
そこへ、グロスが吠えながら突破する。
「どけぇぇぇ!!」
豪斧で兵の列を粉砕。
「まとめて押し潰してやらぁぁぁ!!」
兵たちの悲鳴が響く。
ミレーヌの曲刀が、音もなく喉を裂いた。
「数では覆せない。ならば、美しく散りなさい。」
戦場の中央で、ライルが剣を構える。
仲間の力が一つに収束し、敵の防衛線が一瞬で崩れた。
グロス「開いたぞ!」
仲間の声に応じて、ライルが剣を構えた。
黒焔剣に青白い光が宿り、中央階段の前に立つ兵たちが一斉に息を呑む。
ライル「……退け。
これ以上、民を裏切る真似を続けるな」
だが――。
「裏切り者は……貴様らだろう…」
黒い血の水たまりの中に、ひとりの男が膝をついていた。
ライル「ディエル・フェンロット……!」
王国諜報局長であり《影ノ牙》団長。
ゼスとゼイルを何度も死地に追い込んだ男。
だが今、その身体は半ば焦げ、右腕は焼け落ちていた。
「……亡霊どもめ。王を裏切り、何を得た?」
その声は掠れ、しかし威圧を残していた。
ライルがゆっくりと歩み出る。
「誓約の果て――お前のような影を討つことだ。」
ディエルは嗤う。
「……誓い? 笑わせるな。誓いなど、王に縋る愚民の玩具だ。」
「ならば見せてやろう。誓いが何を斬るかを。」
黒焔剣が青白く輝く。
ディエルは最後の魔法陣を展開し、影を纏う。
「“影”が、“光”に喰われると思うなよ!」
「いや――喰われるさ。」
ライルが踏み込む。
黒焔剣が逆光を生み、世界が一瞬だけ白く染まる。
次の瞬間――。
《破誓ノ閃刃》
呼吸より短い斬撃。
嘘も、裏切りも、罪も。
そのすべてを――“誓いの刃”が断ち切った。
音もなく、ディエルの身体が崩れた。
黒煙が舞い、彼の最後の声が、虚空に消える。
「……情報は……お前たちの…中に……」
灰になった男の残骸を見下ろし、ライルは目を伏せた。
「影は断たれた。だが、まだ終わらない。」
その瞬間。
耳鳴りのような振動が床から伝わってきた。
そして――。
崩落が始まった。
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