第25話 裏切りの忠義
夜の王都ヴァルディアは、燃えていた。
南門付近――倉庫街一帯。木造の家々が赤く染まり、黒煙が空を覆う。悲鳴、怒号、剣戟、そして爆ぜる魔法の閃光が、かつての“平和の街”を地獄に変えていた。
「……王国も、もう終わりか。」
呟いたのは一人の兵士。顔は煤と血で汚れ、剣の刃は欠けている。
だが、背後から容赦なく黒影が飛びかかり、喉を貫いた。
「悪いな。こっちも必死なんでな」
血を払う仕草もせず、剣を振るったのは――ライル。
かつて王国最強と謳われた騎士。だが今、その剣は“反逆者”として同胞を斬っていた。
炎の中を歩く彼の背後から、数人の影が続く。
血盟の面々――その瞳は、恐れではなく、確かな“意志”で燃えている。
「ライル、南の防衛線、崩壊寸前です!」
報告に駆けつけたのはセリア。長い銀髪が炎を受けて輝く。
「結界は?」
「……張り直しましたけど、あの規模じゃ長く持ちません。王国側の魔導師が十名以上、同調詠唱してます!」
「なるほど、正面突破は危険だな……」
ライルは目を細めた。
遠くで、王都の象徴――黄金の塔が炎に照らされている。
「カラム、全体の配置は?」
無線魔石から低く響く声が返る。
『各小隊、予定通り進行中だ。セリアとルネは南門制圧、ミレーヌとゼスは西側の監視塔へ。……お前は囮だ、ライル』
「囮、ね。もう慣れた」
『お前が暴れれば、エルンが動く。それが狙いだ』
「了解した」
ライルは口角をわずかに上げた。
――エルン将軍。かつての上官であり、恩師。
そして、今夜討つべき“忠義の象徴”だ。
倉庫街の裏通りを駆け抜ける影。
ゼスが壁を蹴り、滑り込みながら短剣を構える。
「通信、遮断成功。王国兵、南からの応援は来ねぇ」
「よくやった、ゼス!」
ルネが弓を構え、屋根の上から声をかけた。
次の瞬間、彼女の矢が放たれ、火の粉を裂いて王国兵の肩を貫く。
セリア「ひゃっ、危なっ……! あんた、またギリギリ狙ったでしょ!」
「ギリギリじゃない。計算通りよ」
ルネは唇の端を上げる。弓の弦が再び鳴った。
その射線を守るように、グロスが盾を構え突進する。
「オラァッ! 燃えろォ!」
彼が振り下ろした大戦斧が地面を砕き、炎の波が広がった。
「……派手にやるね」セリアが呟きながら結界を展開する。
「その方が楽しいんだろ、あの人は」ライルが応じる。
そんな中、闇を裂くように曲刀が閃いた。
ミレーヌだ。彼女はひとりで敵陣を駆け、王国の副官を仕留める。
「ごめんなさいね。あなた、悪くないけど――邪魔なの」
血を吸った刃が赤く光った。
「報告を続けろ! 南門の防衛はどうなっている!」
王宮前の司令塔。
将軍エルン=グラードは、怒号混じりに指示を飛ばしていた。
その顔は冷徹で、しかし瞳の奥には確かな動揺が見える。
「閣下……“あの男”が確認されました。ライルです」
「……やはり、来たか」
エルンは低く息を吐く。
かつて、己が育てた最も優秀な部下――忠義を誓った男。
だが今は、王国に刃を向けている。
「裏切り者のくせに、あの剣筋……まるでかつての教本通りだ」
「将軍、指示を!」
「構わん。奴を生かして帰すな。ただし、私が到着するまで――決して手を出すな」
「え、ですが――」
「いいからそうしろ! あいつを殺せるのは、私だけだ」
その声には、怒りと――わずかな哀しみが混じっていた。
「全隊、後退ラインを調整。ルネ、上空監視を」
『了解。……でも、あんたまた無茶する気でしょ?』
「ばれてるか」
ライルは笑い、血に濡れた剣を構える。
カラムの指示が再び響いた。
『王国軍はすでに包囲陣を敷き始めている。だが、奴らは焦ってる。エルンが出てくる前に混乱を最大化しろ』
「了解。俺の得意分野だ」
彼が一歩踏み出すと同時に、周囲の炎が渦を巻いた。
剣先に黒炎が宿る。
「黒焔剣――解放」
爆音。
炎が走り、十数名の王国兵が一瞬で吹き飛んだ。
その中心に立つライルは、もはや人ではなく、復讐の化身だった。
『……ライル、聞こえるか?』
無線越しにカラムの声が一瞬、震えた。
「聞こえてる」
『お前がここまで狂うとはな。だが――いい顔だ。今のお前なら、王を倒せる』
「そんなもん、望んでねぇ。ただ――奪われたものを取り返すだけだ」
炎の中で、二人の目的が静かに重なった。
「セリア、門の結界、どうなってる!」
「あと三十秒で崩壊します! 急いで!」
魔法陣が空中で弾け、城門に走る防御線がきしむ。
その隙を狙って、グロスが突進した。
「押せぇぇぇぇっ!」
盾が砕け、鉄の扉が爆ぜるように開く。
ルネが援護射撃で敵の後方を牽制、矢が次々と飛ぶ。
ゼスはその間に裏口へ潜入し、影の中で刃を走らせた。
「裏は制圧完了。城内部に侵入する!」
「よし、全員、突入だ!」
ライルの号令が夜空を裂く。
火の粉の舞う中、黄金の塔が目前に迫る――
その光景は、まるで“王国の終焉”そのものだった。
炎上する王都を見下ろす高台。
風に乗って、焦げた匂いと血の香りが混じる。
ライルは剣を地面に突き立て、息を吐いた。
その視線の先――遠くで、黒い鎧の影が立つ。
エルン将軍だった。
「……見てるか、将軍。あなたの教え子は、立派に“裏切り者”になりましたよ」
セリアが静かに寄り添う。
「本当に……殺すつもりなの?」
「殺すさ。王国も、エルンも、全部だ。奪われたものの代償としてな」
剣先が再び黒炎を灯す。
血盟の仲間たちが背後で武器を構えた。
カラムが短く告げる。
「――行くぞ。王国を終わらせる時だ」
ライルの瞳が闇に燃える。
夜風が炎を撫で、瓦礫が崩れ落ちる音が響く。
そして、彼はゆっくりと笑った。
「忠義を教えてくれた国に……裏切りの礼を返すだけだ」
炎の中、黒炎の剣が再び夜空を裂いた――。




