第23話 紅焔魔導師の肖像 ― 禁忌の代償
王都・学術区の薄暗い路地。夜風が瓦屋根を揺らす中、少年バレスタ・クローンはひとり廃墟に立っていた。両手に杖を構え、壁に描かれた魔法陣に集中する。周囲に残る古びた石の破片も、炎の光で淡く赤く染まる。
「……よし、次の計算値は……」
隣にいた同級生の青年が、炎の制御を誤り小さな爆発に巻き込まれる。焦げ臭い匂いと共に、彼は叫んだ。
「バレスタ、助けてくれ――!」
バレスタは顔色ひとつ変えず、杖の先でデータを確認する手を止めない。火傷で泣きじゃくる同級生を横目に、冷ややかに言葉を零す。
「炎は嘘をつかない。人は、つく。」
同級生の焦燥と苦痛は、彼にとって“誤差”に過ぎなかった。計算値を微調整し、炎の軌道を修正する。それだけで、火は収まり、少年の手元の魔法陣が光を帯びた。
廃墟に響くのは、微かな焔の音だけ。周囲の瓦礫の上で、もう一度同級生が泣きじゃくる声がする。バレスタは無表情のまま、呟いた。
「犠牲は、進化の代償にすぎない。」
その夜、バレスタは初めて理解した――世界は公正ではない。倫理も正義も、人の価値を保証はしない。だが、炎は嘘をつかず、計算は裏切らない。
やがて、彼の背後に一人の商人が姿を現す。灰街区の生き残りを狙う者だ。
「坊や、面白いことをしているねえ」
商人は手に小さな袋を持ち、火傷を負った同級生を見下ろしながら笑った。
「人の命も、情報も、価値次第さ。君が計算できるなら……これは買いだ」
バレスタは袋の中の金貨を見つめる。初めて、自分の知識が、世界の価値に変換される瞬間を知った。
「……俺は、生きる価値を買った」
その夜、少年バレスタ・クローンは誓った。倫理や正義に縛られず、魔法の力で世界を“価格”で支配する天才になる、と。
王国魔導学院の実験室。大理石の床に映る炎の光は、昼間の太陽よりも鋭い。バレスタは15年の年月を経て、すでに学院でも異才と名高い若手魔導士となっていた。
「なるほど……その魔法理論か」
セリア・ヴェルディアが提出した新たな魔法式を見つめ、バレスタは指で軽く空気を弾く。炎の粒子が空間を走る。セリアは眉を顰める。
「バレスタ、あなたはまた、危険なことを考えているのでしょう?」
「危険? いや、これは進化のための当然の実験だ」
バレスタの声は低く、しかし冷たく澄んでいる。セリアは彼の表情から一切の感情が見えないことに気付いた。
「人命は、魔法の道具ではありません!」
声を荒げるセリアに、バレスタは微笑を浮かべる。
「道具ではなく、“触媒”だ。犠牲なくして力は得られぬ」
セリアは目を見開く。バレスタの手には、魔法陣を描く杖が光を帯び、空気は熱を帯びていた。
「あなたは……魔法を、力のためにしか見ていないの?」
「いや、力は道具ではなく、真理そのものだ。力に価値がある。人は、その代償に過ぎん」
その言葉にセリアは言葉を失う。だが、彼女の瞳には決意の炎が灯る。
「私は……あなたを止める」
バレスタは冷笑し、炎の粒子を両手で握りしめた。
「止められるなら止めてみよ……楽しみにしている」
その夜、バレスタはセリアの武具に禁呪封印を仕込む。秘密裏に行われた実験は、彼の頭脳と狂気を象徴していた。セリアは後にその事実を知り、因縁の相手としてバレスタを認識することになる。
数十年後。
王国魔導師団本部。広間には魔導士たちが整列している。彼らの視線の先には、炎術系最上級の魔導師団長バレスタ・クローンが立っていた。
「諸君、今宵の実験は成功が前提だ。失敗者は、進化に貢献できなかっただけのことだ」
一人の部下が怯えた声で反論する。
「魔導師団長、犠牲が多すぎます! 民や部下が……」
バレスタは腕を組み、冷たく言い放つ。
「犠牲は代償だ。進化の代償だ」
部下たちは息を呑む。バレスタの瞳には一切の情がなく、狂気すら感じられる静けさがあった。
訓練室に置かれた魔力触媒の生徒たちは、魔力を極限まで引き出され、時に意識を失う。バレスタは微笑むことなく、実験データを記録する。
「君たちの痛みも数字として残す。それが進化の証だ」
ある部下が勇気を振り絞り質問する。
「でも……それは、人としてどうなんですか?」
バレスタは炎の粒子を手でまとめながら答える。
「人として? 愚問だ。力を求める者に倫理など不要。犠牲なくして、偉大な魔法は完成せぬ」




