第18話 王国襲撃への布石(後編)
戦いが終わったのは、夜が明ける少し前だった。
街道は黒煙に包まれ、倒れた兵たちの鎧が月光を反射して鈍く光る。
風が吹く。血の匂いと焦げた鉄の匂いが混ざり、静寂の中に“戦の残響”だけが残っていた。
「……制圧完了。生存者、確認できず」
ゼイルが低く報告し、闇の中から姿を現した。
その手には、敵将の軍旗が握られている。
「またひとつ、王都への道が空いたな」
ライルは冷たい夜風を受けながら、ゆっくりと剣を鞘に収める。
その背中には、仲間たちの視線が集まっていた。
「まるで、嵐の通り道だな……」
グロスが呟き、片手で鎚を地面に突き立てる。
「嵐? 違うわ」
セリアが微笑しながら、空を見上げた。
「これは“血盟”の進軍よ。――ね、団長?」
「呼び方は好きにしろ。ただし、足を止めるな」
ライルの声は静かだった。けれど、その言葉には鋼のような重みがあった。
ルネが矢筒を背負い直し、淡く息を吐いた。
「もうすぐ、王都が見える……本当に、行くのね」
「怖いか?」
「いいえ。ただ……胸が高鳴るの。これまでの戦いが全部、この瞬間に繋がってた気がして」
「それでいい」
ライルは一歩、前に出る。
「恐れも、誇りも、全部抱えたまま進め。それが――俺たちの戦い方だ」
ふと、背後から小さな声が聞こえた。
「……ライル」
エリシアが、焚き火の赤に照らされながら近づいてくる。
その手は、まだ微かに震えていた。戦場で初めて“生”と“死”を見た少女の震えだ。
「王都の兵たち、みんな……父の命でここに立っていたのよね」
「そうだ。だからこそ、倒す価値がある」
「……!」
ライルの声は冷たかった。けれど、そこに揺らぎはない。
「奴らは“王の命”という鎖に縛られている。俺たちは――自分の意志で戦ってる。それが違いだ」
しばし沈黙。
エリシアは唇を噛み、そして静かに頷いた。
「……わたし、もう迷わない。王女としてじゃなく、“血盟の仲間”として戦う」
「いい目をしたな」
ライルがわずかに口元を緩める。
「なら、次は一緒に“王の鎖”を断ち切れ」
ミレーヌが焚き火のそばに腰を下ろし、剣を磨きながら笑った。
「へぇ、王女さまが仲間入りってわけ? じゃあ、次は“血の儀”もしないとな」
「な、何それ?」
エリシアが目を丸くする。
「冗談だよ。けど……もし本気でやるなら、血盟の象徴、作っとかないとね」
「いい案だな」
ライルが小さく頷く。
「旗だけじゃ足りない。次の戦いまでに、“血盟”の誓いを形にしよう」
その言葉に、全員が顔を上げる。
風が止まり、焚き火が小さくはぜた。
「王国はもう俺たちを恐れてる。情報網は混乱し、貴族たちは防衛線を放棄した」
ゼスが報告書を広げる。
「つまり――次に動けば、王都の門は開く」
「開けさせる、だ」
ライルが言い直す。
「俺たちは恐怖で押し潰すんじゃない。実力で、王都を“奪い返す”」
セリアが立ち上がり、魔力の光で空中に王都周辺の地図を描き出す。
「城門前の守備隊は五百、砲塔に魔導兵二百。けど、昨夜の戦果で士気は半減してるわ」
「橋と街道を落とした今、補給線は完全に断たれた」
ルネが続ける。
「王国兵は王都の中で籠城状態……焦り始めてるはず」
ライルは頷き、仲間たちを見回した。
「次が本番だ。――王国を討つ“狼狩り”の夜、始めよう」
その言葉に応えるように、グロスが拳を鳴らす。
「ようやくだな。もう“見せしめ”じゃねぇ。今度は本気の戦だ」
「楽しそうね」ミレーヌが笑い、双剣を腰に戻す。
「だったら、派手に暴れてやろうじゃない」
セリアがため息をつきながらも、微笑を隠さない。
「あなたたちって本当に戦い好きね。でも――私も、もう止めない」
ゼイルとゼスが短く視線を交わし、頷く。
「“影”は既に潜入済みだ。王都の内部からも混乱を起こす」
「夜明け前が最適だ。……獣が吠える時間、だろ?」
やがて、焚き火が小さく燃え尽きていく。
朝焼けが空を染め、王都の尖塔が遠くに見え始めた。
その光景を前に、エリシアが小さく息を呑む。
「――あの塔の中に、父がいる」
「そして、過去もな」
ライルが短く答える。
「だが、俺たちは前に進む。“血”で築かれた過去を越えて」
静かに、仲間たちは膝をついた。
ライルは剣を抜き、刃先を地に突き立てる。
「誓え。ここにいる全員が――自由のために血を流すことを」
ミレーヌが剣を重ね、ルネが矢を添える。
セリアの杖が淡く光り、ゼスとゼイルの短剣がその光を裂くように輝いた。
グロスが拳を合わせ、最後にエリシアが手を重ねる。
八人の影が、焚き火の赤に溶けて一つになった。
「王国を討ち、自由を取り戻す」
ライルの声が夜明けに響く。
「それが――“血盟”の誓いだ」
朝陽が昇る。
荒野の風が吹き抜け、血盟の旗がたなびいた。
その中央、ライル・アーヴィングは無言で王都を見据える。
冷たい瞳の奥に燃えるのは、ただ一つ――“決意”。
エリシアが隣に立ち、そっと呟く。
「――これが、私たちの始まりなのね」
ライルはわずかに頷き、言葉を返す。
「ああ。獣たちの夜明けは――ここからだ」




