第17話 王国襲撃への布石(前編)
朝もやが漂う。
赤茶けた石橋の上を、冷たい風が撫でていった。
その橋は――王都へと続く主要街道の要衝。
見張り台には王国兵が二十、さらに奥の小砦には補給兵と弓兵が十数名。
しかし彼らはまだ知らない。霧の中に“狩人”たちが潜んでいることを。
「……数は三十前後。武装は標準。魔導装備なし」
低い声で報告するのは、索敵を終えたゼイルだ。
彼の肩から黒いマントが音もなく滑り落ちる。
「ライル、どう動く?」
ライル・アーヴィングは地図を一瞥しただけで、短く答えた。
「予定通り。ゼスとゼイルは右岸の影から進入。弓兵を静かに落とせ」
「了解。いつも通り、首から落とす」
「おい物騒な言い方すんなよ……」とミレーヌが苦笑しながら双剣を抜く。
「けど、橋の上は狭い。私が前に出る。まとめて薙ぎ払うわ」
「正面は俺が支える!」
巨躯のグロスが斧を肩に担ぎ、獣のように息を吐く。
「橋の真ん中で迎え撃つ。敵が混乱したら、お前がトドメだ、ミレーヌ」
「へいへい、了解っと!」
セリアは黙々と杖を構え、橋の両端に魔法陣を刻み込んでいた。
その炎陣が淡く光り、霧の向こうに紅を滲ませる。
「結界準備完了。これで退路は封鎖済み。――狩りの時間ね」
ルネは既に弓を構えていた。
風の流れを読みながら、目を細める。
「……風向き、北西。三秒後に向かい風。矢筋、修正完了」
ライルは皆の配置を確認し、最後に低く号令を放った。
「全員、準備完了。――狩れ」
次の瞬間、霧の中に閃光が走る。
セリアの魔法陣が燃え上がり、炎が橋の両端を封じた。
逃げ道を失った王国兵たちが驚愕の声を上げる。
「な、なんだ――炎!? 敵襲だ、構えろっ!」
だがその叫びが終わる前に――。
ゼイルの短剣が喉を裂き、ゼスの影が弓兵の背後を貫いた。
音もなく、三人の兵が倒れる。
「後方、静粛。進行継続」
「了解、任務完了」
ミレーヌの双剣が風を切る。
軽やかな足運びで敵兵の懐に潜り、瞬きする間に三人の喉を断った。
「――まだまだ足りないわね!」
グロスの斧が唸りを上げ、橋の中央で兵たちを弾き飛ばす。
重装の騎士が盾を構えるも、その一撃で盾ごと真っ二つ。
「脆ぇな。王都の兵ってのは、飾りか?」
ルネの矢が、弓を引く音と同時に閃いた。
矢羽が風を裂き、敵の魔導士の杖を粉砕。
そのまま肩口を貫いて、男が悲鳴を上げる。
「……もう少し静かにしてくれると助かるけど」
「無理だな。こいつら、勝手に叫ぶんだ」
橋梁を守る最後の兵が後退しようとした瞬間、
背後から影が走った。
ゼイルだ。
「逃がすな、とは言わなかったか?」
短剣が光り、敵将校の首が宙を舞う。
炎と血の匂いの中、ライルは静かに剣を納めた。
「橋梁制圧、完了。被害、なし」
その冷静な声に、仲間たちは微笑んだ。
「楽勝だな」ミレーヌが肩を回す。
「……ああ、けど、これで王都の鼻先まで道が開いた」
ライルは赤い朝焼けを見上げながら呟いた。
「次は、街道を封じる」
昼を過ぎ、陽光が荒野を照らす。
王都へ続く街道の先には、関所と小砦。
その上には王国の旗がまだ揺れていた。
「敵数、四十。砦の防備は厚いが、動きは鈍い」
ゼスが岩陰から報告する。
「おそらく、橋梁の陥落報告が届いていない」
「なら好都合だ」
ライルは短く言い、地図上に指を走らせた。
「グロスとミレーヌは正面突破。セリアとルネは遠距離支援。
ゼイル、ゼスは裏手から潜入して伝令を断て。エリシアは魔力感知で全体補佐だ」
エリシアが頷く。
「はい……みんなの魔力の流れを感じ取ります。連携は私が繋ぎます」
「助かる」ライルが短く返し、黒いマントを翻す。
「――全員、行け」
轟音。
グロスの斧が門を叩き割る。木片が飛び散り、王国兵の悲鳴が混ざる。
その隙を縫ってミレーヌが疾駆した。
「そこ、甘い!」
双剣が閃き、敵の防壁を斬り裂く。
突っ込んできた槍兵の穂先を受け流し、逆手に取った剣で心臓を穿つ。
「セリア、援護!」
「了解――《炎輪・カルメナ》!」
紅蓮の輪が回転し、砦の上階を薙ぎ払った。
弓兵たちが燃え上がる炎の中で悲鳴を上げる。
「風よ、導け――《蒼矢陣》!」
ルネの矢が連なり、逃げる兵の背を正確に貫いた。
彼女の矢筋は、一度も外れない。
「……次」
「もう終わりそうだぞ」
グロスが笑いながら敵兵を地面に叩きつける。
その頃、裏手では――。
ゼスが通信係の兵を背後から刺し貫いていた。
「伝令は止めた。報告線も切断済み」
「完璧だな」ゼイルが頷く。
二人の影が重なり、暗殺者の静寂が戻る。
やがて、戦場は沈黙した。
残されたのは、煙と焦げた木の匂いだけ。
「……本当に、皆が信頼し合ってる」
エリシアが呟くと、ライルはわずかに笑みを浮かべた。
「それが、俺たちの強さだ。無駄な動きは許さない」
ミレーヌが剣を拭きながら言う。
「王都まであと少し、ね」
セリアが静かに炎の残り火を消す。
「王国の連中、もう恐れてるわ。橋も砦も一晩で落ちたんだもの」
「恐怖は、最高の布石だ」ライルは背を向ける。
「――次は、王都の門を叩く」
焔の中で、血盟の旗がはためいた。
その赤は、戦いの予兆のように空へ燃え上がっていった。




