15' 先輩 Day2
高馬君に断り、トイレに向かう。別に用を足すわけじゃあないけど。個室に入り、送られてきたeメールを開く。
「確かに受け取った」
たったそれだけだ。これで依頼は完了だよね。明日か明後日には調査が終わるはず。待ち遠しいわけじゃあないけど、少しうずうずする。予告があった得意でも苦手でもない科目の小テストを受ける前の気持ちに近いな。
個室から出て鏡を見る。化粧は完璧、鏡の前で笑う練習を少しだけしようとしたけど、他の人が入ってきちゃったから、そのままトイレを出る。高馬君はお土産コーナーにいると言っていたから向かおう。何か欲しいものはあるかな?
大人の余裕を見せようと少しだけゆっくり歩いていたけど、知らない女に高馬君が囲まれていた。誰なの?さっきの電話の小倉って人?
「た、高馬、どうしたの?」
駆け足で近づき、腕に抱き着くほど高馬君に密着する。渡さない。
「や、写真を撮ってほしいみたいなんですけど、生憎上手く撮れなくて」
高馬君はそう困ったように言った。知り合いじゃあなさそうだ。
「そ、そう。じゃあ、私が撮ろうか?」
「いや、大丈夫です」
「もう撮ってもらったんで!」
「兄さんまたねー!」
・・・私が来てから奥の2人は露骨にイラっとしたみたいだね。高馬君は私の物なの。ごめんけど、失せて。
「知り合い?」
少し声に棘が出てしまう。
「初めましての方々です」
「よかった。知らない人に高馬君が絡まれてるからびっくりしちゃったよ。それと待たせてごめんね」
「構いませんよ」
高馬君はポケットに手を入れてしまった。繋ぎたかったな。できるだけくっついて階段を上り、ふれあいコーナーに入る。あんまり混んでいないね。少し出入り口から遠い水槽に向かう。
「わっ、冷たい!」
袖を捲り、両手を水の中に突っ込む。高馬君も怖々と手を水の中に入れた。
「こんなところに可愛い生き物が!」
私はふざけて高馬君の手を掴んだ。水の中の彼の手は少しだけ温かかった。
「あ、あの、何か言って欲しいかな。冗談だよ」
ひ、引かれちゃった?高馬君の方を見ようとしたら、彼は何も言わずに恋人繋ぎをしてきた。びっくりして顔を見る。彼は何も感じてなさそうに平然と正面のパネルを見ている。君って人は。
「私はさ、君が初めての恋人でさ、ずっと上手くしなくっちゃって、年上なんだからリードしなくっちゃって、思ってたのに、高馬君に引っ張られてばっかりだよ」
私は繋いだ手を揺らし、水面を揺らがせる。
「ねぇ高馬君、本当に私でよかったの?私は世間も知らないし、顔も普通だし胸も大きくない。穏やかさしか友達に褒められたことしかないし将来の見通しも何にもないよ。なんで私が好きなの?」
「・・・自分でもわかりません」
彼はやっぱり照れたりも恥じ入ったりもせず、綽々としている。
「ねぇ高馬君、私、君のこと何も知らないよ。何が好きとかなんで好きとか君は自分のことを話さないからさ。私、不安だよ。面倒くさい女でごめんね。でも高馬君のことが好きで大事で離れたくないから、わからないことがあると怖いの。君を失いたくないの。これ以上失いたくないの。高馬君、なんで私でいいの?」
感情が零れ落ちる。
「・・・風邪、引きますよ」
「・・・うん」
高馬君は何も答えず、ふれあいコーナーからでた。流れで水族館からも出てしまった。時計を見るとまだ3時になりかけたところだ。どうしよう、なにしよう。
「少し、歩きませんか?まぁ土地勘ないんですけど」
・・・姉さんも、私を連れてよく歩いたな。姉さんと外食するときは決まって歩いてファミレスとかに向かったな。行きは楽しみでずっと喋ってたのに、帰りはお腹いっぱいで歩けなくなって、おんぶしてもらったな。最後におんぶしてもらったのは中学1年の春だったっけ。懐かしいな。
「あっ」
高馬君と繋いだ手がほどける。慌てて掴みなおそうとするけど、高馬君は躱し、どこかに行こうとする。
「ま、待って!どこ行くの!」
両手を広げ、塞ぐ。
「待ってよ。もう私に飽きたの?ヤダよ。高馬君、やめて、そんなことしないで言わないで」
涙が出そうになる。
「やだよ。高馬君もみんなと一緒なの?」
吐きそうになる。
「なんでみんな私を置いてくの?」
死にそうになる。
「やめてよ。1人は怖いから、お願い、何か言ってよ」
死にたくなる。
「支倉さん!」
高馬君の張り上げた大きな声で、思考が止まった。
「支倉さん、落ち着いてください。別に逃げようとかそういうのじゃあないです。車道側を俺が歩こうとしただけです」
高馬君は私に抱き着いてきた。
「落ち着いてください、支倉さん。俺は貴方が思ってるより貴方のことが好きです。落ち着いてください。大丈夫です、俺はどこにも行きません」
温かい。
「先輩、愛してます」
「・・・蛍雪。蛍雪って呼んで」
「・・・・・・蛍雪さん、愛してます」
「・・・・・・私も。悠太君」
高馬君は私の手を引いて歩き出した。しばらくお互い何も言えず、高馬君の靴底をすり減らす歩き方の音が沈黙を埋めず、車の音も聞こえない。恥ずかしさで死にそう。
「先輩、落ち着きましたか?」
高馬君は言葉を選ぶように口を開いた。いつもより少し掠れた声に彼は咳払いをした。
「うん、ごめんね」
「全然構いませんよ」
いつも通り、悠然としている彼に少し意地悪をしたくなった。
「高馬君って私の事どれくらい知ってるの?」
「・・・ごめんなさい、正直に言いばフルネームと仕事のクセくらいしか知りません」
「だよね。知ってるよ」
私は繋いだ手を自分側に引き寄せた。前よりももっと近い、肩と肩が擦れそうなほどの距離だ。
「ねぇササグラコーポレーションって知ってる?」
「勿論。大企業ですよね。土地とか売買してる会社でしたっけ」
「うん。建設業の大手の会社なんだけどさ」
言っちゃいけない!でも、もう、高馬君なら。
「私、その社長の隠し子なんだ」
高馬君はピタッと足を止めた。逡巡とも躊躇ともつかない顔をしている。
「・・・その、それは・・・」
何かを言おうと、言葉にできず言い淀む高馬君。
「ううん、慰めなくていいよ」
私は高馬君の顔を見るのが怖くて前を見た。
「私はさ、居場所がなかったんだよ。ちっちゃい頃からおっきくなるまで」
こんなこと、君に言っても仕方がないのに。
「俺は、あなたの居場所になるなんて言えません。でも今は、少なくても今は話をいくらでも聞きますよ」
「ふふっ、君は嘘が嫌いだよね」
彼の横顔を盗み見る。
「高校に入るまでは、米川さんっていうお姉さんに育ててもらってたんだ。授業参観にも来てくれて、卒業式では泣いてくれて、本当のお母さんみたいに育ててくれたんだ。でも高校入学初日・・・」
私は震えそうになる体を押し殺し、口を開いた。
「お姉さんは自殺したんだ。睡眠薬のオーバードーズで」
高馬君は何も言わなかった。
「・・・ごめんね。付き合って2日目なのにこんなこと言って。幻滅した?引いた?」
彼は口を開かず、ぎゅっと強く手を握った。
「だからさ、私は怖いの。君を失うのも、君をもっと知るのも。またお姉さんみたいにいなくなるんじゃないかなって。だからさ、今ならまだ耐えれるから、私から逃げるなら今が最高のチャンスだよ」
私は掴まれた手を離した。
「高馬君、今までありがとう。会話相手になってくれて。ゲームを一緒にしてくれて。デートしてくれて。ときめかせてくれて。恋させてくれて。愛させてくれて。今までずっとずっとありがとう」
私は目を閉じ、思いっきり息を吸った。
「高馬君、君さえよければ私と一緒にいてください。これから先もずっとずっとずっともっともっともっと一緒に人生を過ごさせてください。愛してます」
目を開け、高馬君の三白眼と合わせる。
「私のこの重い愛を受け取ってください。受け取れないなら、私の目の前から消えてください」
彼の目が泳ぐ。
「支倉さん・・・」
続きを待ったが、彼は何も言わない。
「・・・なんてね。冗談だよ。びっくりした?高馬君?」
私は怖くなって冗談めかして言った。彼になんだぁーって言って欲しかった。彼はそれにも反応せず棒立ちしている。最悪だ。せっかく最高のデートにしようとしてたのに。涙が出そうになる。
「支倉さん、少し俺の話をしてもいいですか?」
何も言わず、言葉の続きを待つ。
「俺、独り暮らしって言ったあるじゃあないですか。不幸自慢とかじゃあないですけど、もともと父親が居なくて中学校に入学したときに母親もどこかに行きました」
何も言わない。言えない。
「俺は、支倉さんに依存されたくないです。支倉さんのことは・・・大事に思っていますけど、お互いこれ以上依存していったら共倒れになります」
・・・何も言えない。
「支倉さん。俺は、また貴方の両親や育ての親のように逃げるかもしれません。母親の血を引いてますから」
「・・・うん」
それでもっ!そう言葉を続けようとしたが、彼は牽制するかのように手を伸ばしてきた。
「俺は、あなたの荷物は背負いません。でも、一緒に歩きます」
一緒にって、いつまで?どこまで?私は君の何なの?なんで?受け入れてくれないの?わかんない、なんにもわからない。取り留めなく回る頭の中の単語たち。わかんないよ。
突然、高馬君がふらつき、その場にしゃがみこんだ。そのまま、横向きに倒れた。
「高馬君!」
慌てて私もしゃがみ、ゆする。彼は感情が抜け落ちたような白っぽい顔になった。
「ねぇ!大丈夫!?」
どうすることもできず、私は彼の手を握る。途端、握る潰すくらいの強さで握り返された。
「高馬君!」
痛い、痛いよ。やめてよ、君までそんなことしないでよ。
「高馬君!高馬君!ねぇ!返事して!ねぇ!高馬君!高馬君!大丈夫!?」
「・・・は、支倉さん?」
「よかったぁ・・・・・・・本当に、本当に本っ当に心配したんだよ」
「な、なにがあったんですか?」
「君はいきなり倒れたんだよ」
「・・・ごめんなさい」
「謝らないで。大丈夫?どっか痛いところとかない?」
「はい。多分立ち眩みとかです」
彼はふっと立ち上がった。
「なぁ、本当に大丈夫?救急車とか呼ぶ?」
「や、結構です。全然、なんともないんで」
「そうには見えないよ」
私はまだ掴まれっぱなしの手を彼の目の前に持っていく。
「あ、ごめんなさい」
彼は手を離した。私は離さない。
「・・・支倉さん」
私は電話でタクシーを呼ぶ。
「ごめん、でも心配なの」
「本当に大丈夫ですから、気にしないでください」
「大丈夫なわけないでしょ!目の前で倒れたんだよ!」
私は彼の腕にくっつくように抱き着いた。
「・・・ごめんなさい」
「高馬君、やめて。自分は大丈夫だからって、無理したり見栄張ったりしないで」
そのままタクシーを待つ。高馬君は頭を抱えるように抱きしめてくれた。震えが止まらない。
やってきたタクシーに乗り込み、自宅の住所を伝える。
高馬君は何も言わず、窓の外を眺めていた。
「高馬君は、よくこういうことがあるの?」
「・・・や、初めてです。立ち眩みなら風呂上りにたまにありますけど」
「立ち眩みで倒れるってこと?」
「や、そこまではないですけど」
「ふぅん」
彼はこっちを見ようともしない。ずっと風景を食い入るように見つめている。私もつられて外を見るが、別に何もない。
「もしかしたら、今日は寝不足だからかもしれませんね」
「ゲームでもしてたの?」
「や、支倉さんと電話した後はしてないです」
「ふーん、デートが楽しみだったの?」
「はい。とっても」
「・・・今日、デートの約束を取り付けたんだよ。なんで昨日から楽しみにしてたの?」
彼はそっぽを向いたままだ。しかしガラスに映る彼の顔は露骨にしまったという顔をした。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「・・・少しだけ、悩み事があったんですよ。そのせいかもしれません」
「どんな?」
「ごめんなさい。これは言えることじゃあないんです。終わったら全部話しますから、少しだけ待っててください」
「うん」
「着きましたよ」
不愛想なドライバーの声で気づいたが、もう家の目の前まで来ていたみたいだ。運転手に5000円札を渡し、車から降りる。
「・・・ここはもしかして?」
「うん。私の家」
玄関のカギをカチャンと開けた。
「入って」




