14' 先輩 Day2
お会計を済ませ、店を出る。高馬君は両腕を前に出し軽く伸びをしていた。
「おいしかったね」
「満腹です。今から水族館行くんですか?」
「そうしようと思ってるけど、他に行きたいところはある?」
「いや、ないです。今日は先輩にエスコートしてもらうつもりで来てるので」
「プレッシャーかけないでよね」
歩き出そうとしたら、高馬君から手を繋いできた。手汗をかかないよう意識しないよう目線を前に、意識を外に・・・だめだ、体が熱くなってきちゃう。うっすら横目で高馬君を見ると、彼も照れているのかはわからないけどこっちを見ようとしない。今日は私がエスコートするんだから。頑張るよ。
「た、高馬君、す、少し寒くない?」
「そうですか?」
高馬君は小首を傾げた。まぁ5月だし男の高馬君は代謝的に寒くないのかな。
「申し訳ないですけど貸す上着の持ち合わせはないんですよね。どこかに寄りますか?」
・・・君は本当にいい子だね。浅ましい私がちょっと嫌になっちゃうよ。
「もう、察しが悪いな」
私はえいっと高馬君の腕に抱き着いた。ヤバい。鼓動が早すぎる。無理してるって伝わっちゃう。
「・・・」
「な、なにか言ってよ」
「・・・昨日も思ってましたが当たってますよ」
・・・胸が、だよね。意識した途端もっと心臓が暴れだした。恥ずかしくて死にそう。
「・・・・・・あ、当ててるのよ」
高馬君は困ったように前を向いた。
「黙らないでよ!」
「すみません・・・他の人にもこんな距離感で関わっているんですか?」
ん、もしかして嫉妬?高馬君、君はどうしてこんなに私を喜ばせるのが上手なの?
「まさか、高馬君だけだよ」
「っ、それは、その、嬉しい限りです」
高馬君はそっぽを向いた。よく見ると彼の耳がだいぶ朱に染まってる。
「あ、あれ?もしかして照れてる?」
高馬君は恥ずかしそうに前髪を指にくるくると巻いた。
「はい。人並みには」
「君を照れさせたのは初めてな気がするよ。嬉しいな」
私は周りの目も気にせずに水族館まで腕を抱いたまま歩いた。
「随分久しぶりに来ました。小学校の遠足以来かな」
水族館は少しだけ人がいそうだった。残念貸し切り気分を楽しみたかったのに。
「そうなの?私は去年行ったっきりだな」
建物の中に入る。騒ぐ子供とかが居ないお蔭でかなり静かだ。これなら周りに邪魔されることはないかな。
「ごめんなさい。少しトイレに行ってていいですか?」
「うん、大丈夫だよ。お金払って返しておくからね」
「すみません、後で返します」
「ふふっ、次回のデートで受け取るね」
受付に向かい、大人2人を購入。4400円か。全然安いね。パンフレットも貰い、ポケットに仕舞う。
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫だよ。行こっか」
改札のような場所を通り、薄暗い部屋に入ると目の前には大きな水槽がそびえていた。
「・・・すごいな」
「ね。来てよかったってこれだけで思えるね」
高馬君も口を開けたまま見入っている。私はガラスに映る高馬君を見てまたときめいてる。
「はい。次、行きますか?」
「いや、もうちょっとだけ見てもいいかな?」
「勿論です」
ぼんやりと眺めていると真ん中で悠々と泳ぐ大きな2匹の魚が目に留まった。後ろから違う魚が追うように泳いでいる。可愛いな。
「ごめんごめん、行こっか」
高馬君に謝り、通路に沿って進む。薄暗い水族館の中、聞こえるのは自分の痛いほど大きい鼓動と高馬君の足音、泡の音。遠くの違う客の声。まるで別世界だ。ずっとこのままで居たいな。
「ん、見て見て高馬君、こんな張り紙があるよ」
その張り紙には手書きの字で「あなたの推しはどれかな」という文字と共に中を揺らめくクラゲの写真と名前が書いてあった。ふふっ、可愛いな。
「推し、ねぇ」
高馬君は少しだけ首を傾けている。
「どうかしたの?」
「いや、自分、推しって言葉が嫌いなだけです」
「なんで?」
「なんでって言われましても・・・なんというか推しという言葉はそれだけが好きってイメージが自分の中にはあるんですよ。うーん、例えば『パープル・ヘイズ』が好きとか『虹村 京』が好きって言ったとしたら、ペイズリーパークとかミスタとかも好きみたいに思えても、『マンダム』が推しとか『Dio』が推しって言ったら、他はどうてもいいみたいなニュアンスを孕んでいるように聞こえるんですよ」
「・・・確かに、言われてみたらそうだね」
そんなこと、考えたこともなかったな。君はいつだって色々考えてるよね。そんな理屈っぽいところも、素直じゃあないところも、
「じゃあ、高馬君は私の推しだね!」
心の底から、大好き。
クラゲのコーナーを離れ、順路通りに水族館の中を通っていく。見たことがある水槽の中の魚も、なんでも高馬君とみるだけでもっと色鮮やかになる。
「楽しかったね!もう1周しちゃう?」
「俺は別に構いませんが、もうすぐショーか何かが始まるみたいですよ」
「イルカショーか。見る?見たい?」
「感情を隠しきれていないですよ。観に行きましょうか」
薄暗い水族館から抜け出し、野外のイルカショー用のプールに向かう。去年来たときは見なかったから、人生で初めてのイルカショーだ。
「この辺に座る?」
観客席には3分の1くらい人がいて、多くはカップルだ。私は彼を周りに見せつけるようにくっついて歩く。
「うーん、もう少し後ろの方がいいと思います。水しぶきで濡れちゃったら着替え持ってきてないですよ」
「別に買ってあげるよ」
こういうとこで買うTシャツは大体普段使いしないデザインだから、きっと高馬君のパジャマになるのかな。彼が寝るとき私が買った服を着て寝てる。それもう、私が君に抱き着いて寝てるのと変わんないね。想像しただけで、絶頂しそうになる。危ない危ない。
「いやいや、わざわざ買ってもらうのもアレですし。それに最悪俺は濡れても構いませんが、先輩が濡れるのは嫌っす」
本当に、本当にいい子だね。
「それじゃあ、イルカショースタートです!」
ショーが始まり、飼育員がステージに立って。
「冷た!」
びっくりして思わず声をあげてしまった。
「え」
「高馬君、なんでそんなに手が冷たいの?」
「なんでって聞かれても。両手をポケットに入れてないからかな?」
「もう片方の手、出して」
よくわかってなさそうな顔でもう片方の手を私の方に出した。彼の大きな手を両手で挟むように包みこむ。
「あっためてあげる」
て、手汗とか大丈夫だよね。
「・・・ショー、始まってますよ」
「それより君のが大事。一応聞くけど風邪とかじゃないよね?」
手を伸ばし、おでこにも触る。髪の毛を触りそうになって高馬君は少し、避けようとした。ごめん。
「うーん、わかんない。別に平熱ってこれくらいだと思うし。体調悪かったりしてないよね」
大きくないおでこを手で触る。・・・やばい。愛しい。
「絶好調ですよ。ちょっと冷え性なだけかもしれないです」
「もしかして寒がり?」
名残惜しいけどおでこから手を放し、また両手で高馬君の手を包む。
「人並みには」
「じゃあ、水族館の中に戻る?」
「確かに寒いですけど、先輩が見たくて来たなら観ましょうよ」
君は庇護欲をあおるのがお上手だね。
「・・・いや、戻ろう。君に風邪をひかれたら合わせる顔がない」
プールの中で泳ぎだしたイルカを置いて、席を立った。次は見に来るからね。
「ごめんね。寒がりだなんて知らないままここに連れ出しちゃって」
「いや、言ってなかった自分も悪かったんで気にしないでください。むしろ楽しみにしてたショーを奪って申し訳ないです」
「いいよいいよ。実を言うと私が寒かっただけだし」
「じゃあ、どうする?深海魚のコーナーもふれあいコーナーもあるけど、どっちに行きたい?」
「うーん、ふれあいコーナーの方が俺としては行きたいですね。先輩はどう思いますか?」
「私はどっちでもいいよ。じゃあ、ふれあいコーナー行こうか。確か建物の2階だったはずだよ。行こう!」
私は自嘲しそうな程落ち込んでる高馬君の手を引っ張って行く。いいんだよ。君が何をしても、私は、私だけは君を大事にするし、愛するよ。
困ったな。どんな君ですら、愛しく感じちゃう。
I don’t see people as you are, but as they reveal themselves in their wounds.




