10 高馬 Day2
「電話、出なくていいの?」
「・・・いや、大丈夫です。きっと学校をサボったことへの言及ですから」
おやすみモードにして、ポケットに仕舞いなおす。何の用だが知らないけれど、彼女の前で違う女の電話に出られるほどイカレてるつもりはない。カツサンドを掴み、齧る。・・・別においしくないな。パンは焼いてから時間が経っているんだかわからないけれど少し硬く、カツも衣が分厚く口の中が油まみれになるし、肉はハムくらいの薄さしかない。これで800円ってなんだよ。どんな物価だよ。
「おいしいね」
「はい、絶品です。片方あげましょうか」
「いや、1口で大丈夫だよ」
そういって先輩は小さく口を開け、こちらを向いてきた。自分が口をつけた側とは逆のところをゆっくりと先輩の口に近づける。
「どうです?おいしいですか?」
「おいしいね。高馬君も食べる?私のフルーツサンド。何が好き?」
「マスカットで」
「ほら、口開けて。あーん」
言われるがまま口を開ける。
「どう、おいしい?」
正直に言えばこれもおいしくない。クリームが甘すぎるし、マスカットはすっばすぎる。パンの間で調和がとれていない。
「おいしいですね」
「よかった。また来ようね」
「是非」
コーヒーも酸っぱさがキツめでおいしいとは思えなかった。おいしくないカツサンドをマズいコーヒーで流し込み完食した。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
伝票を手に取る。・・・たっか!2900円だと!新調するか迷ってるベルト買えちまうよ。
「だーめ」
手を重ねるようにして奪い取られた。
「今日は私の奢りの日だからね」
「すみません、ごちそうになります」
店を出る。店の名前は覚えた。2度と来るか。
「おいしかったね」
「満腹です。今から水族館行くんですか?」
「そうしようと思ってるけど、他に行きたいところあるの?」
「いや、ないです。今日は先輩にエスコートしてもらうつもりで来ているので」
「プレッシャーかけないでよね」
左手をポケットから出して、先輩と手をつなぐ。先輩の手は思ったよりも大きく、柔らかく、ささくれだとかがない綺麗な手だった。・・・小倉の手は小さめで小さな傷とかささくれとかがたくさんあるんだよな。少し思い出し、電話に出なかったことを軽く後悔した。なんでだろうな。あんなにもウザいと思っていたし、嫌だと思っていたのにしおらしい態度になった途端気になってくる。
「高馬君、す、少し寒くない?」
「そうですか?申し訳ないですけど貸す上着の持ち合わせはないんですよね。どこかに寄りますか?」
「もう、察しが悪いな」
先輩は体をぎゅうと近づけてきた。腕に再び当たる片方の胸。俺は古典の浜松先生のしわしわチンポを思い浮かべて必死に鎮めようとする。が、見たことないものを想像はできなかった。静まれ!我がペニース・ポッターよ!タッターになるんじゃあない!穢れた血はそこに集まるな!ズボンがパンパンでアズカバンに入れられてしまう!
「・・・」
「な、なにか言ってよ」
「昨日も思ってましたが当たってますよ」
「・・・・・・あ、当ててるのよ」
「・・・・・・・・・」
「黙らないでよ!」
「すみません。他の人にもこんな距離感で関わっているんですか?」
「まさか。高馬君だけだよ」
「それは、その、嬉しい限りです」
「あ、あれ、もしかして照れてる?」
「・・・はい、人並みには」
「君を照れさせたのは初めてな気がするよ。嬉しいな」
『はははっ!照れたでしょ!エイプリルフールだよ!ばーかばーか!』
今日はよくアイツのことを思い出すな。気が付けばタッターはポッターに戻っていた。
「着いたよ」
国内でも有数の大きな水族館だ。平日だというのに駐車場には少なくない数の車が止まっている。
「随分久しぶりに来ました。小学校の遠足以来かな」
「そうなの?私は去年行ったっきりだな」
入場料を(先輩が)払い、中に入る。目の前に広がるのは大きな水槽だ。中では色とりどりの魚が入り乱れている。
「・・・すごいな」
「ね。来てよかったってこれだけで思えるね」
「はい。次、行きますか?」
「いや、もうちょっとだけ見てもいいかな?」
「勿論です」
ぼんやりと眺めていると隅っこで静かに泳ぐ2匹の魚が目に留まった。周りには水草も石も何もないのにその2匹だけは付かず離れずを繰り返している。なぜだか目を離せない。
「ごめんごめん、行こっか」
水槽から離れ、通路に沿って進む。薄暗い水族館の中、聞こえるのは自分の緩やかな鼓動と先輩の息づかい、泡の音。遠くの違う客の声。まるで別世界だ。
「ん、見て見て高馬君、こんな張り紙があるよ」
その張り紙には手書きの字で「あなたの推しはどれかな」という文字と共に中を揺蕩うクラゲの写真と名前が書いてあった。素人目には見分けがつかないが、従業員だとか知っている人にはわかるのかもしれない。
「推し、ねぇ」
「どうかしたの?」
「いや、自分、推しって言葉が嫌いなだけです」
「なんで?」
「なんでって言われましても・・・なんというか推しという言葉はそれだけが好きってイメージが自分の中にはあるんですよ。うーん、例えば『パープル・ヘイズ』が好きとか『虹村 京』が好きって言ったとしたら、ペイズリーパークとかミスタとかも好きみたいに思えても、『マンダム』が推しとか『Dio』が推しって言ったら、他はどうてもいいみたいなニュアンスを孕んでいるように聞こえるんですよ」
「・・・確かに、言われてみたらそうだね」
先輩は言葉を軽く咀嚼した後、口を開いた。
「じゃあ、高馬君は私の推しだね!」




