5' 小倉 Day1
急にドアがバンバン叩かれた。ハッとして時計を見ると30分も過ぎていた。
「ねーお腹空いたぁーママにご飯作って」
どうして私が作らないといけないの。でもこれ以上騒がれたらこのマンションから追い出されてしまう。
鍵を開け、母親を押しのけてキッチンに入る。
「今日はカレーはいいなー」
「黙れ!この穀潰し!」
「そんなひどいこと言わないでよぉ、ママだって仕事探してんだからさー」
「じゃあその机の上の空のウォッカは何!買わないでって言ったよね!」
「買ってなんかないよぉー貰ったんだよ」
「誰から?」
「酒屋のおじちゃん。おじちゃんとセックスすると1本もらえるんだよ。安いでしょぉ」
眩暈がしてくる。母親の性事情なんて知りたいわけもないし、本当に吐きそう。どうして生きてんだろうな。私。前はたかがいるから生きてたのに、どうして、こんなにも私は不幸なんだろうか。
「ご飯まだー」
「黙れ!」
感情が追い付かない。冷蔵庫の中には何も入っていない。おかしい、少し前にうどんの麺をいくつか買っておいたはずなのに。
「うどんの麺は?食べたの?」
「えーうどんなんか知らないよ」
ゴミ袋の中の1番上のチラシをどけると3玉分の袋のごみが捨てられてた。
「いつ食べたの?」
「覚えてないよー」
もう嫌だ。こんな家。部屋に戻り自分用のクラッカーを箱ごと投げつける。
「それでも食ってろクソ野郎!」
「やだぁ」
「死ね!」
家から飛び出た。もう、帰りたくない。
飛び出てはいいが行く当てもなく、駅に向かってフラフラと歩く。もう生きがいもなくなっちゃったし、死んじゃおっかな。それかもう風俗で働こうかなって、益体もないことをつらつらと考え、現実から逃げる。私は高校生だから、夜出歩いてたら警察に家に連れ戻される。あれが家と呼べるのか警察の判断を仰ぎたい気分にもなるが、たかに自分の家族のことを知られたくない。
駅に着いた。私の手持ちのお金だとどこまで逃げられるんだろう。逃げた先でどれだけ生活ができるんだろうか。やっぱり2日ももたないだろうな。考えるだけ無駄だ。
冷たい風が体に抱き着いてくる。寒い。結局、私の居場所はあんな家にしかないんだ。帰ろう。
少し歩き、目についたコンビニに入る。温かいな。人の温度がする。お腹もすいたし、適当に食べよう。
「今日はよく会うな」
!?びっくりして慌てて逃げるように店の奥に向かった。なんでいるのよ。デートして今から彼女の家でセック・・・考えたくない。とにかくなんでいるのよ。
「一緒に買うから貸しな」
「・・・ありがとう」
ふと思いついてハサミを手に取った。これで髪を切れば鈍感なたかも気が付くかもしれないって。ついでにチョコとコーヒーを買ってもらった。本当はもっと食べたいけれど、好きな人の前だから変な意地を張った。たかが私に興味を持つわけがないのに。たかに渡すと首をかしげながらレジに持って行った。たかは相変わらずレッドブルを買ってる。
「ほれ、袋ごとあげた」
片手でプルタブを引きながら渡された。
「・・・ありがとう」
コーヒーの熱でチョコが溶けないように、コーヒーを袋から出して、1口飲む。苦くて温かい。
「・・・調子でも悪いんか?」
お蔭さんでね。
「まぁね」
「だったらカフェインなんか取らずに寝なよ」
「・・・今夜は眠れないかも」
「話し相手くらいならなれるぞ」
くらいって、それだけでどれだけ救われてきたのか、たかは理解していないんだろうな。でも、もういいや。
「気持ちは嬉しいけど」
もう、たかのことなんか好きじゃない。
「気持ちしか嬉しくない」
「ショック」
私も、身が張り裂けそうな思いだよ。もう、諦めよう。たかは私のことなんか見向きもしていないんだから。板チョコの包み紙を剥がし、小さく齧る。慈しみが溶けた甘い味だ。
「・・・甘い」
たかは彼女がいるのに女と歩いて、それを彼女が見たらどう思うのかとか考えないのかな。
「そりゃあな」
マヌケな返事に少し気が抜けた。だめだ。板チョコのように簡単に割り切れないし、恋の魔法は簡単には解けない。ねえ、たか、私は、あなたが好きだよ。気が付かれなくてもいいや。私だけの思いを仕舞って、鍵を掛けて、うんと時間をかけて溶かしていこう。
「ねぇ、もし信じて疑わなかったものが突然崩れ去ったら、たかならどうする?」
きっとこんな遠回しなこと言っても、気が付かないんだろうね。
「急になんだよ。うーん、目一杯絶望して、それで立ち上がるかな」
「・・・そっか」
時間はすべてのものを変えていく。傷も治り、花は枯れ、きっと思い出話になる。なにもかも。
「なんの話なんだ?」
「別に」
「気になんな」
「お前には関係ないよ」
「関係ないって・・・お前俺と何年一緒にいたと思ってるんだよ。悩みくらい相談しろよ」
悩みの種がよく言うよ。私は食べかけのチョコをたかの口に押し込んだ。やったあとで間接キスだ気が付いて、恥ずかしくなって、いろいろな感情が渦巻いて。
「死ね!」
最悪の言葉が口から出た。慌てて逃げた。
家に戻った。結局ほとんど何も食べていない。もうカップ麺でいいや。静かに家に戻ると親は机に突っ伏して寝ていた。カップ麺にお湯を入れ部屋に戻る。
3分きちんと待ち、啜る。あんまりおいしくないな。量も多くないのですぐに食べ終わってしまった。臭いが籠らないように窓を開ける。寒い。
「もしもし」
!隣の部屋のたかの声だ。電話をしている。やっぱりたかは彼女がいるんだって思うと足に力が抜け、しりもちをついた。すぐに隣の部屋の窓が締められる音がした。ふん、部外者はお断りってか?いいし。袋からハサミを取り出す。
鏡の前で悩むこと小1時間、私はハサミをパッケージから取り出した。




