ep.21 秘密と着信
クエストには三種類ある。
神とやらが勇者に与える白クエスト。
緊急時に発令される黒クエスト。
あとは、個人的な想念が形となる青クエストだ。
魔王に与えられる赤クエストもあるとのことだが、私は受け取ったことがない。
「これは……?」
「開けるな」
分厚い木製のテーブルを拭いたまま振り返りもせず、酒場の店主が言った。
私の眼の前には、青クエストがふよふよと発生していた。
触れればクエストを受託したとみなされる。
酒場店主の個人的な悩み事を知り、解決する道筋ができる。
「たまに、出る。見るんじゃねえ」
「どっちだ、それは」
見るなよ、絶対見るなよ、ということか?
「裏もなんもねえ。それともお前も、人の事情に首を突っ込みたがる輩か?」
不機嫌そうに言う店主は縦にも横にも大きかった。
巌、という言葉がふさわしい様相だ。
巨体をかがめるようにして机を拭いている。
「私にも好奇心はある。だが、それが無用な攻撃となることも知っている。踏み込むべきじゃないんだろうな」
「ああ」
青クエストとはつまり、神が認めるほどの個人的な悩み事だ。
本人だけでは解決が望めず、他からの手助けが必要だと判断された。
ただし、その判断は、神とやらが勝手に決めたものだ。
絶対に正しいものでものではなく、プライバシーを暴く根拠にしていいものでもない。
「話を戻そう、提供された高純度アルコールは助かった」
「ふん」
「ただ、できればもっと密閉率の高い容器にして欲しい」
「……酒場で、木製以外の容器を欲しがるんじゃねえ」
「こちらで用意する、蒸留機器も新しいものを提供しよう」
「お前がやれ、できるだろうが」
肩をすくめた。
リタが家いるため、アルコールが飛散するようなものは作りたくはない。
ある程度は対策しているが絶対というわけにはいかない。
だが、素直にそう説明するのは憚られた。
これは魔王らしくない気遣いだ。
「ああ、ハッ、そうかよ……」
「納得したような顔をするな」
「俺ぁ、何も言ってねえぞ」
「表情が言っている」
「細けえことを気にすんな」
店主は体を揺らすように笑った。
「私は、必要な対処をしているだけだ」
「ふん」
「アルコールはどうしたって蒸発する、耐性が低い奴の傍に置くべきじゃない」
「……」
「この耐性には個人差がある。努力ではどうにもならない以上、こちらが配慮すべきだ」
「……おい」
店主が笑いを収めていた。
厳つい顔を、私に向ける。
「なんだ」
「……」
「おい、なんだよ?!」
無言のまま、じっとこちらを見ていた。
「……ちゃんと密閉できる容器を、よこせ。可能な限り多くだ。たしかに必要だ」
「それは構わないんだが……」
なぜ欲しいのか、とは続けられなかった。
ひどく真面目だった。
店主には、妻がいた。
現在は別居状態だ。
原因は、酒に絡んだトラブルだとは聞いた。
「……いや、余計な好奇心だな。用意する」
「頼む」
なるべく安く提供しようと思う。
未だに浮いている青クエスト。
神が認めるほどの個人的な悩み事。
それはきっと、店主が他人には解決して欲しくない問題だった。
+ + +
「どしたの?」
暗い店内から町外の日差しの違いにまばたきしていると、勇者から声をかけられた。
買い物袋を持ち、日傘を手にした姿は、きっと買い出しの途中だ。
「頼んでいたアイテムの購入ですよ」
「ふぅん」
「そういう勇者はお買い物ですか」
「うん、私的クエスト」
「お使いを頼まれたことをそう表現しないでください」
言いながら、一緒に歩き出す。
この後、特に用事もない。たまの散歩くらいはいいだろう。
「あと注文も受けました」
「注文?」
「はい」
密閉容器の注文だ。
荒っぽい酔っぱらいの多い酒場では、ただのガラス製品は割れまくる。強化したものを用意するべきだろう。
「注文内容は秘密です」
「てい」
「つつくの止めてくれません?」
勇者は基本的に不器用だ。
下手をすれば指でつつくだけで私の骨が折れる。
「ていてい」
「言いたいことがあれば言語化をしてください」
行く先である青果店へはゆっくり歩く。
「……君が秘密を持っていることが、気に食わない」
「思った以上に身勝手な理由ですね」
「あたしには無いよ、秘密」
微妙にドヤ顔で胸を張った。
「そうですか?」
「うん」
「本当に?」
「もちろん」
「絶対?」
「おそらくは……」
顔をそらした。
私が知らないことでいえば、この勇者の出生というか出自だが、別のことを秘密にしている雰囲気があった。
実はおやつをこっそりもう一つ食べたことがあるとか。
「でも、そっちにはあるんだよね?」
「秘密ですか? 無論あります」
「てい!」
「痛っ! 攻撃力を上げないでくださいよ!」
「ていてい!」
さすがに避ける。
速度こそ遅いが、そのパワーは私が全身の力を使っても押し返せない。
「何が気に食わないんですか」
「……君、秘密が多い」
「断言しないでくれません?」
「違うの?」
「……可能性が高いことは認めます」
魔王城のこと、リタの現状、あるいは山賊していた過去や、昔の部下が村の付近で今も拠点を張っていることとか。
「なら、教えて?」
「やです」
「……」
「指つつきの構えを取らないでください」
そう、秘密は色々とあるが、最大は私が村魔王であることだ。
どちらかが敗北し、倒されることが決定されている関係であることを、隠している。
「秘密は、秘密であることに価値があります」
「ない」
「断言しないでくれません?」
暴かれた秘密によって得られるものは、大抵は悲惨な結末だ。
私が魔王であるという秘密を守るかぎり、今の関係は続く。
「いつか言う機会があるかもしれません」
「いつ?」
「来世あたりですかね」
「今世が絶望的だ」
「その頃には、きっと笑って話せます」
「二人とも忘れてない?」
その可能性は高い。
「勇者ならきっと大丈夫でしょう」
「ん、がんばる」
「やっぱりダメだってことにしましょう」
「なんで?」
この勇者なら、本気で達成しかねないからだ。
「まあ、こうやって平和なのが一番ですよ」
「あたし、冒険したいんだけど」
「国を越えた規模にまで膨れ上がったダンジョンを斬っておいてまだ不満ですか」
「あれは大きさが足りない」
「スケールがデカすぎます」
平和なやり取りだった。
だが、それを裂くように――
「ん?」
鈴の音が鳴った。
着信音だった。
勇者の方に顔を向けるが、ゆるゆると首を振った。
その手に握られている通信機の画面は暗く、作動していない。
「私、他の人用に作った覚えがないんですが……」
身内であれば念話でやり取りができる。
「まさか、予備の……?」
それくらいしか覚えがなかった。
精密なものであるため、壊れることは想定できた。
それは現在、魔王城の奥深くに保管してあるはずで――
「……」
ひどく、本当にひどく嫌な予感がした。
しばらくの間、アルカヌムはこっそり魔王城に出入りをしてた。
「――はい」
機器をオンにして言うと、向こうから音が聞こえた。
呼吸音だった。
聞き覚えがあった。
「勇者?」
以前住んでいた場所の、勇者のそれだった。




